第3話 奴隷カタログスペック
名前を聞いてから、気まずい空気が流れる。
沈黙が重く、ドキドキと爆発しそうな心臓がさらに自己主張を強める。
何か話題を見つけないと……。
「そう言えば、雪ちゃんっていくつなの?」
自身で年下と言うのだから、純粋に気になってしまった。
歳ぐらいならまだ許容範囲なはず。無論、セクハラと言われれば、素直を引き下がるつもりだ。
「あ、あの、気になったのですけど、ご購入される前にそう言った情報はご覧にならなかったのですか?」
と言われても記憶にないな。
まあ、商品として売りに出されていたのなら、そんなのがあっても何ら不思議ではない。
車を買おうって思っても、カタログスペックや見た目を見てからじゃないと決められないのと同じように、彼女にもそうしたものがあるのだろう。
あるはずなのだが……どうも思い出せない。
あるのは「1番高い奴持って来い!」と意気揚々とヘッドマイクに叫んでいたことだけ……それが原因か。
「……ごめんなさい、思い出せないの。だから、良ければ教えて欲しいな」
「わ、わかりました。それでしたら、こちらをご確認頂いた方が早いかと」
またまたハンドバッグから登場。厚みのない綺麗なファイルを机に置いた。
「それは?」
「わたしのカタログスペックの写しになります」
カタログスペック……なるほど。例え話が現実になることってあるんだ。
人のカタログスペックか……内容次第だけど、どうやって記録したのか気になるな。怖いから聞かないけど。
中を開くと紙は2枚入っており、1枚はさっき言っていた物。もう1枚は彼女の品質を保証する署名のような物だった。
とりあえず、カタログスペックを黙読する。
名前【⬛️⬛️⬛️】──やはり黒く塗りつぶされている。
生年月日【20XX年8月31日】──おや?もうじき誕生日なんだ。出会ったばっかだけど、何かお祝いしたら喜んでもらえるかな?
……いや逆に気を使わせてしまうかもしれないし……悩みどころだ。
年齢【15歳】──15!?えっ、てことは高1ってこと!?
思わず、書類と少女を交互に見てしまう。
「ど、どうかなさいましたか?」
「い、いえ何も」
落ち着け。相手が未成年だろうと、今に始まったことではない。罪状が重くなるだけの軽傷さ。
心頭滅却。続きを読もう。
職業【学生】──『菊の花学園』在籍。え!ここって偏差値70以上の私立名門校じゃないか!
尚更、そんな子がどうして奴隷に?
交際経験【0人、処女、キス未】──絶対に嘘だ。正直、雪ちゃんの容姿は女性の私でさえ、息を呑むのを忘れるほどの『美』だ。男連中が放っておくわけがない。
てか、なんて内容だ!次々!
続いて能力評価。学力・運動から家事まで5段階びっしり。
さらに「性知識【E】」「歌声【A】」……極めつけはスリーサイズに“安産型”。
これは履歴書じゃない、下世話な週刊誌だ。
全体を通しての総評。
これが事実ならプライベートのプの字もないが、事実かどうかも判別がつかない……だ。
これを全部真と仮定すると、世の中の男性連中の目は腐れ果てて、土の栄養分になっているとしか思えない。
……まあ見方を変えれば、そう言う環境じゃなかったとも考えられるけど。
何よりも心配になったのは、雪ちゃんの通学に関してだ。
菊の花学園はここから電車を使っても2時間以上はかかってしまう。
それは彼女に心身に負担をかけてしまうのではと不安だ。
それに1番の問題はお金だ。
1番ベストなのは学校の近くに引っ越すことだろう。しかし、貯金がない。
ここから通おうにも、電車の定期券にも結構お金がかかる。
そこからさらに教育費など諸々ついてくる。
「うーん」と頭を悩ませてはいるが、答えは1つだった。
未来ある若者の為に、こっちの事情なんて気にしてはいけない。
今の仕事と夜職を掛け持ちすれば……そう考え、私は決心する。
「よし!引っ越そう!」
「え!急にどうしたんですか!?」
話の脈絡が無さすぎて、雪ちゃんの頭にハテナが浮かんでいた……ように見える。
「雪ちゃんの学校、ここからじゃ遠いでしょ?だから、近くに引っ越そうと思って」
少し忙しくなるけど、自分から蒔いた種なのだから仕方ないことだ。
「あ、あのそのようなことをしなくても、学校はもうやめようと思っています」
「……え?」
今度は私の頭にハテナが浮かんだ。あっさりと言い切る少女に、少し恐怖を感じた。
「ど、どうして?」
「ここからでは通うのに時間がかかりますし、ごしゅ……友希さんの身の回りのお世話に集中したいので、無駄なことはやめようかと」
「そ、そんなの気にしなくても良いよ」
「それに……あそこには戻りたくありませんから」
少女は笑顔を取り繕っていたが、白い指先はワンピースの裾を皺だらけにするほど強く握っていた。テーブルの上の書類が、やけに白く、冷たく見える。
……考えて見ればわかることだった。
雪ちゃんは名を捨てると言うことは、過去も捨てるのと同義。
結局は私の自己満だった。
意味を理解していながら、私は責任と言う皮を被った罪悪感で、彼女のことを考えられなかった。
「……ごめん」
テーブルの上の書類を、視線で穴があくほど見つめるしかなかった。
触れれば紙ごと罪悪感に燃やされそうで、指先が動かない。
「あ、お気になさらないでください!」
でも、どうする?流石に、未成年を学校に行かせないのは気が引ける。
「雪ちゃんは……もし学校に行けるなら行きたい?」
「それは……行かなくても良いかなって思ってます」
少し間を置いて、彼女は首を横に振った。
彼女は否定したつもりでも、1つ1つの仕草に隠しきれない思いが見える。
彼女が私に不利になる内容を言う訳がないのに、それをわかっていながらの質問なのだ。
でも、ほんの少しだけ本心が見えた。
戻りたく無いのであれば、ここから近い学校に通わせれば良い。
気づけばスマホを握っていた。
……悩んでいる場合じゃない。未来ある子に選択肢を与えるのは、大人の責任だ。
偏差値が高くて、徒歩で通える距離にあり、学費が現実的に収まる場所……あった!
『ホーリー女子高等学校』──偏差値68のお嬢様学校だ。
私立で学費は高めだけど、カリキュラムもしっかりとしているし、安心して任せられる。
「雪ちゃん!転校しよう!」
スマホを雪ちゃんに向け、学校のホームページを見せる。
「女子校なんだけど、ここならウチから近いし、雪ちゃんの学力でも行けるはず」
「そ、そんなわたしは別に」
「いや、学校は絶対に行くべき!もし行かないなら……この家のWi-Fi解約するから!」
「脈絡が無さすぎません!?」
「それに雪ちゃんはまだ未成年だし、ワガママ言ったも良いんだよ!だから、学校に通って!良いね!?」
「わ、わかりました」
かなり強引だが、これで良かったのだろうか?
結局、最初から最後までエゴイズム全開だった。今の時代なら、毒親と非難されるだろう。
「そうときたら、転校の手続きをしないとね……とその前に朝ご飯食べようか」
気づけば、時間は7時半を回っていた。
そろそろエネルギー不足で頭が回らなくなって来たので、何か食べたいと思っていたところだ。
しかし、2人分の食事はあるのだろうか?そう思って、キッチンに向かう。
そして、キッチンのある廊下に足を踏み入れた時。
「あ、あの……ありがとう……ございます」
後ろからする声に反応し振り向くと、雪ちゃんの顔が少し綻んだように見えた。
それを見た瞬間、間違ってなかったと自信を持つことが出来た。
「どういたしまして」




