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過去から来た幼なじみ 7 お昼ごはん

「よもやだね」

 美鶴(みつる)は栄養調整食品と呼ばれるブロック型のクッキーみたいなものを食べながら、静かにつぶやいた。美鶴の昼食はほとんどこれである。朝食と昼食はエネルギー補給さえできればいいというのが美鶴の考え方だった。飲み物はいつも紙パックのトマトジュースとプロテイン飲料を1本ずつ飲んでいる。それについてはかえでも真似するようになっていた。

 2人は音楽室で昼食をとっていた。音楽室は日当たりがよく、ストーブをつけなくても日光に当たっているだけでぽかぽかと暖かかった。


「俺もまさかこんなことになるなんて思ってなかったです」

 かえではそう言って購買で買った菓子パンにかぶりついた。

 かえでは自分のクラスで昼食をとることが苦手だった。なぜなら、教室では決まった相手と食べるという不文律があるからだ。かえでとしては、昼食はその日の気分で誰かと食べたり、1人で食べたりしたいと思っていた。しかし、かといって教室内で1人で食べようものなら、その不文律のせいで実に居心地が悪い思いをする。

 以前、試しに教室内で1人で食べたことがあるのだが、その時は「機嫌が悪いのか」とクラスメイトから思われ、そのあとのフォローに苦心したのだった。


 そういったこともあり、入学からしばらくの間は自分の印象が悪くならないよう、クラスメイトと一緒に昼食をとるようにした。そして機をみて、「これから先輩と食べる」と言って昼食の時間は音楽室に行くようになったのだった。その時はまだ美鶴と一緒に昼食を食べていなかったにも関わらず、だ。


 音楽室での1人ランチはとても気楽だったが、昼食時間の度にいちいち職員室へ行き、音楽室の鍵を借りたり返したりすることは地味に面倒だった。

 それでも1か月ほど、かえでの1人ランチは続いた。


 ある時、かえでは美鶴にふとその話をしたことがあった。かえでの話を聞いた美鶴は、「私をダシにするとはいい度胸だなてめえ」と、うずらの鳴き声ほどの声量でかえでを責めた後、「でも、それいいね」と悟りを開いた仏のような無表情でつぶやいた。


 美鶴も教室で小指の先ほどの友達と昼食をとるよりも、音楽室で食べた方が静かで居心地がいいと思ったようだ。その話の後でかえでが初めて美鶴を昼食に誘った時も「おけ」とすぐに了承し、その日のうちに音楽室の合鍵を用意してくれた。

 

「――まあどちらにせよ、君は彼女を助けるつもりだったんでしょ?」

 美鶴はストローに口をつけ、トマトジュースをちゅーちゅーと吸った。もう1つのプロテイン飲料にもすでにストローが刺さっている。その2つを交互に飲むのがみつる流だった。

「そうですね」

 かえでは相槌を打つと紙パックのプロテインを飲み干し、もう1つある紙パックのトマトジュースにストローを刺した。かえでは1本ずつ飲み切るタイプだ。


「なら、やることは変わらない」

 ほんとうにこの人の話し方はぶれないな、とかえでは感心した。たとえ目の前に巨大隕石が迫っていても美鶴せんぱいはこの話し方だろう。パニックになって右往左往する姿も見てみたい気はするが。


 昨日、ひかりから話を聞いたときのかえでの心中は全く穏やかではなかった。動揺して大声をあげそうになるのを何とかこらえ、泣きそうになる気持ちを抑えながらひかりが事故に遭った日のことを思い出していた。


 2月14日の19時22分。その日は雪が申し訳程度にちらちらと降っていた。天気予報ではこのあと深夜から朝にかけて大雪になるとのことだった。それにも関わらず、ひかりはなぜか薄着で自宅から中学校方面に続く大通りの歩道を走っていた。

 そこに車がノーブレーキで突っ込んできた。しかも運の悪いことにそこはちょうどガードレールの切れ目で、ひかりを守るものは何もなかった。ひかりは即死で、あまりの衝撃に胴がちぎれかけていたそうだ。ひかりを轢いた車の前半分はぐちゃぐちゃに破壊されていた。

 あとでわかったことだが、その車の運転手は心筋梗塞で、ひかりを撥ねた時にはすでに死んでいたそうだ。


 ――美鶴はポニーテールを揺らしながら、教卓に向かって話しかける。

「ひかりさんが事故が起きた日から来たのはわかった。でも、その日の何時、そしてどこから来たのかはわからない」

 教卓がうんうん、とうなずいているように見える。 

「そして君は、彼女が何時に、どこで事故に遭うのかわかってる」

 今度はかえでがうんうん、とうなずいた。


「手っ取り早いのは――」

 かえでが言いかけると、美鶴が後を続けた。

「彼女にその日は1日家にいろって伝えること」

 そう言って美鶴は人差し指を立てた。

「それで世界が改変しても――」

 かえでの言葉の後をまた美鶴が続ける。

「仕方ない」

 美鶴は立てた人差し指をまるで謝罪させるかのようにくの字に曲げた。それが世界に向けての謝罪のつもりだとしたらあまりにも軽すぎる。


「まあ、人1人が世界に与える影響なんて大したことないですしね」

 かえではそう言って肩をすくめ、トマトジュースを飲んだ。

「そうとも言えない」

 美鶴は空で円を描くように人差し指を動かしながら言った。

「君は、バタフライ効果って知ってる?」

「どこかの国での蝶の羽ばたきが、どこかの国ではトルネードになるってやつですよね」

「そう。ささいな出来事がどこかで大きな影響を引き起こす」

 そう言うと、美鶴は自分が描いた見えない円の中心に、ふっと息を吹きかけた。

「今の私の息も、フランスではハリケーンになっている」

 たまに美鶴はこうした微妙な冗談を言うことがあった。天真爛漫だ、おてんば娘とはこのことだ、とかえでは勝手に解釈していた。


「もちろん、それで何か起こったとしても――」

 そこで美鶴は、わざと言葉をとめた。

「仕方ない、ですね」

 かえではその言葉の後を引き取った。

「そう」

 美鶴はアブラムシ1匹もとばせないような息を吐いた。多分、今のは笑ったはずだ。おそらく。


「彼女は知らないんだよね。その――」

「自分が、死ぬことをですか?」

「そう」

 さすがの美鶴もその言葉は言いにくかったらしい。美鶴はクッキーを口に入れ、プロテインを飲み干した。


「知らないです。ひかりが自分の親に会ったり、自分の家に入らない限りは。さすがに家の前に行っただけじゃわからないと思いますし」

「今後も教える気はないの?」

 それはひかりに会った時からかえでもずっと考えていたことだった。かえではバツが悪そうに言う。

「ひかりにはこのことを知らせずに、何とかしたいと思ってます」

「そりゃね。自分がこの未来ではすでにいない。しかも自分がいなくなる当日から未来に来たなんて知ったら、本人はとんでもなくショックを受けるだろうけどね」


 そこで美鶴はかえでに目を向けた。美鶴と目が合うと「あ、見られた」と普通のことを思い、いつもどきっとしてしまう。

「それでも、教えることで本人に危機感をもってもらうのは大事だと思う」

 それは美鶴の言う通りだ。それが1番いいことなのはかえでにもわかっている。ひかりが自らこの事実を知ってしまうくらいなら、せめてこちらから教えたい。

 それにひかりのことだ。自分が交通事故に遭うことを知れば、おそらく防具を着込んで1日中家の中で待機してくれそうではある。


 しかしそれでも、かえでにはそのことをためらわせる理由があった。

「――ひかりが死んだのは俺のせいです。だから、ひかりには悲しい思いをさせたくないし、不安になってもらいたくないんです」

「君のせいというか、君が事故の要因の1つではあったってだけのことでしょ」

 美鶴はかえでを慰めるわけではなく、ただ自分が思ったことをそのまま言った。しかし結果として、それがかえでにとって慰めとなっていた。


「まあ、それでも君はそう思えないだろうけど」

 そうなんです。ごめんなさい先輩。

「とりあえず、今はひかりには事故のことは秘密にしておきたいです」

「うーん、教えるけどね。私なら」

 美鶴はかえでが後悔することにならないかと危惧するようにぼそりとつぶやいた。


「――まあいいや。問題は彼女がいつ過去に戻ってしまうかだよね。何かのきっかけで戻るのか、それとも時間制限があるのか。今日帰ったらすでにいない可能性も大いにありえる」

「俺もそう思って、学校に行く前にひかりには伝えておきました。もし俺が学校から帰るまでに過去に戻ることがあったら、何があっても次の日まで自分の家から出るなって」

 ひかりが何も知らずに過去に戻ってしまうことは、かえでが最も恐れていることだった。


「彼女はなんて?」

 かえでがそう伝えると、ひかりは「えー?家から出たら何かあるの?逆に気になるんですけど」と能天気に笑っていた。

「ほら。だから教えた方がいいのに」

「だから一応、俺が大けがをするかもしれないって言っておきました」

 その言葉をひかりがどこまで本気にするかはわからないがともかく。


「ふーん。君、今日の予定は?」

 ふいに美鶴がかえでに聞いた。

「家に帰ってひかりと夕ごはんの買い出しに行って、家で映画を観るつもりです。部活は休みます」

「ふーん」

 美鶴は何か考えるように残りのクッキーを無造作に口へと放り込んだ。


「――私もお邪魔していい?」

「え、来てくれるんですか?」

 かえでがそのことを期待していなかったといえば嘘になるが、こちらから頼む前に美鶴から申し出てくれるとは思っていなかった。美鶴からすれば、かえでから話を又聞きするよりも、直接ひかりと話した方が早いと思ったのだろう。


「うん。私も生のひかりさんに会ってみたい」

 そう言って美鶴は残りのトマトジュースを飲み干した。

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