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09 炎の令嬢ソバージュ1

「熱いから、フーフーしてください」


「う……うるさいっ!」


 口ではそう言ったものの看守さんは素直にフーフーして食べていた。

 そして、止まらなくなる。


「う……うんまっ!? うまっ! うまっ! うまあっ! こんなうまいもの、初めてだ!」


「まだまだたくさんありますからね、おかわりが欲しかったら……」


「ん!」とからっぽになった皿を、鉄格子ごしに突き出してくる看守さん。


「ん、じゃなくて、『おかわり』と言ってください。ちゃんと言えたら、おかわりをあげます」


「んんんっ……! お……おかわり!」


「よくできました。はい、どうぞ。そのパンといっしょに食べるとおいしいですよ」


「い……いいのか? これは、お前の……」


「お前じゃなくて、どうかフェアリーと呼んでください。そう呼んでくれたら、そのパンはあげます」


「ふぇ……フェアリー……さんっ……」


「はい、よくできました」


 けっきょく看守さんはわたしのパンを食べ、ポトフを10杯もおかわりした。

 もう警戒心はすっかりなくなっていて、食べている最中に訊ねたらいろいろ教えてくれた。


 この塔にいる看守さんはぜんぶで50人ほどで、10歳から18歳までのハリメトリノ(じん)で構成されているという。


 彼らは魔女、つまりわたしが脱走するようなことがあったら身体を張って止めるようにと看守長、つまりバンシーから仰せつかっているという。

 そのために魔導装置(マギア)の即発式爆弾を装備している。


 即発式は発動した瞬間に爆発するので、仕掛けたり投げたりして使うものではない。

 爆弾を抱えたままわたしに突っ込んで、いっしょに爆死しろということだ。


 わたしは魔女じゃないからいいものの、そうじゃなかったら死と隣り合わせの危険な仕事ということになる。

 しかし子供たちは強制されたわけではなく、みんな志願して看守になったらしい。


「ここで魔女……フェアリーさんが死ぬまで勤めあげたら、ハリメトリノに帰れるんです」


 看守さんたちは幼い頃に家族と離ればなれにさせられ、奴隷としてマギアルクスに連れてこられた。

 だから、みんな故郷に帰ることを夢見ているという。


「あ、いや、フェアリーさんに死ねって言ってるわけじゃないんです。昨日までは、死ねって思ってたけど……。いまは、こんなにおいしいものを食べされてくれて、ありがとうって思ってます」


 照れくさそうに頭を掻きながら、ペコッと頭を下げる少年看守。


 その仕草に、胸がツンと痛くなる。

 わたしは幼い頃からまわりから虐げられて、世界でいちばん不幸な女の子なんじゃないかと思っていた。

 でもこの子たちに比べたら、ずっと幸せだったのかもしれない。


 だって、両親からも妹からもメチャクチャいじめられはしたものの、わたしは家族といっしょにいられたんだから。

 家族と離ればなれになって暮らすなんて、その何倍も辛いことだと思う。


 この子たちに、なにかしてあげられることはないかな……。

 わたしが死ぬ以外のことで……。あ、そうだ。


「よかったら、これからもごはんを食べにきて。他の看守さんもいっしょに」


 と声を掛けてから1日も経たず、わたしの牢屋の前は大勢の看守さんたちでいっぱいになった。

 わたしが魔女だと警戒していてもポトフの匂いには勝てなかったようで、けっきょく看守のリーダー格の子も陥落する。


 それからわたしは毎食50人ぶんもの料理を作ることになったんだけど、みんな食べ盛りで大変だった。

 でも、みんなおいしいおいしいって言って食べてくれるのと、痩せていた子たちがすくすくと健康的な身体つきに育っていくので、とてもやり甲斐があった。


 そして、看守さんたちはみんなわたしのことを慕ってくれるようになった。

 これは、テガミバトたちを飼い慣らした時と同じくらいの成果をわたしにもたらす。


 テガミバトをはじめとする鳥たちが採ってくるものの中には、珍しい花や薬草があった。

 わたしには使い途がなかったそれを、看守さんたちに頼んで街で売ってもらえるようになったんだ。


 そしてそのお金で、いろんなものを買ってきてもらえるようになった。

 もちろん、バンシーや他の人にはナイショで。


 わたしがまず頼んだのは、裁縫セットとおおきな白い布。

 トワネット家にいた頃は繕いものもやらされていたので、針仕事ならお手のもの。


 白いワンピースをこしらえて、やっとボロ布みたいな服を脱ぐことができた。

 そしてテガミバトたちの抜けた羽が大量にあったので、布団も作る。


 テガミバトはタンポポの綿毛みたいにふわふわモコモコなので、その羽毛を詰めた布団は身体が埋まるくらいふっかふかで暖かかった。

 わたしの部屋は鉄格子があることを除いて、とても囚人とは思えないほどの豊かな暮らしになる。


 塔の一室という狭い世界だったけど、わたしはとても幸せだった。


「ああ、この時がずっと続けばいいのに」


 しかし幸せというのは、気づくと脆く崩れやすいもの。

 その日の夕方には、さっそく壊そうとする人物が現われた。


「覚悟しろ、魔女め!」


 それは、身なりからして貴族の女の子のようだった。歳はわたしより少し下くらい。


 この塔は監獄なので、本来であれば外部の人間は許可なく入ってくることはできない。

 でもいまは夕食時で、看守さんがみんなわたしの牢屋の前に集まっていたせいで階下はもぬけのカラになっていた。


 女の子はわたしの前に現われるなり、真っ赤な三つ編みを逆立たせながら魔法の杖を向けてきた。

 杖の先端に付いた真っ赤なルビーが、燃えるように輝く。


「あなたが……あなたさえいなければ! エアストル様さえご健在なら、こんなことにはならなかったのに!」


 杖先からゴッ、と噴き上がる炎。

 食事時の和やかなムードはすっかりブチ壊され、看守さんたちはみんな「ひいっ!?」と廊下の隅に逃げ込み、身体を寄せあって震えていた。


「すべてを、元通りにする! あなたを殺して!」


「なにがあったか知りませんが、わたしを殺してもなにも変わりませんよ。だって、わたしは魔女ではありませんから」


「見え透いたウソを! そうやって、私の心を惑わそうとしても無駄よ!」


 鉄格子ごしに放たれた火炎放射が洪水のごとく押し寄せる。しかしわたしの目の前でふたつに割れ、両腕スレスレをすり抜けていく。

 直撃させなかったのは、威嚇のつもりだろう。

 しかしその子は自分でやっておきながら、目を疑うような表情になっていた。


「この業火を見ても顔色ひとつ変えないなんて……!? やっぱりお前は魔女なんだな!」


 怖がったりなんかしたら両親から叩かれてきたから、人前ではどんなに恐ろしい目に遭わされても顔に出なくなった。

 でも内心はガクブルだ。逃げ出したいけど、この牢獄内ではどこに逃げてもあの業火はわたしを黒コゲにするだろう。

 この窮地をなんとかするためには、対話するしかなさそうだ。


「わたしを殺すのであれば、動機をもうちょっと詳しく教えてもらえませんか?」


「動機だと?」


「はい。丸焼きにされる鳥でも、言葉が話せたらそのくらいの要求はすると思うのですが」


 すると、火勢が弱まっていく。どうやら話せばわかってくれる子のようだ。

 彼女は警戒の色はそのままで、ぽつぽつと語りはじめた。


「私の名前はソバージュ。ソバージュ・アン・フェルレイム」


「フェルレイム家といえば、エアストル派の……」


 王宮はいま、第一王子を筆頭とする『エアストル派』と、第二王子を筆頭とする『ジャクヒン派』に大別されている。


 これまではエアストル派が圧倒的に有利だったんだけど、例の暗殺事件で状況が一変。

 ジャクヒン様がバンシーとの婚約を発表したことで、次期国王はジャクヒン様が有力となった。


 それぞれの派閥は、このマギアルクスを大きく分ける主張を展開している。


 エアストル様は革新派で、奴隷政策の廃止を訴えていた。

 奴隷たちを解放し、ハリメトリノを属国から同盟国に格上げしようとしている。

 それが実行に移された場合、マギアルクスの各地で抗戦がなされるだろう。


 対するジャクヒン様は保守派で、奴隷政策をさらに推し進めようとしていた。

 ハリメトリノを地図から消し、国民すべてを奴隷化しようとしている。

 それが実行に移された場合、ハリメトリノの各地で抗戦がなされるだろう。


 どちらにしろ、小規模な戦争は避けられないはず。


 なおこの奴隷問題は善と悪の戦いというわけではなくて、ようは利権の戦いだ。

 奴隷たちによって既得利益を得ている者たちと、奴隷たちを解放して新しい既得利益を作ろうとしている者たちの争いにすぎない。


 そして最近のバンシーは、エアストル派の令嬢の攻撃に余念がないという。

 たぶん派閥での存在感を高め、先の昼食での汚名を返上しようとしているのだろう。


 ソバージュさんは涙ぐんでいた。


「バンシー様は私のことを『ソバカスオバケ』ってイジメるの……! 取り巻きは陰でクスクス笑って言いふらすし、おかげで仲の良かった令嬢の方々も、オバケを見るみたいに避けるようになって……!」


 ソバージュさんの顔にはソバカスがいっぱいあった。たしかに人よりちょっと多いけど、オバケというほどではない。

 彼女は話しているうちに屈辱が蘇ってきたのか、涙を振り払うようにして杖をまたわたしに向ける。


「そのウワサが広まって、婚約解消になったんだ! 『オバケとは結婚できない』って! これもなにもかも、お前のせいだ! エアストル様がご健在なら、こんなことにはならなかったのに!」


 彼女はわたしを殺せばエアストル様の呪いが解けて回復し、派閥の勢力もふたたび逆転、イジメが無くなると思っているようだ。


「なるほど、動機はわかりました。でもエアストル様がご健在でも、バンシーはあなたをイジメたと思いますよ。彼女は、そういう(ひと)ですから」


 バンシーは気に入らない相手にひとつでも身体的な特徴があったら、それをあげつらって攻撃し、最後には人格まで否定する。

 それこそ、相手が再起不能になるくらいまで徹底的に。

 しかし取り乱したソバージュさんには、わたしの言葉はもう届かなかった。


「う……うるさいうるさいうるさいっ! あなたを殺せば、すべてが元通りになるのよ! あなたが死んだあとの魔女の魂は、私が受け入れる! 私は、魔女なんかにはならない!」


 激昂とともに杖を振りかぶるソバージュさん。

 赤竜の尾のような炎が渦巻き、わたしはいよいよ最後の時を覚悟する。

 骨も残さぬほどの灼熱が放たれようとした、その時、


「や……やめろーーーーっ!!!!」


 それまで隅っこにいた看守さんたちが、いきなりわたしとソバージュさんの間に割って入った。


「フェアリーさんには指一本触れさせない! 俺たちが相手だ!」

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