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過去からきた幼なじみ 3 お買い物

1


「なんだその格好は。なんなんだ」

 かえでは「ただいま」と言うつもりで玄関の鍵を開け我が家に入った。しかし、出迎えてくれたひかりの格好を見て、まずそう言ってしまっていた。自分の眉間にしわが寄っていることがわかる。

「近所の人に顔バレしたらまずいかなと思って」

 ひかりはニット帽にサングラス、マスクにマフラーという格好でかえでを出迎えた。声音を聴く限り、おそらくひかりは笑っているはずである。しかし、顔が全て隠れてしまっているため、表情がまるで読めない。


「それは、まあ、たしかに」

 かえでは素直に頷いた。ひかりの言うことは全くその通りで、2人が通っていた中学校から反対方向にお互いの家はある。それでも同じ学区内であることは間違いないので、ひかりのことを知っている人とのエンカウント率は低くはない。しかしそれにしても、である。


「部屋着は?ま、まさか不審者グッズだけご購入あそばしたわけではないよね?」

 かえではひかりの姿に混乱しつつも、とりあえず洗面所へ行き、手洗いとうがいをした。習慣というものは無意識でも自然と実行できることをこのタイミングで実感した。


「もちろん買ったよ。ほら見てみ。ほらごきげんよう」

 リビングに入ると、何着かの服がタグ付きのまま部屋中に散らばっているのが目に入った。たしか、衣服にはたたむという概念があったはずだが、もしかしたらひかりにはないのかもしれない。

 もしひかりと結婚した場合、掃除と片付け担当は自分になるな、とかえでは何とはなしに思った。


「じゃ、買い物いこっか」

 ひかりは散らばった衣服には何も感じないようで、さっさと玄関に向かおうとする。きっとこの衣服たちはご主人が不在の時に自分で自分の体をたたんで勝手に衣装ボックスに入ってくれるんだ。かえではそう思い込むことにして、すでに靴を履いて玄関のドアを開けているひかりを追った。


2


「今日のごはん何にする?」

 スーパーの野菜コーナーをなめるように見ながら、ひかりがかえでに聞く。このスーパーはかえでの家から歩いて10分ほどにある。それなりに大きい店なので、駐車場もそれなりに広い。スーパーと同じ敷地にはドラッグストアやクリーニング店、花屋なんかもある。ちょうど夕飯時ということもあり、店内はにぎわっていた。

 ひかりは買い物カートにもたれながらだらだらとかえでの後ろを歩いているが、今の見た目も相まって「不審者のお買い物です」と言わんばかりになっていた。かわいくて周りの目を引くことはあったが、今は別の意味で周りの視線を集めている。


「鍋」

 かえではそんな不審者となるべく目を合わさないように、野菜の値段を業務的に目で追っていく。なぜミニトマトはこんなにも高いのかしら。家で育てた方が安上がりだよな、とスーパーに行く度に思ってしまう。かといって家で育てる気はない。

「なぜ?」

 不審者がこちらを見た、気がする。視線はサングラスで隠れているが、顔をこちらに向けたからだ。しかし、当然のことながら不審者と目は合わせてはいけない。なぜなら面倒くさいことになるからだ。しかし、聞かれた以上は答えなければならない。なぜなら、俺はその不審者とお買い物をしているからだ。


()()じゃなくて、()()だよ鍋。あっつーい料理。ご存じか?」

「私、言い間違えてないし。昔から存じあげてるわよ、あいつのことなんて。聞いているのは、なんで鍋なの?ってこと」

 なぜ鍋を擬人化するのかわからないが、ひかり(不審者)の言いたいことはわかった。やれやれとばかりに、かえでは説明を始める。


「なぜなら、鍋は野菜が摂取できるし、温かいしおいしいからだ。俺は鶏肉も入れるし、最後にはうどんかごはんを入れちゃうからだ。どうだ、ご満足か。ならばネギを探してくれないか、カモ女よ」

 かえではひらひらと手を振ると、カット白菜を手に取り、不審者が押している買い物カートに入れた。

「カモがネギ背負うってか。私の場合は美女がネギ背負うでしょ。って、じゃかましいわ」

 不審者は自分で勝手にボケて、勝手にツッコんでいる。今日も世界は平和なようだ。その見た目でふざけたことを言うものだから、思わずかえでも笑ってしまった。


「昨日も鍋だったのになんで?ってことだろ。そろそろそのサングラスを取ってくれ」

「わかっててとぼけるのってタチ悪いよね。顔バレしないかな?」

 ひかり(元不審者)はぶつぶつと文句を言いながらサングラスを外した。

「鍋は飽きないと思ってるんだけどなぁ。目しか見えてないから大丈夫でしょ」


 かえでの夜の献立は基本的に鍋である。一人暮らしを始めてもうすぐ一年が経つが、季節を問わず鍋を食べている。たまに無性に鍋を食べたくない日があるが(かえではそれをおなべ倦怠期と呼んでいる)、そのような時はジャンクフード大量に買って貪り食っている。ちなみに、かえでの一番好きな食べ物はフライドポテトである。


「あんた1人ならいいわよ鍋。毎日鍋。けっこうよ」

 ひかりが上目遣いでかえでのことを睨みつけた。学校から帰ってきて初めてひかりの目を見たので、かえでは自分の胸がきゅんと締めつけられるのを感じた。そうしてひかりにときめいている自分が懐かしくもあった。


「じゃあ何食べたいの?」

 少し恥ずかしくなったので、かえではひかりから視線を逸らして聞いた。

「そうだなぁ」

 ひかりは考えるように人差し指をあごに当てると、視線を遠くへ向けた。と、思いきや、ひかりの視線はすぐに別のものを捉えた。

「あらやだ。もうすぐバレンタインデーですってよ奥さん」

 ひかりはあごに当てた人差し指をディスプレイに向けて、からかうようにかえでの顔を見た。

「そうよ。もうすぐバレンタインデーなのよひかり」


 かえでもひかりが指さす方に視線を向けながら応えた。見るとスーパーの一角には催事スペースが設けられており、並んだ赤色の英字バルーンが「バレンタインデイ」という言葉を作っていた。


 看板には「大切なあの人に・お世話になったあの人に」と書いてある。それなりに大きなスーパーなので、品ぞろえもなかなかの力の入れようである。人にあげるというよりも、自分に買う用となっているような高額で立派なチョコや、人にあげるにはもってこいとばかりのリーズナブルなチョコ、義理でも食らえ!と言わんばかりの駄菓子チョコなど、様々なバリエーションのチョコやお菓子が並んでいる。


「きもマダム現る。あんた、チョコもらえる予定あるの?」

 2人の足は自然とバレンタインコーナーに向かっていた。

「あるかもしれない」

 かえでとしてもそのことは先月から頭の片隅で考えていた。そう、もらえるかもしれない。しかし、美鶴せんぱいはそういったイベントに興味がないか、むしろそういったものを冷めた目で見ている可能性の方が高い。


 かえでは落胆しないようにそう思うようにしていた。もちろん、みつる本人に「俺にチョコくれるんすか、へへっ」なんてこと、怖くて聞けるわけがない。そんなこと聞こうものなら、「自分の指に砂糖でも塗って、なめてろ」と言われかねない。


 しかし、バレンタインが近づくにつれ、頭の片隅で体操座りしていた自分の甘い考えが立ち上がった。

 そうしてそれ(煩悩)はいつしか肩で風を切るように歩き出し、いつの間にやらかえでの頭の中心まで来ようとしていた。


 そんな煩悩まみれのかえでの顔をひかりは真顔で見つめていたが、残念なことにかえではそのことに気づいていない。

「それって、さっき話してた高校のせんぱいから?」

「そう。あるかもしれない」

 かえでは自分に言い聞かせるように呟いた。大丈夫だ。もらえるはずだ多分。

「でも、ないかも・・・?」

「・・・しれない」

 何だか不安になってきた。それにしたって今のひかりの意地の悪さを詰め込んだ言い方はどうなんだ。年頃の男をつかまえて、失礼ってもんじゃないのかこれは。


「でも、知らない女の子から急に渡されることだって――」

 かえではなぜか言い訳するような口調になる。

「――あるの?」

 ひかりがとどめを刺した。

「ないか。さすがに」

 かえでは自分がそこまでうぬぼれていないことを自覚している。自己肯定感の低さには自信があった。

 ひかりは「ふーん」と言いながら、並んでいるチョコを1つ1つ手に取っている。どこか心ここにあらず、といった様子だが、自分で勝手に落ち込んでいるかえでがそのことに気づくはずがなかった。 


「――私があげよっか、チョコ」

 さりげなさを装って、ひかりは言った。心なしかその声は緊張してはいたが、しかし。

「ありがとうございます!」

 かえでは即答した。やったぜ!買い物客の皆さん!と心の中でふんどしを締めた天使が尺八を豪快に吹き鳴らした。

「あらやだ素直だこと」

 ひかりはほっと息をつくように笑った。そうしてやっとかえでの顔を見た。実のところ、ひかりはそれまで恥ずかしくてかえでの顔を見ることができなかったのだが、当のひかり本人にもその自覚はなかった。


「いらないっていうヤツは三流だよね。二流はいただけるならありがたくいただく。なんならこっちから催促もする。くださいってね。そこに恥はない」

「じゃあ一流は?」

「なにもしなくてももらえる」


 たしかに、とひかりは笑った。

「でも、中学時代のあんたは一流だったじゃない」

「あれが人生のピーク。今は二流」

「ピークはやっ。まだお互い先は長いでしょうに」

 ひかりはかえでの気持ちを知ってか知らずか、そう言ってかえでの肩をぽん、と叩いた。もちろん知らないからそのようなことを言っているわけだが、かえでとしてはその言葉がとてつもなく切なく感じられた。


「・・・」

 はちゃめちゃに値段の高いチョコレートを手に取ったひかりが、急に黙り込んだ。

「どうした?」

 まさか「買って」なんて言うんじゃないだろうな。かえでは、「そんなもの、早く置いてらっしゃい!」と即座に答える準備を心の中でする。さっきまで尺八を吹き鳴らしていた心の中の天使にも緊張が走る。


 しかし、ひかりが言った言葉はかえでと天使が予想していたものとは別のものだった。

「・・・2月だ」

「そりゃそうだ。今は2月だ」

 肩透かしを食らった気分のかえでは、さりげなくひかりが手に持っているチョコを取り上げ、そっと棚に戻した。いいか、二度とこいつに見つかるんじゃないぞ。

「じゃなくて」

 ひかりは勢いよくかえでの顔を見る。その目は瞳孔が開いてまん丸になっていた。


「私がきたの、2月だ」

 その言葉に、さぁっと自分の産毛が逆立つのをかえでは感じた。

「私、バレンタインがどうとか、思った記憶がある。思い出した」

「2月の、いつ?」

 かえではリュックからスマートフォンを取り出してカレンダーを確認する。

「それは・・・わかんない」

 ひかりは顔をしかめて何とか思い出そうとしているようだったが、ぶんぶんと首を小さく振った。

「そうか」

 そこでかえでは今年のカレンダーを確認したところで意味がないことに気づいた。確認するなら去年のものでなければ。かえではスマートフォンをまたリュックにしまった。


「ほかに思い出せたことは?」

 かえでは念のためひかりに確認する。 

「うーん、私がかわいいことくらいかな」

 ひかりはそう言ってかえでに向かってウインクをするが、強がっていることは明白だった。その目には戸惑いや困惑の色が浮かんでいる。無理もない。とつぜん1年後の未来に来てしまったのだ。さらにその直前の記憶がないとくれば、不安になるのは当然のことだ。


「それは、思い出すまでもないだろ。鏡を見ればわかる」

 かえでが真面目なトーンでそう言うと、ひかりの目が安心したようにすっと細くなった。

「素直でよろしいわねあんた」


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