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過去からきた幼なじみ 2 せんぱい 

「寝言が終わったなら、そろそろ起きてね。君、寝ると()()死ぬかもしれないし」

 美鶴(みつる)はかえでの話を一通り聞き終えると、ぼそりと呟いた。

「起きてます。それに前回も死んでません」

 そんな美鶴の冷めた物言いにも、かえでは慣れた調子で応えた。


 放課後の学校の音楽室に2人はいた。美鶴は黒板の前にある教卓に突っ伏している。かえではグランド・ピアノとセットになっている黒い革の椅子に座り、そんな美鶴を見つめていた。

 (ひいらぎ) 美鶴はかえでの1つ歳上の高校2年生である。名字がかえでと同じなのはたまたまであり、決して2人が姉弟というわけではない。

 美鶴は常に無表情で、声に温度が感じられない。また話し方にも抑揚がなく、彼女の言葉はまるで台本を棒読みしているように感じられる。

 美鶴は背も小さいが、声も小さい。ぼそぼそと呟くように話す彼女の姿は、まるで小動物のように見えた。


 さらに、彼女は目が死んでいた。その目はもうジト目のお手本のようだった。

「うーん。何ともまためんどくさいこと・・・」

 美鶴は言葉の通りめんどうくさいと思っているのだろうが、はたして彼女がどこまで本気でそう思って言っているのかは判断がしづらい。

「うーん。まあ、まあね・・・まあ」

 したがって、かえでもそう返すしかない。


 美鶴のテンションは常にLowである。彼女のテンションを心電図に例えると、常に横へ一直線に伸びていることだろう。

「ふむ」

 教卓に突っ伏したまま、美鶴は頭を左右に揺らす。その度に後ろに結んだ髪の毛がワンテンポ遅れてゆらゆらと揺れた。

 美鶴はいつも髪型をポニーテールにしており、前髪は気分によっておろしたり、少し分けたりしている。目の横の髪の毛は細長く垂らしているので、それが触角のように見えた。その触角がかえでは好きだった。


 柊美鶴は美しい。かわいいではなく、きれいと分類される見た目である。しかし、それは街中で周りの人からの視線を浴びたり、芸能事務所の人からスカウトされたりするタイプの美しさではない。美鶴の目はひかりみたいに大きいわけではないし、何かしらのオーラも感じられない。


 それでも彼女はそこいらにいる人よりもずっと美しかった。それは現実的な美しさといえばいいのかもしれない。クラスにいるきれいな人、学年にいるきれいな人、そんな感じである。

 事実、美鶴は学校の人たちからは「あのきれいな人ね」と形容されている。そのあとに「暗いけど」という言葉も付け足されているが、それはともかく。


 かえでは美鶴のことを「薄幸のモテない美人」と表現していた。かといって、美鶴の幸は決して薄くない。極端に友達は少ないが、それでも。


 以前、かえでは美鶴に「友達はどれくらいいるんですか?」と聞いたことがある。

 すると、美鶴はしばらく考え、「小指の先くらいかな」と真顔で言った。片手で数えるほど、という表現は聞くことがあるが、1人未満の友達とは何なのだろう。

 もしそれを信じるとすると、もうその友達は生首である。


 美鶴とかえでが所属する吹奏楽部は、3年生たちが引退し、1年生はかえでのみ、2年生も美鶴しかいないため、現在は活動休止状態になっていた。

 それでも2人は毎日音楽室に行き、ピアノを弾いたり、楽器(2人とも担当楽器はクラリネットである)を練習したりしている。


 かえでは学校所有のクラリネットを借りているが、美鶴は自分のクラリネットを持っている。美鶴にいたってはクラリネットのソロの大会で表彰されるくらいの腕前をもっていた。聞くところによると、中学時代はかなりの吹奏楽強豪校にいたらしい。


 美鶴は小さい頃からピアノも習っていたとのことで、気分が向くとかえでのリクエストした曲を弾いてくれることもあった。かえでに元気がないときは、嫌がらせでホラー映画のBGMを弾いてもくれる。


「でも、この前みたいに君が死ぬかもしれないわけではないんでしょ」

 じと、と美鶴は青白い顔を上げ、かえでを見つめた。

「そうですね。今回はそういう話ではないです」

 ふむ、と美鶴は片頬をふくらませた。まるでおもちのようなほっぺたである。

「まあ、前回の話をすると長ーくなるから、今回それは置いておこう。また今度の機会に」

「何言ってるのかわかんないですけど、そうしましょう」

 美鶴は本当に何を言っているのかわからないことをたまに言う。


 美鶴の肌は白いを通り越して薄紫に見えるときがあるが、身体は誰よりも丈夫という特異体質である。

それでも、その肌色のせいで周りからは、貧血か?保健室なのか?歩けるのか?誰だ保健委員は?などと思われがちだ。

 しかし、そう思われても仕方がないとかえでも美鶴本人も思っていた。何せ、雪女かお前は、というくらいの肌色なのだ。


「で、その子は君が前に話してた子だよね?」

「そうです」

「あのー、初恋の」

 美鶴は真顔のままつまらなそうに言っているが、実際はこれでもかえでをからかっているつもりである。

「そうですね、と言うのはむず痒いですけど、そうなのでそうですね」

 かえでもそのことは承知しているので、苦笑して応えた。

「きゅんきゅんだね。で、彼女を家に泊めたと」

「へい」

「手は・・・」

「出してないと」

 かえでは食い気味に否定した。

「でも、君の服は着てると」

「女の子が着るようなパジャマがなかったんで」

「で、君の匂いの染み込んだアレを着てると」

「なんか語弊があるな。そうですけど、なんかいやだな。なんだろこれ」

「それで、その子は今日も君の家にいるの?」

 美鶴が唐突にからかうのをやめたので、かえでは会話のノリが掴みきれなくなる。

「服買ってこーいってお金渡したので、外に買いに行ってるはずです」

 したがって、こうして中途半端なノリでの返しになる。

「ふーん」

「ていうか先輩。俺の話、信じてくれるんですね」

 かえでがそう言うと、美鶴は横目でちら、とこちらを見た。そして正面のドビュッシーの写真に視線を移す。


「もちろん」

「信頼はされているのか」

「まあね。君、そんな子じゃないから」

「信頼されてるなこれは」

 かえでは素直に喜んだ。美鶴がお世辞を言うことはまずない。よくも悪くも。今回はよい方のやつだ。


「その子は、えっと、ひかりさん、だっけ。あ、窓閉めてくれる?さむい。ひかりさんは、どうやってこっちにきたのかな」

「さあ」

 かえでは立ち上がり、換気のために少しだけ開けていた窓を閉めながら答えた。夕方になり気温は更に下がっている。雪が降ってもおかしくない寒さだ。まだ17時前だというのに、外はもう暗くなっている。


「じゃあ具体的にいつ、どこから来たの?」

「さ、さあ。1年前って言ってましたけど」

「1年前の何月何日?」

「えぇっと・・・」

 かえではしどろもどろになる。思えばそういったことは何も聞かなかった。昨日はひかりと2人でテレビを観ながら鍋を食べ、交代でお風呂に入ったあとそのまま寝たのだ。もちろん、寝る場所は別である。


「聞いてないと」

「はい。すみません。思えばお笑い芸人の話しかしてないかも」

「そっか。まず聞くけどね。私なら。あ、明かり点けてくれる?暗い」

 またかえでは立ち上がり、音楽室の入り口にあるスイッチを押す。教室中がぱっと明るくなり、そこで今さっきまでの音楽室内の暗さに気づいた。

「うーん」

 美鶴は考えているのかいないのか判断できないトーンでうなる。

「すみません」

「まあ、いいけど」

 そう言って美鶴はゆっくりと上半身を起こして座りなおした。


「で、君はどうしたいの」

 指をいじくりながら美鶴が聞いた。

「どうしたいのって・・・」

「ひかりさんを過去に戻したい?」

「そうですね。多分」

 それはそうだ。いや、本当にそうか?

「でも、そのまま戻したくはない?」

「はい」

 それは間違いない。

「未来の情報を彼女に伝えていいものかってことだよね。君が気にしてるのは」

 美鶴は見たことのない指遊びをやり始めた。指がイソギンチャクのようにくねくねと動いている。


「そうなんですよ。素人考えですけど、タイムパラドックスとか、パラレルワールド発生みたいな問題が起こるのかなって」

「それは、別にいいんじゃない?」

 つまらなそうに美鶴はつぶやいた。

「なんでですか?」

「それで何か変わったとしても仕方ないし。いい変わり方したらラッキーじゃん」

 とてもポジティブなことを言っているはずなのに、まるで遺族にお悔やみを申し上げているようなトーンである。この人は色々と損している、とかえでは思った。


「もし、悪い変わり方をしたら?」

「仕方ない」

「潔い」

 かえでは美鶴のこういうところも好きである。

「あっぱれ」

 そう言ってみつるは、ふっと笑った。美鶴を知らない人からは鼻で笑ったように聞こえるし、自分のことをあっぱれと褒める人も珍しいだろうが、それはともかくとして笑った。


「とりあえず、まず俺がするべきことは」

「彼女が何月何日から来たのか、どのような方法で来たのかを確認」

「ですね」

 そこで美鶴は人差し指をぴんと立てた。

「あとは君の失われた青春を取り戻す」

「ひかり、家に帰ったらもういなくなってたりして」

「それは最悪のやつだね」

 美鶴は立てた人差し指をくねくねと動かす。


「なんだか不安になってきました。自分で言っておいてアレですけど」

「おばか。今日はもう帰りな。気負わないようにね」

「それは、無理かも」

「だよね」

 美鶴はかえでを気遣うような笑みを浮かべた。事情を知っているだけに、かえでをからかうようなことも言わなかった。


「先輩は?」

 リュックを背負いながらかえでが聞く。

「帰る。さむい」

 美鶴はため息をつきながら立ち上がった。

「確認できたら連絡します」

「おけ。鍵はかけて返しとく」

 美鶴はコートを着ると、自分の身長より長いマフラーをぐるぐると首に巻いた。巻いたマフラーによって美鶴の目から下の部分が隠れる。

「おけ。お願いします」


 かえでは美鶴の真似をしてそう言うと、音楽室の扉を開けた。

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