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第4話 奴隷との接し方

 転校云々に関しては、後で考えるとして、今は朝食についてだ。

 窓から差し込む柔らかな光だけを頼りに、照明をつけていないキッチンに向かう。

 冷蔵庫を開けると、冷気と一緒に静かな朝の空気が流れ込んできた。

 案の定、1人分の食事しかなかった。ご飯と納豆のみ…。

 お店は……コンビニしかやってないよね。近くにパン屋があるけど、開店は9時からだし。

 まあ休日だから、私は食べなくても良いか。


「雪ちゃんって納豆食べれる?」

「あ、はい!大丈夫です……あ!」


 突然、雪ちゃんはバタバタと慌てて立ち上がり、キッチンの方に歩いて来た。

 どうしたの?と聞く間も無く、彼女は頭を下げた。


「す、すみません!朝食のご用意でしたよね!?わたしがご用意します!」

「え?……あー」


 仕事熱心だなあ。この不慣れで初々しい感じが可愛らしい。後輩が出来たらこんな感じだろうか?


「でもほら、雪ちゃんは来たばかりだし、急に作れなんて言われても、食材がなければ何も作れないでしょ?」


 そう言って、スッカスカの冷蔵庫を見せる。ここから何か作り出したら、それは錬金術の類だろう。


「それは……そうですね」


 尻尾が垂れ下がった子犬のようにしょんぼりとした表情を浮かべた。

 朝食程度で、ここまで気を落とすだろうか?

 うーん、わからない。奴隷としての仕事が出来なくて落ち込んでいるのか、必要とされてなくて不安になっているのか?

 どちらにせよ、答えは彼女の中にあるのだ。


「後、朝ご飯これしかないんだ。ごめんね」


 そう言って、茶碗一杯の白米と納豆を見せた。


「い、いえお気になさらず」


 首を横に振り、自分は気にしないと言った様子。……健気だな。

 育ち盛りの子には少なすぎるけど、ないよりはマシか。

 ご飯をレンチンして手渡すと、雪ちゃんは小首を傾げた。


「あのーこれ」

「雪ちゃんが食べて良いよ」

「そんな、これは友希さんの物です」


 そう言って、私に返そうとしてくる。

 薄々思っていたけど、この子意外と強情だな?


「うーん……なら半分こにするか」

「本当にお気になさらず」

「はは、食え」


 さらに納豆パックを手渡し、部屋に強制送還させる。

 後はお箸なのだが……来客用のお箸がない。割り箸もなく、あるのはスプーンとフォークと自分用のお箸。

 私はお箸でも良いけど、相手に不便を強いるのも気が引ける。かと言って、普段使いしているお箸を渡すのも気持ち悪いよね。

 そんな無駄な葛藤の末、手にしたのはスプーンとフォークだった。


 部屋に戻り、机の前で大人しく待っている少女にスプーンを渡す。

 納豆のパックを開け、それをフォークでかき混ぜる。……やり辛いな。


「そうだ。雪ちゃんって納豆は何回かき混ぜたのが好き?」


 話を振られると思っていなかったのか、肩がビクッと震わせた。


「き、気にしたことないですね。……で、でも、400回かき混ぜれば美味しくなるとは聞いたことがあります」

「あ、知ってるー。雪ちゃんはやったことある?」

「やったことないですね。なんだか……食べ物を粗末にしているようで、気が引けたので」

「間違いないね。それに豆が潰れて、ドロドロになるから、見た目的にもあんまり美味しそうじゃなかったよ」


 ある程度混ぜたのを確認し、半分を茶碗に移し、茶碗からご飯を半分パックに移した。


「……やったことあるんですか?」

「そりゃー若気の至りでね」


 と言いつつ、最近のお話だ。

 ネットサーフィンしていたら見つけた情報で、本当かどうか気になって納豆を買ったのだ。

 そして、それの残りがコレだ。


「それじゃあ、いただきまーす」

「い、いただきます」


 手を前に合わせ、軽くお辞儀をする。

 雪ちゃんも同じようにするが、その一つ一つの所作でも絵になる。私がやると子供っぽいのに。

 まあ他にも要因はあるのだけど…。


「そういえば、ずっと気になってたんだけど、その服は何?」

「へぇ?」


 ここに来てからずっと思っていたこと。

 谷間を強調し、ほんの少しブラの輪郭と色が浮き出た服装は、同性の私でも目のやり場に困っていたのだ。


「えーっと、これは送迎の人に言われて……」

「んー?どゆこと?」


 私が聞き返すと、雪ちゃんの顔はりんごのように赤くなった。


「そ、その……ぬ、脱ぎやすい服装の方が殿方は喜ばれると言われたので///」


 ゴホッとむせてしまう。食事中にする話ではなかったな。どう意味なのかは想像つく。

 でも、付き合ったことがないのでわからんけど、男はこう言うの格好が好きなのだろうか?

 私からして見れば媚びているようにしか……あ、それが狙いか。


「じゃあ他の服はないの?」

「い、いえ他にも持たせてもらいました」


 茶碗を置き、ハンドバッグをゴソゴソと漁る。何でも入っているね、それ。

 そんな四次元ポケットばりのバッグから、メイド服やナース服など、様々な種類の服装が出て来た。


「え、ド◯キ行ってきた?」

「何ですかそれ?」


 ド◯キ知らんのか!ジェネギャか?んなわけ!

 てか、送迎の人は15歳の少女に何を持たせてんの!?普通にアウトでは?いや、格好だけならセーフなのか?

 兎に角、外に着ていけるような格好ではないのは確かだ。


「他にないの?」

「はい、これで全部です」


 少し照れた顔でそう答えた。

 おいおい……これじゃ外出もできないじゃないか。

 私の服を貸しても良いけど、分厚い胸部装甲が邪魔して入らないかもしれない。

 まだまともそうなのは…。


「ん?その制服は?」

「これは菊の花学園の制服です。その……持っていけば喜ばれると……」


 ……理由はともあれ、着ていける服があってよかった!


「じゃあ、今日は生活用品を買いに行こうか」


 現状、2人で暮らすには絶望的な環境だ。

 私の部屋はワンルーム故に部屋面積が狭い。

 さらにお布団やお箸、歯ブラシなど一人暮らし用の数しかない。

 それにこの机も新しく買った方が良いだろう。

 折り畳み式で、しかも面積が狭い。盆をひとつ置くだけで、机の上がほぼ埋まってしまう。

 今のままでは、2人分の食事を並べるのは難しい。


「それに転校の仕方も調べて……あ、掃除もして、後は……」


 やるべきことを羅列してみたが、今日中に終わらせるのは難しいかもしれない。

 特に転校に関しては、何から手をつければ良いのか。


「あの……友希さんはどうして、そこまでわたしを気にかけてくれるんですか?」


 首を傾げた少女は聞く。

 その目には不安や疑心などはなく、ただ純粋な疑問から出た言葉のようだった。

 それに対しての答えに困ったのは、むしろ私の方だった。


「……大人としての勤めを果たしているだけだよ」


 静寂はほんの一瞬だった。しかし、窓の外では雀の声がうるさく、部屋の中は静かすぎたほどだった。


「でも、わたしは赤の他人で奴隷です。優しくする道理なんて」

「なら、私が貴方をどう扱うかも勝手じゃないかな?」


 などなど口先だけは達者だった。

 本当はどう接したら良いのかわからなくって、かなり頭を悩ませているのだ。

 だから、まず好感度を上げようと必死なのだが、このザマだ。

 ほら、ギャルゲーでも好感度を上げないと、イベントが始まらないでしょ!?それと同じさ!

 ……まあ冗談はさて置き。


「私はね、雪ちゃんとは普通の生活をしたいなって思ってるの」


 嘘偽りのない本音。この主従関係とは関係なく、彼女には自由に生きて欲しい。

 現実から背いたわけではない。ただ私がそうしたいだけなのだ。


「こんなことになっちゃったけど、私はもっと雪ちゃんの言葉を聞きたい。もっと色んなこと知りたい。もっともっと……私を頼って欲しい」


 言ってから、自分でも驚いた。出会ってまだ数時間の相手に、何を言っているんだろう。

 でも、それくらい真っ直ぐに向き合いたいと思ったのだ。

 何が正しいのかはわからない。だってもう間違った道に入っているのだから。

 でも、間違った道にも正解があると信じている。


「それは……難しいですね」


 雪ちゃんは困った表情を浮かべる。


「わたし達はまだ出会ったばかりです。わたしは奴隷、友希さんは主人……それ以上の関係にはならないと思っています」


 彼女の言うことはもっともだ。出会って数時間の人間を信じろって言う方が無理な話だ。

 ちよっと落ち込んだけど、結果は結果。これから私が頑張って関係を築けば良いってだけなのだ。

 

「……でも、友希さんのことを少し知れた気がします。だから、その……わたしも頑張ります」


 言葉が出なかったのか、恥ずかしそうにモジモジと体を揺らす少女に、私は思わず笑いが込み上げる。

 「真面目だな」と彼女のことを見ていると、何だかんだ上手くやっていけそうな気がするのだった。

 カーテンの向こうでは、朝の光が白く部屋を満たしていく。

 ああ、今日という日が、少しだけ楽しみに思えた。

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