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第6話 はじめてのショッピングモール

 炎天下の道を歩き続けて三十分。

 ようやく視界の先に、目的地である大型レジャー施設・ミレナシティモールが姿を現した。


 アスファルトの照り返しが遠ざかり、建物の影に足を踏み入れた瞬間。

 頬を撫でる冷房の風に、思わず息が漏れた。


「とうちゃーく」


 何気なく口にした言葉に、隣を歩く雪ちゃんが小さく瞬いた。

 大きなガラス張りの入口を見上げるその瞳は、まるで未知の世界を覗き込む子どもそのものだ。


「……ここは、一体……?」

「あれ?雪ちゃん初めて?なら絶対楽しいよ!」


 そう言うと、雪ちゃんは制服の袖をぎゅっと握った。

 緊張と期待が入り混じったような空気が、指先の小さな動きから伝わってくる。


 さて、着いたはいいけど、どこから回ろうか。

 過去に一度だけ来たことがあるけど、記憶はもう霞んでいた。


 周囲を見渡すと、近くに電光掲示板のフロアマップを発見した。

 それに近づいて、ずらりと並ぶ飲食店のロゴやショップのアイコンを眺める。


「雪ちゃん」

「あ、はい!」


 まだ緊張が解けきらないのか、騒がしい施設内でも彼女の声は妙に通る。

 本人はそんなこと気にも留めず、トコトコと私の横に並んできた。


「どうかしましたか?」

「買い物の前に、まずはご飯でも食べようかなって。雪ちゃん、何か食べたいものある?」


 和洋中、スイーツ、ファストフードに専門店。

 子どもなら宝の山に見えて仕方ないだろう。


「いえ、わたしは何でも……」

「そう?じゃあ、この激辛専門店とか?」


 そう言って指差すと、雪ちゃんの表情が一瞬凍りついた。


「ゆ、友希さんが食べたいのなら……わたしは……」


 すぐに平静を装ったようだけど、声は震えていた。


「冗談だよ。私も辛いのダメだし」

「えっ?では、なぜ……?」

「うーんとね、今自分がどうしたいか言わないと、望んでない結果になるよって言いたかったの」


 人生は選択の連続だ。

 受け身のままでいると、誰かの都合で決まってしまう。


「雪ちゃんの立場だと意見は言いづらいと思うけど、私は否定しないよ。だから……少しずつ自分を出してみてね」


 少し大げさだったかなと思ったが、彼女は真剣に聞いてくれていた。その姿だけでも嬉しい。


「じゃあ、改めて聞くよ。何が食べたい?」

「……えっと、わたしは……」


 しばし沈黙。まあ仕方ない。いきなり言えと言われて言えるものでもない。

 ここは私が何か候補を出してあげよう…と思った矢先。


「ラ、ラーメン……という物を食べてみたい……です」


 勇気を振り絞ったような声だった。

 小さく頬を染めているのを見ると、本気で言った答えなんだと分かる。


「うん、いいね。じゃあ、行こっか……と、その前に」

「はい?」

「ちょっと遠回りして行こっか」

「……はい!」


 私の提案に元気よく応え、私達はショッピングモールの散策を始める。

 通路の両側に並ぶ店、行き交う人々、頭上を走る電光掲示。

 モールを歩く雪ちゃんは、まるでガラス細工のように目を輝かせていた。


「すごい……ここ、本当に一つの建物なんですか?」

「ね、圧巻だよね。私も初めて来た時は感動したよ」


 子ども時代、短い時間だけ父に連れてこられた思い出がよぎる。

 ほんの少しだったけど、あの頃はすべてが眩しかった。


「でも、まだまだ一部だよ。続きは食事の後で」


 私達はフードコートなる場所へと到着した。

 テーブルを囲む人々、漂う料理の匂い、ずらりと並ぶ店舗。まるでパーティー会場のような賑わいだ。


「ゆ、友希さん。ここって……どうすれば?」


 初めての場所に怯えるように、オロオロと落ち着きをなくしていた。

 可愛いなーと思いつつ、私も少しドキドキしていた。


「実はね……私もここは初めて利用するんだ」

「そ、それは……大丈夫なんですか?」


 不安が丸見えだ。そりゃそうだ。

 情けない話だ。意気揚々と連れて来て、当の本人は何も知らないのだから。


「だ、だいじょーぶ!システムは何となくわかるからさ!まずは席探そ!」


 手招きしながら空席を探す。

 正午を過ぎているのに、多くの人が滞在しており、空席を見つけるのは容易ではなかった。

 なかなか見つからなかったけど、ようやく二人掛けを確保して腰を下ろす。


「ふぅ……なんとか座れた」

「それで……ここからどうするのですか?」

「それはね」


 周囲の人を見渡す。

 店舗に並ぶ人、そこからリモコンのような物を持っていく人、器の乗った盆を持っていく人と三者三様に分かれている。

 そして、たまに鳴り響くアラームのような音。

 その発信源はリモコンからだと思われる。

 そうなると、導き出される手順は…。


「ここからは食べたい物を選んで、お店に行って注文します。ただし!」


 周囲を観察しながら続ける。


「席が無人だと取られちゃう可能性がある!」

「でしたら、一人ずつ注文に行けば……」

「それがねぇ……」


 ポケットに入れていたクレジットカードを取り出す。


「今の私達の手持ちは、これ一枚だけなのだ!」


 流石の私でも、これを雪ちゃんに持たせるのは気が引ける。

 どう言う意味か察したのか、ちょっと残念そうな表情を浮かべるのを見逃さなかった。


「でも、せっかくの機会だから、雪ちゃんに選ばせてあげたい……だから、こうする!」


  私はジャージを脱ぎ、机に置いた。


「ここを使っているっていうことを証明出来れば良いの。だから、こうして私のジャージを置けば、よっぽどの人は使わない……と思う!」


 あくまでも勘だけど、周囲の状況から判断すれば、たぶん間違ってない……はず。

 ただもう一つ気になるのは、あの紙コップ。

 アレもかなりの存在感を放っている。アレも置けば、席の確保は盤石な物になるはずだ。

 しかし、一体どこで?

 その時、お店のないところで人集りが出来ているのを見つける。アソコか。

 しかも、丁度ラーメン屋の近くだ。戻ってくるタイミングで、アレも持ってくるか。


「準備は整った!ヨシ、行こうか雪ちゃん!」

「は、はい!」


 雪ちゃんを引き連れ、ラーメン屋の前へ。

 列に並ぶ前に、お店の前に展示されているメニュー表を指差し、選ばせることにした。

 写真と共に並べられたソレは、空いたお腹を更に空かせ、口の中を唾液で満たす。

 私はすぐに決まったけど、雪ちゃんはマジマジと見つめて、頭をくねらせる。


「どう?決まった?」

「す、すみません……どれもこれも美味しそうで……」

「ふふん、なら困った時の対処方法を教えよう。それはね、このお店のオススメを食べることだよ」

「オススメですか?」


 左上に1番デカく表示されているメニューを指差す。


「オススメってのはそのお店の特色が簡単にわかるんだ。このお店ではコレに自信があるんだなーってね。そこから派生すれば、ここら辺とかも良いんじゃないかな?」


 助言に「うんうん」と頷く雪ちゃん。本当に真面目な子だなぁ。

 しかし、そんな力説している本人だけど、小説で得た知識を吐き出しているだけだった。


「……決めました。コレにします」


 そう言って指差したのは、さっきのオススメラーメンだった。


「OK。じゃあ注文いこ」


 受付で注文を伝え、問題が起きたのは料金を言われた瞬間だった。


「2点で、2000円になります」

「ッ……!」


 2000円と言う値段を見て、少し体が震えた。

 2000円もあれば1週間はご飯に困らない値段だ。それが一瞬で消えることに躊躇いを覚えた。

 しかし、ここで渋っていたら女が廃る!


「コレでお願いします」


 カードで支払いを済ませ、番号の書かれたリモコンを受け取る。

 そして、席に戻る道すがら、近くにある給水機で水を汲んで席に戻る。

 椅子に座り、ふぅっと一息つく。私も初めてのことで、緊張していたのか肩の力が抜けるのがわかった。

 その傍ら、雪ちゃんは呟いた。


「本当にここは不思議な場所ですね。多くのお店が並び、多くの人が行き交い、笑顔で満ちていて……まるで小さな街みたいです」


 そんな素直な感想に、私は思わず笑みが溢れる。

 彼女の年相応な表情を見た気がした。それに私は喜びよりも安堵を覚えた。

 まだ世界に絶望し切っていない純粋な心は、私には眩しいくらいだ。


「ひゃ!」

「おっと」


 和やかな空気に割って入るように、リモコンのアラーム音と雪ちゃんの悲鳴が響いた。


「もう出来たみたいだね」

「そ、そうですね」


 私達は立ち上がり、さっきのラーメン屋に向かった。

 盆の上に乗せられたラーメンは湯気が立ち、香ばしい香りが鼻の奥を刺激する。

 リモコンを渡し、その盆を受け取って席に戻る。


「これが……ラーメン」

「じゃあ、温かいうちに頂こうか」

「は、はい!」


 手を合わせて、スープを一口。

 雪ちゃんのお箸は、戸惑いつつもどんどん進んでいった。

 それを見て、また自然と笑みがこぼれた。

 いつもと違う日常の始まりが、なんだかとても嬉しかった。

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