02 はじめての自由
「投獄されるのに顔色ひとつ変えないなんて、『雨の魔女』はウワサ以上に不気味だな!」
わたしを投獄したのは、まだ幼さの残る奴隷の子供たち。
マギアルクス王国は古くから奴隷制があり、その多くは隣の属国、『ハリメトリノ王国』からさらわれてきた者たちである。
魔女のそばにいると呪われるという常識があるので、わたしの看守はおもに奴隷たちがやることになっていた。
「カギを閉めたか? なら、さっさと離れよう! コイツのそばに長くいると、ヤバいぞ!」
石の床に倒れ伏したわたしめがけて昼食がわりの干からびたパンを投げつけたあと、小さな看守さんたちはそそくさと階段を降りていく。
凶悪犯には常時の見張りが付きものだけど、魔女の常識のおかげか、わたしを監視する者はいないようだ。
遠ざかっていく足音が完全に消え去ってから、わたしはゆっくりと身体を起こした。
ここは、『黒点の塔』の最上階にある牢獄。
室内は飾り気のない石造りだけど、20メートル四方くらいあってかなり広い。
部屋の真ん中には小さなテーブルがあり、上には木製の皿とスプーン。
その先にはベランダへと繋がる開口部があり、切り取られたみたいな青空が見える。
片隅に目をやると、布団がわりのボロ布。仕切りすらない簡素なトイレと水瓶、壁に設えられた姿見があった。
鏡の前に立ってみると、乱れた髪に貫頭衣一枚のわたしの姿が映る。
雨に打たれている最中みたいなその顔。
くたびれていて、負のオーラが満載。見ていると自分自身ですら気が滅入りそうになる。
捕まって新聞に取り上げられてから、一瞬にして『雨の魔女』なんてアダ名が世間に広まったのもよくわかるほどに。
でもその、この世の終わりみたいな見た目とは裏腹に、内心は不思議な安らぎを感じていた。
「やっと……ひとりに……なれた……」
判決と同時にわたしは婚約破棄され、トワネット家からも追放された。
しかしそれはわたしにとっては解放、あの毒のような両親と妹からついに離れられたのだ。
あの狭くてホコリっぽい物置に比べると、この牢獄はまるで天国みたい。
いつになく気持ちが昂ぶって、スキップでベランダへと出てみる。
いまの心の中みたいな澄み切った空が、わたしを迎えてくれた。
この塔は宮殿の中庭、おおきな湖の真ん中にある小島に建っている。
西側のほとりには、半月状の形をした『大宮殿』と呼ばれる建物が湖を囲むようにしてある。反対の東側のほとりには、それより小さな半月状の『小宮殿』という建物がある。
大宮殿は『賢老院』と『貴族院』の者たち、ようするに王族と上級貴族の住まい。
小宮殿は『庶民院』という、下級貴族たちの住まいとなっている。
小宮殿の向こうには城下町が広がっていて、ベランダからだと王都全体が見渡せた。
この塔は国いちばんの高さがあるんだけど、それは投獄された罪人のみじめな姿をまわりに見せるためらしい。
そしてベランダには絞首用の梁があり、その先では真新しいロープが輪になって揺れていた。
「これで、自殺しろってことね……」
魔女は老衰か自殺でのみ、その悪しき魂を滅ぼせるという。
この絞首台は魔導装置の一種で、重さがかかると音楽とともにゆっくりと回転するらしい。
ここで首を吊った者は、そのあわれな姿が国じゅうに、見世物のようにいつまでも晒されるという。
楽しみにしているみんなには悪いけど、わたしはそうなるつもりは毛頭ない。
やっと、自由になれたんだから。
この国では平和の象徴とされているハトたちがベランダの欄干にたくさん止まっていて、仲良く毛繕いをしていた。
白くてムクムクの身体をしているので、『テガミバト』だろう。
「こんにちは、テガミバトさん」
近寄って挨拶してみる。
するとテガミバトたちは逃げたりせず、差しだした手、頭や肩にぴょんと飛び乗ってくれた。
わたしは人間には嫌われてきたけど、動物にはわりと好かれるほうだ。
そしてわたしも動物が好きなので、自然と顔がほころんだ。
「かわいい……。あ、そうだ、いいものがあったんだ」
わたしはお近づきの印にと思い、部屋に落ちていたパンを拾ってベランダに舞い戻る。
するとテガミバトたちがいっせいにやってきて、わたしがあげるパンをついばみだした。
「うふふ、おいしい? みんな、これからよろしくね」
このとき、わたしは知らなかった。
まだ死んでないというのに、すでに国じゅうの注目を集めていたことを。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
フェアリーが王子暗殺の容疑で捕まった際、バンシーは金の力にものをいわせて記者たちを買収。
世論がフェアリーを批判するように、新聞の一面で悪く書き立てさせた。
『雨の魔女、容疑を否認! しかし邪悪なるその顔は、罪を隠しきれず!』
とある新聞でフェアリーのことを『雨の魔女』と呼んだことがキッカケで、その名が世間に広まる。
バンシーは、フェアリーが持っているものをなんでも欲しがった。
幼少の頃、フェアリーが端切れの布で作った人形。それはバンシーにとってはゴミ同然であったが、フェアリーが持っているからという理由で、泣いてダダをこねてもぎ取ったことがある。
フェアリーが二つ名を得たことが面白くないバンシーは、また記者たちに金をばらまいて、自分のことを『太陽の王女』と呼ばせた。
まだ、婚約者の身であるにもかかわらず……。
『太陽の王女バンシー様、ジャクヒン様とアツアツのツーショット!』
バンシーは傲慢でワガママであったが、ゴージャスな見目と自信たっぷりのその振る舞いから、下々の者のことなど気にせずに我が物顔で照りつける太陽のようだと人気を博す。
その追い風もあって、新聞はこぞってバンシーを一面で取り上げていたが、片隅に小さく取り上げられた記事によって情勢は変わっていく。
『雨の魔女、ついに投獄! 判決後、初めて人前にその姿を現わす!』
それは、他ならぬフェアリーの姿。
魔導装置の一種である望遠つきの『真写装置』で撮影されたもので、ベランダでテガミバトとはじめての挨拶を交わしているところだった。
人々は、その無垢なる姿に見とれる。
「き……きれいだ……!」
「雨の魔女って、鉄仮面みたいな顔だと思ってたのに……!」
「なんて、素敵な笑顔なんだ……!」
そう。フェアリーは両親からの虐待で、感情を失っていた。
しかしそれは相手が人間の場合だけで、大好きな動物の前では素を出せるのだ。
青空をバックに白いハトたちとたわむれるフェアリー。
メイクもせずドレスも着ていないというのに、その自然な美しさと滲み出るようなやさしい表情は、人々を魅了する。
フェアリーが評判になったことで、記者たちは取材対象をバンシーからフェアリーに変更。
紙面を占める割合がじょじょに逆転していって、ついにはフェアリーが一面に躍り出て、バンシーの扱いは文章だけになった。
しばらくは自分の独壇場であろうと、新聞を見ていなかったバンシー。
久々に目を通してみたのだが、その目は新聞を突き破らんばかりに飛びだしていた。
「ええええっ!? なっ、なんで!? なんでですの!? なんであの女がトップ扱いなんですの!?」
バンシーは新聞を真っ二つに引き裂いて吠え狂った。
「うがあぁぁっ、ハードラック! あの女は、なにひとつ持たずにのたれ死ぬ運命なのですわ! なぜならば、あたくしがそう決めたのですから!」
立ち上がったバンシーは、やがて家臣となる者たちに、ありったけのテガミバトを捕まえるように命令。
宮殿のベランダの下に多くの記者を集め、ハトと遊ぶ姿を取材させようとしていた。
「これで……あたくしがトップに返り咲くのは、間違いありませんわ……!」
しかし解き放たれたテガミバトはバンシーに襲いかかる。
まるで、彼女がこれまでフェアリーにしてきたことを償わせるかのように。
テガミバトの群れは白い炎のように容赦なく、バンシーをついばみ引っ掻いた。
「ぎゃああああっ!? なにをしやがるんですの、このクソ鳩どもっ! いっ、いたいいたい! やめろっ! やめやがれですわぁぁぁぁーーーーっ!?」
血まみれとなったその顔は、生きたまま焼かれる魔女のように恐ろしい。
しかもその様が新聞の一面で大きく報じられたことで、国じゅうの民衆がドン引してしまう。
下界でそんなことが起こっていることも知らず、フェアリーは今日も朝からベランダに出ていた。




