第5話 制服とジャージの道すがら
朝食を終え、予定通りに生活用品を買いに行くこととなったのだが…。
「何を着て行こうか?」
タンスと見つめ合いながら、思わず呟く。
オシャレとは無縁な生活をしていたせいで、外行用の服といえば黒シャツに長ズボン、後は高校時代のジャージしかない。
1人で歩くなら、それで十分なのだが問題は…。
「お、お待たせしました」
振り向くと、そこには制服姿の美少女が立っていた。
気不味そうな表情を浮かべながらも、ワンピースの時の清楚な感じとは違い、貴族のような上品な雰囲気を漂わせている。
「うん、すごい似合ってるね」
「あ、ありがとうございます」
そう言いつつ、内心では焦っていた。
……この子と一緒に歩くのか。
成人女性が未成年を連れ回すなんて、どう見ても事案だ。さらには主従関係と言うトッピング付き。
もし警察に事情聴取されたら、なんて言い訳しよう。
養子と言う形ではあるが、私の年齢で養子なんて現実味がなさすぎる。それを加味すると、ますます怪しいだろう。
だから、私達の関係を隠しつつ、尚且つ自然な感じに歩ける方法は…。
その時、天啓が降りた。
ジャージなら、部活帰りに一緒にショッピングって設定でいけるのでは!?私天才!?
そう思い、部屋着の上からジャージを羽織り、鏡の前に立つ。
パッと見た感じ、まだいける……気がする。暑さを除けば、カモフラージュとしての役割は全うしている。
ついでにポニーテールにして、スポーツ女子感を演出してみた。
「そ、その……つかぬことをお聞きしますが、お洋服はそれだけしか無いのですか?」
背後から雪ちゃんの控えめな声。
彼女の方を振り返り、自信満々に宣言する。
「YES。私はこの世でいちばんファッションに興味がない自信があるよ!」
「……でしたら何かわたしのお洋服お貸ししましょうか?」
そう言って見せてきたのは……あの服達だ。
「はは、結構です!」
速攻で断った。
そんなやり取りを経て、私達はいよいよ外の世界へと踏み出した。
陽が高くなり始め、スロースターターな夏が本領発揮する時間。
真っ青な空と、じりじりと肌を焼くような日差し。
煌々とした太陽は、2人の足元に濃い影を落としていた。
制服の美少女と、ジャージ姿の成人女性。
仲良く日傘で相合傘をして歩く姿は、傍から見れば姉妹か、仲のいい友達のようだ。
しかし、誰もその裏にある事情を知らない。
「あ゛つ゛い゛」
「わ、わたしは大丈夫なので、友希さんだけで使ってください」
雪ちゃんは涼しい顔でそう言う。
まったく汗をかいていない。
こっちはジャージの中がサウナ状態だというのに
「てか、雪ちゃん全然汗かいてないね。実は雪女の血とか混ざってる?」
「そんなわけありません。ただ友希さんの場合は格好が…」
そう言って、視線が上から下へとゆっくり滑っていく。
「ま、まあ、あれだよ……日焼け対策的な?」
「でも、日焼け止め塗ってましたよね?」
「ほら……念には念を……ってやつ!」
誤魔化しきれない。
季節にそぐわない格好している時点で、どう考えても怪しい。
でも幸い、今のところ誰にも見られていない。
ただ、逆に今から向かう先で、どんな反応を受けるのか想像が出来ない。マジで職質されるかも。
「そ、そう言えば、生活用品以外に買いたいものとかってある?」
場の空気を変えるために、話題を90度屈折させる。
雪ちゃんは考える素振りも見せず答える。
「いえ、大丈夫です。友希さん自身が欲しい物を買ってください。本来、わたしなんかが良くしてもらう理由はありませんから」
その言葉に少しだけ胸が痛んだ。
だから、思いつきで言ってしまう。
「……あ!じゃあ、一緒に映画でも見に行かない?実は見たかった映画があったんだ」
嘘。本当は見たい映画なんてこれっぽっちもない。
ただ、同じ時間を共有すれば仲良くなれるのでは?と打算混じりの提案だった。
「……映画ですか……友希さんが良いと仰るのなら」
お、意外と乗って来た。
断られると思っていたので、ちょっと嬉しい。
ひょっとして見たい映画でもあるのだろうか?
そう思いながら、スマホを取り出して上映中の映画を検索する。
けれどスクロールする指がピタッと止まった。
……雪ちゃんってどんなジャンルが好きなんだ?
脳をフル回転させて、更には独断と偏見を総動員しても想像がつかない。
自分から誘っておいて、何を観るか聞くのも変だ。
……そう考えた結果、口をついて出た言葉がこれだった。
「雪ちゃんって……えーっと……もし私が蝶々になったら、どうする?」
「えっ!?き、急にどうしたんですか!?」
彼女のことをもう少し知ろうとしたら、変なことを言ってしまった。
驚いた顔で振り返る彼女に、私は苦笑しながら言う。
「ほら、私がより弱い存在になれば、雪ちゃんはこの主従関係をどうすることも出来るわけでしょ?その時、どうするのかなって」
脈絡無さすぎて、頭がおかしくなったと思われてそう。
しかし、こんなクソみたいな質問でも彼女は手を顎に当て、真剣に考えてくれる。
「うーんと……状況にもよりますけど、元に戻す方法を探しますね。虫さんとしての生を送っても、それは辛い思いするでしょうから」
「……でも、それなら殺してあげた方が楽になれそうだけど?」
「それでも、生きています。だから、僅かに希望があるのなら、わたしは全力でソレを探します」
まっすぐな言葉に、一瞬だけ息を飲む。
こんな世界に来て、それでも『希望』なんて言葉を信じられるのか。
彼女は現状を受け入れ、前を向こうと直向きに走っている。
繊細に見えて、芯が強い。私にはないものを、この子は持っているのかもしれない。
もし私が彼女と同じ立場なら逃げ出すか、或いは……。
「あの、それでこの質問って……何の意味あったんですか?」
「うーん……ナイショ」
何の変哲もない変な話。
けれど、言葉の奥に見えたものがあった。
まっすぐで、綺麗で……まだ、少し危うい心。
その危うさが、年相応でまだ成長を感じさせる。
そんな訳で、彼女にはSNSの問題を題材としたサスペンスミステリー映画を観てもらうことにした。
作品には興味ないけど、これを見た後の彼女がどんな感想を言うのか楽しみだった。
夏の日差しが天井に差し掛かる前に、私達はレジャー施設へと歩みを進めた。
少しずつ、彼女との『普通の時間』が増えていく。




