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謎めいた真実


 王宮の大会議室が、これまでにない光景を呈していた。急進派のリーダー、マーカス・レボリューションをはじめとする民衆代表20名と、改革推進委員会のメンバーが同じテーブルに着いている。


「この会議の目的を確認させてください」


 アリアが開会を宣言した。


「急進派の皆さんの要求を聞き、建設的な解決策を見つけることです」


 マーカスが立ち上がった。彼の目には、前回の抗議活動よりも冷静な光が宿っていた。


「王女殿下、我々の要求は明確です。支援制度の大幅拡大、商人階級からの追加拠出、そして保守派の政策決定からの排除」


 オズボーン公爵が眉をひそめた。


「マーカス氏、保守派の排除とは民主的プロセスの否定ではないか?」


「民主的?」マーカスの声に皮肉が込められた。「これまでの政治が民主的だったと言うのですか?貴族が決めたことを民衆が従うだけの政治が?」


 ランカスター伯爵が口を開いた。


「確かに改善の余地はあります。しかし、急激な変化は混乱を招きます」


「混乱を恐れていては、何も変わりません」


 急進派の若い代表、サラ・フリーダムが発言した。彼女は職人の娘で、改革の恩恵を受けられなかった層の代表だった。


「私の父は石工でした。新技術導入で仕事を失い、支援も受けられませんでした。今は路上で物乞いをしています」


 会議室が静まり返った。


「それでも段階的改革を続けるというのですか?父が餓死するまで待てというのですか?」


 アリアは深く考え込んだ。サラの訴えは感情的だが、現実に基づいている。


「サラさん、お父様の状況を詳しく教えてください」


---


 会議の後、アリアは新設された高齢者特別枠の現場を視察した。


「王女様、現状をご報告します」


 制度責任者のジョン・ワークマンが複雑な表情で説明した。


「高齢者向け特別枠により200名の支援が実現しましたが、新たな問題が生じています」


「どのような問題ですか?」


「若年層からの強い反発です。『なぜ高齢者ばかり優遇するのか』『我々にも未来がある』という声が高まっています」


 訓練センターでは、若い職人たちが抗議していた。


「王女様!」


 25歳の大工、ジェームズ・ヤングが声を上げた。


「私たちは支援から外されました。高齢者は経験があるから優遇されるのですか?我々若者には経験を積む機会さえ与えられないのですか?」


 アリアは頭を抱えた。一つの問題を解決すれば、別の問題が生まれる。


「さらに深刻なのは」ワークマンが続けた。「予算の逼迫です。高齢者特別枠により、全体の支援期間が1年から8ヶ月に短縮されました」


「財源の追加調達は?」


「商人ギルドとの再交渉が必要ですが、彼らは『これ以上の負担は不可能』と言っています」


 現実は理想よりもはるかに厳しかった。


---


 同じ頃、ガルディア帝国では深刻な事態が進行していた。


 軍本部の会議室で、セルゲイ・モロゾフ大尉が上層部に緊急報告していた。


「諸君、軍内部の規律が崩壊しつつあります」


 参謀長のヴォルコフ将軍が深刻な表情で聞いていた。


「ボルコフ中尉の反乱に続き、複数の部隊で命令不服従が発生しています。総計80名以上の兵士が、アーテミス王国への軍事行動に反対の意思を示しています」


「原因は?」


「ペトロフ軍曹の影響です。彼の『アーテミス王国に対する疑問』が、若い兵士たちに広がっています」


 セルゲイの左腕の傷跡が、照明の下で痛々しく見えた。


「このまま放置すれば、軍の戦闘能力に深刻な影響を与えます」


 皇帝アウグストゥス・マクシミリアヌスが重い口を開いた。


「セルゲイ大尉、君の提案は?」


「ミハイル・ペトロフとその仲間たちの軍法会議、そして規律回復のための厳罰措置です」


 しかし、ヴォルコフ将軍は慎重だった。


「厳罰により、さらなる反発を招く可能性もあります」


「では、どうしろというのですか?軍の分裂を放置しろと?」


 セルゲイの苛立ちは限界に達していた。


「アーテミス王国の『慈悲』という名の戦術により、我が軍は内部から崩壊しつつあります」


---


 一方、アーテミス王国では秘密外交が進展していた。


 中立商人フランシス・ニュートラルが、重要な情報を持参していた。


「王女殿下、帝国内のミハイル派との接触に成功しました」


「どのような内容でしたか?」


「彼らは和平交渉に非常に前向きです。ミハイル軍曹は『戦争の意味を見失った』と明言しています」


 これは朗報だった。しかし、フランシスの表情は複雑だった。


「ただし、条件があります」


「条件?」


「ミハイル派は、セルゲイ派による弾圧を恐れています。公然と和平を主張すれば、軍法会議にかけられる可能性が高い」


「では、どうすれば?」


「秘密裏に、段階的に進める必要があります。まず、小規模な文化交流や商業協定から始めて、徐々に軍事的緊張を緩和する」


 オズボーン公爵が慎重な意見を述べた。


「王女殿下、この交渉が発覚すれば、国内の急進派が『王女は敵と内通している』と批判するでしょう」


「それに」ランカスター伯爵が続けた。「帝国のセルゲイ派が軍事行動を起こす可能性もあります」


 アリアは深いジレンマに陥っていた。和平への道は見えているが、そこに至る道のりは危険に満ちている。


---


 その夜、アリアが執務室で秘密外交の詳細を検討していると、再び窓から人影が現れた。


 前回と同じ、黒いローブを纏った人物だった。


「お久しぶりです、王女殿下」


「貴方は...テクノス・アルカナの守護者の方ですね」


「はい。前回お約束した通り、再びお会いしに参りました」


 守護者は前回よりも緊急性を帯びた様子だった。


「状況は予想以上に複雑になっています」


「何がですか?」


「サンクトゥス帝国の動きです。彼らはガルディア帝国の内部分裂を好機と見て、軍事行動の準備を進めています」


 アリアは愕然とした。二国間の対立に、第三の勢力が介入しようとしているのだ。


「サンクトゥス帝国の目的は?」


「両国の弱体化です。ガルディア帝国とアーテミス王国が争っている間に、テクノス・アルカナの遺跡を独占しようとしています」


「テクノス・アルカナの遺跡?」


「はい。この大陸には、古代テクノス・アルカナの技術遺跡が複数存在します。その中でも最重要な遺跡が、両国の国境地帯にあります」


 守護者が地図を広げた。


「ここです。『創造の神殿』と呼ばれる遺跡。この遺跡には、現代科学を遥かに超える技術が封印されています」


「どのような技術ですか?」


「物質変換技術、重力制御技術、そして...」守護者が言葉を選んだ。「時空間操作技術です」


 アリアは息を呑んだ。そのような技術が悪用されれば、世界のバランスが崩壊する。


「サンクトゥス帝国は、その技術を軍事利用しようとしているのですか?」


「その通りです。支配者派の一部が帝国と結託し、遺跡の発掘を進めています」


---


 守護者が新たな装置を取り出した。それは前回の共鳴石よりも大きく、複雑な構造をしていた。


「これは『危機予知装置』です。重大な脅威が迫ると光の色と強度で警告します」


 装置は現在、橙色に光っていた。


「橙色は『深刻な危機』を意味します。赤色になれば『致命的危機』です」


「現在の危機レベルは?」


「70%です。このままでは、1ヶ月以内に複数の危機が同時発生します」


 守護者が装置の画面を操作すると、詳細な情報が表示された。


「内政危機:急進派の暴力化、40%の確率」

「外交危機:帝国軍事行動、60%の確率」

「第三国介入:サンクトゥス帝国侵攻、85%の確率」


「85%?」アリアは震え上がった。


「はい。サンクトゥス帝国は既に国境付近に軍を展開しています。表向きは『演習』ですが、実際は侵攻準備です」


「どの程度の規模ですか?」


「精鋭部隊3,000名、魔導戦車50台、飛行船20隻。両国の軍が内部分裂している今が、彼らにとって絶好の機会なのです」


---


「王女殿下、お渡ししたいものがあります」


 守護者が小さな装置を取り出した。それは前回の共鳴石よりも高度な技術で作られていた。


「これは『戦術支援装置』です。敵味方の位置をリアルタイムで表示し、最適な戦術を提案します」


 装置の画面には、王宮周辺の立体的なマップが表示されていた。青い点が味方、赤い点が敵、黄色い点が中立者を示している。


「これがあれば、サンクトゥス帝国の奇襲にも対応できます」


「しかし、なぜこのような技術を私に?」


「王女殿下の政治的判断と人格を評価しているからです。慈悲の統治と現実的な改革、その両方を実践できる指導者は稀です」


 守護者の言葉には、深い敬意が込められていた。


「テクノス・アルカナの技術は、正しい人物の手にあってこそ意味があります」


「しかし、私はまだ多くの問題を解決できていません」


「完璧な指導者など存在しません。重要なのは、学び続け、成長し続けることです」


 この言葉は、アリアがこれまでの経験で学んだことと一致していた。


---


 翌日、アリアは緊急会議を招集した。内政、外交、そして新たな軍事的脅威への対策を検討するためだった。


「状況を整理しましょう」


 アリアが会議を開始した。


「第一に、民衆会議での急進派との交渉が難航。第二に、帝国との秘密和平交渉が進展しているが、発覚のリスクが高い。第三に、サンクトゥス帝国の軍事的脅威が急速に高まっている」


 オズボーン公爵が深刻な表情で尋ねた。


「サンクトゥス帝国の情報源は?」


「信頼できる筋からです」アリアは守護者のことを明かさずに答えた。「彼らは両国の混乱に乗じて、重要な遺跡を狙っています」


「遺跡?」ランカスター伯爵が首をかしげた。


「古代の技術遺跡です。軍事利用されれば、大陸のパワーバランスが崩壊します」


 サマーセット侯爵が提案した。


「では、ガルディア帝国との和平交渉を急ぐべきでは?共通の脅威に対抗するために」


「しかし、急激な方針転換は国内の混乱を招きます」公爵が警告した。


 アリアは戦術支援装置を机の下で確認した。現在の危機レベルは75%に上昇していた。


「段階的に進めます。まず、ガルディア帝国のミハイル派との接触を深化させ、サンクトゥス帝国の脅威を共有します」


「国内の急進派への対応は?」


「民衆会議での合意形成を急ぎます。外敵の脅威を説明し、内部結束の必要性を訴えます」


「それで納得するでしょうか?」伯爵が疑問を呈した。


「納得させなければなりません」アリアの声に決意が込められた。「統治者として、国民を守る責任があります」


---


 その午後、緊急の民衆会議が開催された。アリアは初めて、サンクトゥス帝国の脅威について公表することにした。


「皆さんにお伝えしなければならない重要な情報があります」


 マーカス・レボリューションをはじめとする急進派代表が注意深く聞いていた。


「サンクトゥス帝国が軍事行動を準備しています。我が国とガルディア帝国の混乱に乗じて、侵攻を企図している可能性が高い」


 会議室がざわめいた。


「これは内政問題から目を逸らすための口実ではないか?」


 サラ・フリーダムが鋭い質問を投げかけた。


「そうではありません。具体的な証拠があります」


 アリアは戦術支援装置の一部の情報を示した。


「サンクトゥス軍の配置、演習の規模、そして彼らの真の目的」


 マーカスが立ち上がった。


「仮にそれが事実だとして、我々にどうしろというのですか?」


「内部結束です。改革の要求は理解しています。しかし、外敵の脅威に対しては、一致団結して対処しなければなりません」


「改革を棚上げしろということですか?」


「そうではありません。改革を継続しながら、同時に国防も強化します」


 急進派の間で議論が始まった。外敵の脅威は現実的だが、それが改革の停滞につながることへの懸念もあった。


「王女殿下」マーカスが慎重に口を開いた。「条件があります」


「どのような条件ですか?」


「改革の継続を確約してください。戦争が終わったら、より積極的な改革を実施すると」


 アリアは深く考えた。これは政治的な取引だった。しかし、国の存続のためには必要な妥協かもしれない。


「約束します。外敵の脅威が去った後、改革推進委員会に急進派代表も正式に加え、より包括的な改革を実施します」


 この約束に、急進派の表情が変わった。


---


 夜、フランシス・ニュートラルが緊急の報告を持参した。


「王女殿下、ミハイル派からの重要な連絡です」


「どのような内容ですか?」


「セルゲイ大尉が軍法会議の開催を皇帝に要求しています。ミハイル軍曹と800名の兵士を反逆罪で告発するつもりです」


 これは深刻な事態だった。ミハイル派が弾圧されれば、和平の道は閉ざされる。


「ミハイル軍曹の反応は?」


「彼は覚悟を決めています。『真実を語り続ける』と」


「皇帝の判断は?」


「迷っています。軍の分裂を放置することもできませんが、大規模な弾圧により更なる反発を招く可能性もあります」


 アリアは決断した。


「サンクトゥス帝国の脅威情報を、ミハイル派を通じて皇帝に伝えてください」


「それは危険です。秘密外交の存在が発覚します」


「構いません。共通の脅威に直面している今、隠し事をしている場合ではありません」


 この決断は大きなリスクを伴っていた。しかし、アリアは学んでいた。完璧な選択肢は存在しない。リスクを取ってでも、最善の道を選ばなければならない。


---


 翌日、アリアの決断の結果が明らかになった。


 ガルディア帝国では、サンクトゥス帝国の脅威情報により、皇帝が軍法会議の延期を決定した。ミハイル派の弾圧よりも、外敵への対処が優先されたのだ。


 国内では、急進派が外敵の脅威を理由とした改革の停滞を警戒しつつも、一時的な協力に合意した。民衆会議は「国防協力委員会」として再編され、急進派も正式メンバーとなった。


 しかし、すべてが順調に解決したわけではなかった。


 秘密外交の存在が一部で噂となり、極端な保守派から「王女の売国行為」という批判が上がった。急進派の一部も「外敵の脅威は改革停滞の口実」として疑念を抱いていた。


 そして最も深刻なのは、サンクトゥス帝国の動きが更に活発化していることだった。戦術支援装置は、危機レベルが80%に上昇したことを示していた。


 遺跡「創造の神殿」への侵攻は、もはや時間の問題だった。


 アリアの統治者としての真の試練は、これから始まろうとしていた。内政、外交、軍事、そして古代技術という四つの要素が複雑に絡み合う危機に、慈悲と現実的判断を両立させながら立ち向かわなければならない。


テクノス・アルカナの守護者との協力、ガルディア帝国との和平への道筋、そして急進派との政治的合意。これらすべてが、来るべき決戦において重要な要素となるのだった。


王国の運命、そして大陸全体の未来が、アリア・フォン・アーテミスの肩にかかっていた。


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