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03 なんとかしなきゃ!

 朝食として投げ込まれるパンを、テガミバトたちにあげるのがわたしの新しい日課となっていた。

 彼らはいつも手すりにきちんと一列に並んで、わたしが出てくるのをいまかいまかと待っている。


 なのに今日にかぎって、ベランダには一羽もいなかった。


「あれ、だれもいない……? どうしちゃったんだろう……?」


 ベランダは塔をぐるっと囲むように作られている。

 わたしはあたりを一周してテガミバトの姿を探した。


 そして、見つける。

 床に羽根を広げたまま、倒れているテガミバトを。


「どうしたの? しっかりして」


 わたしは駆け寄り、テガミバトを抱え上げた。

 しかしその身体は冷たく、ピクリとも動かない。


 ふつうのハトの目は赤いけど、テガミバトの目は青い。

 つぶらな宝石のようなようだったそれは見る影もなく、開ききった目は石炭のようだった。


「これは……呪術……?」


 呪術に掛かって死んだ生き物は、眼球全体が黒く変色する。


「いったい、誰がこんなことを……?」


 遥か下から声がしたので手すりから身を乗り出して覗きこんでみると、中庭では多くのテガミバトの死体が山となって積み上げられていた。


「ひ……ひどい……。誰がこんなことを……」


 わたしは思わず泣き崩れそうになる。

 でも、できなかった。


 わたしよりもずっと悲痛な声がしたからだ。

 塔の壁にはテガミバトの巣があって、その巣に残された雛たちが鳴いていた。


「そっか、親鳥がみんな死んじゃったから、ごはんをもらってないんだ……。このままじゃ、あの子たちも死んじゃう……」


 なんとかしなきゃと焦るあまり、わたしは自分でも信じられない行動に出てしまった。



 ◆  ◇  ◆  ◇  ◆



 フェアリーが一世一代の決断をしていたその頃。


 塔から数キロ離れた城下町の広場では、売り出されたばかりの朝刊を手にした人々がいた。

 新聞の見出しにはおどろおどろしい文字が躍り、誰もが怒りと恐怖に震えている。


『テガミバト大量虐殺! 王国魔法院は、犯人は雨の魔女だと断定!』


「ここのところ街でテガミバトの姿を見なくなったなと思ってたけど、まさか魔女のしわざだったなんて!」


「囚われていてもハトを殺せるなんて、なんて恐ろしいんでしょう!」


「あの笑顔に騙されるところだった! やっぱり雨の魔女は邪悪だったんだ!」


 フェアリーへの不信感が再燃する中、不意にファンファーレのような音が降ってくる。


「なんだ、この音は?」


「あっ! この音は、黒点の塔の処刑台が作動した音だ!」


「なに!? ってことは、ついにあの魔女が自殺を……!?」


「こうしちゃいられない! 魔女が死にゆくところをこの目で見ないと!」


 最近は人々のあいだで遠眼鏡を持ち歩くのがトレンドになっていた。魔女の動向が気になるあまり新聞の情報だけでは足りなくなり、誰もが生の魔女を見たがったからである。

 ファンファーレが鳴り響くと、近隣の老若男女は仕事も家事も遊びもなにもかもすべてほっぽり出し、黒点の塔に向かって遠眼鏡を向けていた。


 そのとき、誰もが想像していた。絞首台に自らの手でかかり、もがき苦しむ魔女の姿を。

 しかし想像を遥かに凌駕する光景が視界に飛び込んできて、彼らの目はレンズを突き破らんばかりに飛びだしていた。


「えっ……ええええっ!? な、なんだ!? なんなんだ、アレはっ!?」


 そこにあったのは、なんと……!


「うおおおおおおーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!!」


 雄叫びとともに、塔のまわりを縦横無尽に飛び回るフェアリーの姿。


 絞首台のロープにぶらさがり、回転しながらスイングしている。

 その姿はさながらジャングルの王者。否、『ジャングルの王女』と呼ぶにふさわしい勇猛さであった。


「な……なにをしてるんだ、あの魔女は!?」


 よく見ると、フェアリーは塔の壁面に手を伸ばし、テガミバトの巣から雛を取り上げていた。

 手にした雛を、抱っこひものように結んだボロ布のなかにそっと入れている。


「ひ……雛を……さらってる……!?」


「いや……助けてるんだわ!」


「そんなバカな!? テガミバトをあれだけ殺しておいて、雛を助けるなんて……!」


「騙されるな! きっと、雛を儀式の生贄にしようとしてるんだ!」


「でも、魔女だったら雛くらい魔法で簡単に獲れるんじゃない!? なんで、あんなに身体を張ってるの!?」


「い……いったい、なにがどうなってるんだ……!?」



 ◆  ◇  ◆  ◇  ◆



 わたしのとった行動が、人々を混乱に陥れているなんて知らなかった。

 もうそれどころじゃなくて、雛鳥をすべて救出し終えたわたしは命からがら絞首台のロープから這い上がる。


 部屋に戻り、布団がわりのボロ布をほどいて床に寝かせた。

 これでひとまず大丈夫、と思った途端に恐怖が押し寄せてきて、どっと汗が吹き出してへなへなとへたりこんでしまう。


「ああ、怖かったぁ……。助けたい一心とはいえ、なんてムチャなことを……。命綱もなしであんなことをするなんて、自分でも信じられない……」


 落ちたら死んじゃうところだった……。


 しかしわたしには無事だったことを噛みしめ、ムチャを反省するヒマなどなかった。

 たくさんの雛鳥たちがわたしを見て、ピーピーと鳴いていたからだ。


「そうだ、この子たちのごはんをなんとかしなきゃ」


 わたしは朝食として投げ込まれたパンを床から拾いあげると、テーブルに置きっぱなしだった皿の中に入れる。

 その皿に水瓶の水を注ぎ、ふやかしながらスプーンで潰した。


「このパン粥なら、雛鳥でも食べられるよね?」


 試しにあげてみたらたしかに食べてくれたんだけど、いまいち食いつきが良くない。

 パンだけじゃおいしくないのかな? それに、栄養も足りてなさそうだ。


「でも……どうしたらいいんだろう?」


 看守さんに頼んでテガミバト用のごはんをもらう……?

 でも、聞き入れてもらえるとは思えない……。


 悩んでいると、ふと視界の隅を小さくて黒いものがよぎる。

 わたしはとっさに手をふりかざし、それがいる床をバシンと叩いた。


 手のひらに枯葉を潰したようなパリッとした感触と、生き物を潰したクチャッとした感触がうまれる。

 わたしは手のひらに貼り付いているものを見ないようにしながら、それを木の皿に落とした。


 そしてスプーンの背で細かく潰してパン粥によく混ぜ込んだあと、雛鳥に与えてみる。

 すると、『雛まっしぐら』という形容がピッタリくるほどの、驚きの食いつきを見せてくれた。


 なんだか嬉しくなって、手のひらの気持ち悪さなんてどこかにすっ飛んだ。


「やっぱり、こっちのほうがおいしいんだ。栄養もありそうだし、そしてなにより黒い虫ならここならたくさんいるから、ちょうどいいかも」


 それからわたしの子育て生活が始まった。

 虫をブレンドしたパン粥を雛鳥たちに与える。


 雛たちを数えてみたらぜんぶで100羽くらいいて大変だったけど、わたしの部屋は一気に賑やかになった。

 虫入りのパン粥は予想以上に栄養があったようで、雛鳥たちもすくすく育っていく。


 10日を過ぎる頃にはちっちゃいながらも羽根が生えてきて、部屋のなかを飛び回るようになる。

 そこからはもう世話もほとんど必要なくなり、雛鳥たちは室内の虫を捕まえて食べるようになった。


 さらに10日後、思いも寄らぬことが起こる。

 立派に育ったテガミバトたちが、塔の外へと飛び立っていったんだ。


 わたしは「これが巣立ちか……」と少し寂しい気持ちになりながらも、笑顔でみんなを見送る。

 しかしその日の夕方には、みんな普通にわたしのところに戻ってきた。


 そのくちばしやあしゆびに、果物や木の実をたくさん持って。

 みんなわたしの前にポトリと置いて、つぶらな瞳で見上げてくる。


「えっ? これ、くれるの?」


 テガミバトたちは、そうだといわんばかりに翼を広げ「クルルル!」と合唱。


 それで思いだした。

 テガミバトというのは使役動物で、魔導装置(マギア)が発展するまでは手紙などの運搬手段として普通に使われていた。

 とても頭が良く、人間の言葉もある程度理解できて、買い物とかもできるらしい。


 テガミバトたちはわたしがパンだけ食べているのを見かねて、栄養があるものを採ってきてくれたんだ。


「あ……ありがとう」


 おかげでわたしの食生活はいっきに豊かになる。

 トワネット家にいた頃よりも、ずっといいものを食べられるようになった。


 しかも食べたいものをリクエストすると、テガミバトはそれを採ってきてくれることにも気づく。

 完全に言葉が通じるとわかったわたしは、フンはトイレでするように躾けをした。


 テガミバトたちと家族同然に暮すようになったことで、わたしはテガミバトの生態に詳しくなる。

 さらに、たまにケガして帰ってきた子の治療や看病をしているうちに、身体のつくりや病気にも詳しくなっていった。

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