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第10話 奴隷の朝とお願い

 奴隷の朝は早い。


 目が自然と開き、部屋の時計を確認する。

 針は午前6時を指していた。予定通りだ。


 アラームを鳴らすことは許されていない。それはご主人様の眠りを妨げる行為にあたるからだ。

 ご主人様より先に起き、音を立てずに支度をする。

 それは、そうするように教え込まれた、わたし達の役割だ。


 布団の擦れる音に神経を尖らせながら、そっと体を起こす。


 昨日のわたしは、奴隷としての役目を果たせませんでした。

 それどころか、ご主人様である友希さんに手を引かれ、初めての場所を堪能してしまいました。

 思い出すたびに、胸の奥が少しだけ落ち着かなくなります。

 だから、本日から奴隷としての職務を頑張っていきます!


 そう思った、その時。

 お味噌汁の香ばしい匂いが鼻腔をくすぐる。

 まさかと思い隣を見ると、友希さんが寝ていたはずのお布団が綺麗に畳まれていた。

 それを見た瞬間、わたしは飛び跳ねるように立ち上がり、台所に駆け寄る。


「お、おはようございます!」

「うわぁ!お、おはよう、雪ちゃん。そんなに慌ててどうしたの?」

「そ、その……す、すみません。朝食はわたしが作るべきなのに、友希さんのお手を煩わせてしまいました。い、今から変わります!」

「あー、大丈夫だよ。もう完成したから」

「そう……ですか」


 また……何も出来ませんでした。

 役目を果たせない奴隷は不要物だと、あの場所で教えられました。

 そうして捨てられた子たちがどうなったか、わたしは知っています。

 必要ないと判断された時、わたしは父に売られた日の痛みを思い出す。

 あの日から、わたしは「いつかまた捨てられる」と怯え続けている。

 そんなふうに内心で不安を抱えていると、友希さんから声が掛かりました。


「でも、丁度良かった。朝ご飯、もう食べる?」

「え、あ、はい!」

「なら雪ちゃん、食器出してくれる?」

「わ、わかりました」


 そう言われて、昨日購入したばかりの食器を取り出しました。

 それを友希さんに渡すと、出来立てのお味噌汁や白米をよそい、おかずとそれを盆の上に乗せました。


「雪ちゃん、これ持って行って。机はもう出してあるから、そこで食べてて良いよ」

「で、でも、まだ友希さんの分が乗っていませんよ?」


 1人分の朝食しか乗っていない盆はとても軽く、どこか寂しさを感じさせました。


「だってほら、今の机だと小さいし、一緒だと食べづらいでしょ?だから、私はここで食べるよ」


 そう言って、友希さんは台所で朝食を食べ始めます。

 その光景を見ていると、寂しい気持ちが溢れて来ました。

 ちゃんとした理由はあるのに、どこか納得のいかない自分がいました。


 奴隷という立場でありながら、ご主人様よりも良い待遇を受けていることに疑問すら浮かびます。

 そもそも、友希さんは何故わたしを選んだのでしょうか?

 あの日のあの子のように、ただ思い通りにするためだったら……そう思うと胸の奥がひやりとした。

 ……わからない。友希さんの考えていることがわからない。

 だから、少しでも友希さんのことを知りたい。


 わたしは受け取った盆を台所に置きました。


「ど、どうしたの?」

「……わ、わたしもここで……食べても良いですか?」

「……うん、良いよ」


 台所に2人で朝食……第三者が見れば、異様な光景に映るでしょう。

 わたしもこのような場所での食事は初の経験です。

 立ったまま食べることに少し戸惑いながらも、お箸を進めます。


「あ、そうだ。雪ちゃんにお願いがあるんだ」

「は、はい!な、なんでしょうか?」


 お願いって言葉を聞いた瞬間、少しは気が楽になりました。

 何だろうと身構えると、友希さんは言います。


「今日、お留守番しててもらっていい?」

「……へぇ?」


 情けない声を出してしまいました。

 思いがけ無い簡単な内容で、少し拍子抜けしてしまいます。


「今日用事があって、今から家を空けないといけないから……お願いしても良い?」

「……は、はい」

「後、昨日机を買って宅配で届けてもらう予定だったよね。だから、その受け取りもお願いしたくって」


 友希さんは話を続けます。わたしは何も口出しをせずに、ただ友希さんの言葉に従います。

 奴隷は主人の命令には逆らえない。でも、これは……命令なのでしょうか?

 命令とは違う。どこかフワフワとした言い方に、判断がつきません。

 ですので、わたしの答えはたった一つ。


「わかりました。そのお願い引き受けます」

「ありがとう!」


 屈託のない笑顔を見せる友希さんの顔を見て、胸が少しざわつきました。

 友希さんはひと足先に食事を終え、食器を片付けました。

 そして、スーツに着替え、玄関に向かいます。


「それじゃあ、行ってくるね」

「い、行ってらっしゃいませ!」


 友希さんは手を軽く振り、部屋を後にしました。

 取り残されたわたしは、1人で残りの朝食を食べ終えました。

 流し台に残った2人分の洗い物に、わたしは手を伸ばします。

 使った食器を洗い流し、水垢が残らぬように流し台の水滴を拭き取ります。


 次に洗濯物を洗おうと脱衣所に向かいましたが、そこには1着も服はありませんでした。

 心臓が一瞬、ドキッと跳ねる音が響きます。

 しかし、冷静に部屋の中を見渡すと、既にベランダに干してある服を見つけます。


 ホッと胸を撫で下ろすと同時に、ふと思います。

 友希さんは何時に起きているのでしょうか?

 朝食、洗濯と全て終わらせているのを見ると、遅くとも更に1時間は早く起きている計算になります。

 つまり、わたしが友希さんより早く全部を終わらせようとすると……朝の4時……ですか。

 ……少し厳しいかもしれません。

 これは友希さんにご相談……いえ、奴隷であるわたしがそのようなことをしてはいけません。


 床に敷いた自分の布団を畳み、部屋で一息つきます。

 エアコンの風音だけが部屋に響く。

 まさか、奴隷としての初のお仕事がお留守番になるとは思いもよりませんでした。


 こうして任された以上、何か奴隷としてやらなければならないことを探します。

 まずは部屋の掃除……をしようと部屋を見ますが丁寧に並べられた本棚、埃一つないパソコンと机など、友希さんの几帳面さが見て取れます。

 昨日の朝見た部屋は何だったのか疑問が浮かびます。


 では、昼食や夕食の下拵えと思っても、友希さんの許可無く台所を使うのも気が引けます。


 ……やることがない!?


 そんなはずは……と思いながら、部屋をもう一度見渡す。

 でも、どこにもわたしに出来ることがなかった。

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