07 バンシーの悪だくみ2
そのまさかだった。
メイクを直したバンシーは料理人のひとりを呼び出して金貨袋を渡し、今日のマグラス様の昼食に毒を盛るように命じる。
料理人は当然のように拒否していた。
それはそうだ。毒を盛ったことがわかれば、真っ先に疑われるのは作った人なんだから。
『心配には及びませんわ。この毒は遅効性で、死ぬのはひと月後ですから。それに、あたくしが作ったことにすればよいでしょう?』
『そ……それでも無理です! カトラリーにはミスリ銀が使われていますから、すぐにバレてしまいます!』
そうだ、そうだった。
ミスリ銀というのは、いつまでもまばゆい銀色が失われないので貴族に人気なんだけど、毒に対して変色するという特性もあるんだった。
ならバンシーの毒殺計画も潰えるだろうと安心しかけたけど、バンシーの悪知恵はわたしの上をいく。
なんと彼女はミスリ銀に見せかけた、毒に反応しないカトラリーをすでに用意していて、料理人にすり替えを命じていたんだ。
それでも料理人は嫌がっていたけど、王妃になった暁には料理長に取り立ててやるという追加条件を出して、バンシーは抱き込みに成功する。
まずい、このままじゃ本当にマグラス様が毒殺されちゃう。なんとかしなきゃ。
でもこのことを看守さんに知らせたところで、マグラス様にまで伝わるかわからない。
魔女の言うことだからと相手にされないかもしれないし、下手をすると先にバンシーに知られてしまうかもしれない。
しかもそのうえでマグラス様が毒殺された場合、わたしへの疑惑はさらに強くなってしまうだろう。
なら直接マグラス様に、できればこっそり伝えるしかない。
でも囚われの身で、そんなことできるわけがない。
うぅん、どうしたらいいんだろう……?
ベランダの欄干にヒジをついて頭を抱えるわたし。
そこに外に遊びにいっていたテガミバトたちが戻ってきて、わたしの頭や肩の上に乗ってスリスリしてくれた。
「励ましてくれるの? ありがとう……。あっ、そうだ」
彼らのおかげでいいことを思いついた。
わたしは部屋の中に飛び込むと、前の住人が残してくれたペンと紙を使って手紙をしたためる。
『マグラス様、バンシーがあなた様を毒殺しようとしています。今日の昼食はお召し上がりにならないでください』
書き上がった手紙を細長くなるように折りたたみ、テガミバトの足に結びつける。
そして頭を撫でながら、しっかりと言い聞かせた。
「お願い。この手紙をマグラス様に届けて」
すると「クルルッ」と返事が返ってきて、テガミバトはベランダから飛び立っていく。
まさかと思いつつも目で後を追ってみると、テガミバトは迷うことなく直滑降し、大宮殿のマグラス様の執務室まで飛んでいく。
その後ろ姿はベテランの配達員さんのようで、なんだか頼もしかった。
「すご……人間の顔と名前がわかるんだ……」
そういえば聞いたことがある。テガミバトはいろんなところに飛んでいって、羽休めをしているときに人間を観察、仲間とクルクル話し合って情報交換してるって。
テガミバトは窓枠に止まると、くちばしでコンコンとノック。
マグラス様が気づいて窓を開けると、テガミバトははばたいて書斎机の上に着地、「お手紙ですよ」と言わんばかりに片足を上げていた。
『いまどきテガミバトを使って手紙をよこすなんて、珍しい……』
マグラス様は不審そうにしながらもわたしが書いた手紙を受け取って開いてくれる。
ダメ元の作戦だったんだけど、まさかこんなにうまくいくとは思わなかった。
しかしマグラス様は手紙を一瞥しただけで、炎の魔法を使って燃やしてしまう。
開けっぱなしの窓際に出で、手に残った灰をパンパンとはたいて捨てていた。
さらにマグラス様はテガミバトを抱いて外に放ったあと、何事もなかったかのように執務に戻る。
その顔には、毒殺を告げられた動揺はまったく感じられない。
「もしかして……イタズラだと思ったのかな……?」
しかしそれを確かめる術はない。それに、もうすぐお昼だ。
残されたわずかな時間でわたしにできることといえば、ひと仕事終えて戻ってきたテガミバトをいつもよりたくさんナデナデしてあげることくらいだろう。
わたしは戻ってきたテガミバトを胸に抱き、そのままベランダから離れずに行く末を見守る。
正午を告げる鐘が鳴り渡り、王族用の食堂にはジャクヒン様、マグラス様、そしてバンシーが揃っていた。
『朝はたいへんお見苦しいところをお見せいたしましたわ。実をいいますとあたくしは朝が苦手で、本来の力がうまく発揮できておりませんでしたの。かわりにあたくしが作った昼食をご披露いたしますわ』
『おお、うまそうだ! バンシーは見た目だけでなく、作る料理も美しいとは! 私の妃にぴったりの完璧な女ではないか!』
『そう、あたくしは完璧な女なのですわ! ささ、冷めないうちに召し上がれ!』
ジャクヒン様にほめられて、バンシーはすっかり上機嫌。
しかしマグラス様は眉ひとつ動かさず、背後に控えていたメイドさんに合図を送る。
そのメイドさんはテーブルナプキンに包まれたカトラリー一式を持ってきて、マグラス様のテーブルにあったものと取り替えていた。
『最近はいろいろ物騒ですからね。使う食器にも気をつけないと』
やった。わたしは心の中でガッツポーズしていた。
いまマグラス様のテーブルにあるのはバンシーが用意した、毒に反応しないカトラリーのはず。
それをミスリ銀のものに取り替えたら、毒が検出される。
よかった。マグラス様はわたしの手紙を信じて、対策を用意してくれてたんだ。
これでバンシーはいっきにピンチに陥る。
自分が作ったという料理に毒が盛られていることがバレたら真っ先に疑われるから、さぞや慌てて……。
と思っていたんだけど、バンシーは微笑んでいた。
『さすがお義母様ですわ。そこまで用心されていたら、魔女も手も足も出ませんわね。お義母様にはぜひ、長生きしていただかないと』
えっ、なんで……? なんで、そんなに余裕が……?
カトラリーを入れ替えて引っ込んだメイドさんをよく見てみると、肩が強ばっていた。
まさか、あの人も買収済み?
マグラス様の行動を予想して、さらにその上をいく仕掛けをしておくなんて、なんて悪知恵なの。
って、感心してる場合じゃない。なんとかしなきゃ。
でも、どうすればいいんだろう。
いまから手紙を送る? ダメだ、いまから文章を書いてたんじゃとても間に合いそうもない。
ここから叫んで知らせる? ダメだ、800メートルも先にわたしの声が届くはずがない。
わたしは頭を掻きむしり、頭脳をフル回転させる。
自分のピンチのときでも、こんなには悩まないってくらいに考えた。
だって、マグラス様には生きていてほしいから。
マグラス様は厳しいお方だけど、鉄仮面みたいなわたしのことも公平に扱ってくれて、認めてくれた。
それに国王が亡くなってエアストル様も危篤状態のなか、マグラス様までいなくなったら、ジャクヒン王子とバンシーはもう誰も止められなくなるだろう。
不意に、甲高い音が響きわたる。それはわたしにとっての天啓でもあった。
「そ……そうだ、アレだ!」
わたしは一目散に部屋に飛び込む。テーブルのうえにあったソレはテガミバトのイタズラで蹴り落とされていて床に転がっていた。
ソレをまとめてわし掴みにしてベランダに戻り、近くにいたテガミバトのあしゆびに握らせる。
「お願い、これを大至急でマグラス様に届けて」
「クルルッ!」と鳴き返したテガミバトを持ちあげて、わたしは大きく振りかぶる。
「うおおおおおおーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!!」
ぶおんっ! と投げ放ったテガミバトは白き光線のような速さで、大宮殿の食堂の窓にまっすぐに飛んでいく。
そのまま窓をブチ破り、中にいる人たちを仰天させていた。