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12 明かされた真実

 『王妃の美容液』は発売中止となったのだが、タッチの差で一部の者たちに渡っていた。

 バンシーは美容液を最高級品として強気の価格設定をしていたので、小金持ちつまり庶民院にいるジャクヒン派の令嬢たちにまで被害が及んでしまう。


『さらに被害が拡大! 太陽の王女バンシー様の美容液、庶民院まで焼き尽くす!』


 新聞はこぞってこの不祥事を書き立てたが、一部の新聞は魔女、つまりフェアリーの仕業だと断じる。

 バンシーが病床でうなされながらも、お抱えの記者に命じていたからだ。


『真相解明! 王妃の美容液は、魔女の美容液だった!』


 しかしここで、ある人物が立ち上がる。

 フェアリーが事実無実であると誰よりも知っているソバージュであった。


 まずソバージュは、生産を中止した『王妃の美容液』の工場を安く買い叩き、居抜きで真の美容液の生産を開始する。

 その名も『聖女の美容液』。パッケージには聖女の姿をしたフェアリーの肖像画が使われた。


 折しも城下町は、フェアリーブームが訪れつつあった。


 かつて、フェアリーが絞首台のロープを駆使して雛鳥を救ったことがキッカケである。

 さらに毎朝、白いワンピースと白い美肌でテガミバトたちと戯れるその姿は、多くの人々を魅了していた。


 それらが起爆剤として積み重なっている状態で、火種の美容液が発売される。

 効果は言うまでもなく絶大で、城下町の女性の間で大好評となった。


 かくして、人々の思いが爆発。ついに、フェアリーは聖女ではないかという主張がなされるようになったのだ。


「フェアリー様は、魔女ではない! 何者かが、濡れ衣を着せたんだ!」


「裁判ではずっと、フェアリー様は魔女ではないと訴えていた! でも、陪審員たちは聞く耳を持たなかった!」


「不正だ! 不正な裁判だ! 再審しろーっ!」


 街では人々が抗議の声をあげる光景が見られるようになった。


 この時代、王族や上流貴族たちが陪審員となっている裁判は絶対とされている。

 その判決に異を唱えるのは天に唾を吐くような行為で、あっという間に衛兵に捕まるのだが……。


 この時ばかりは、衛兵も見て見ぬフリをした。

 エアストル派の貴族たちの差し金である。


 エアストル派の中ではすでにフェアリー支持者が多数おり、またこのスキャンダルを拡大させることによってバンシーの失墜も狙っていたのだ。

 折しも、前国王の王妃であるマグラスも事件の再調査を命じていたので、目に見えぬ大きな忖度も働いていた。


 フェアリーを中心として、大きなうねりが巻き起ころうとしている。

 しかし当の彼女はなにも知らない。鳥たちと戯れ、少年たちとおいしいごはんを食べ、幸せな時間を過ごしていた。



 ◆  ◇  ◆  ◇  ◆



 この日々が、ずっと続けばいいと思う。

 でもそれは叶わぬ願いだということもわかっていた。


 バンシーがこの牢屋をふたたび訪れたとき、わたしの平穏は終わる……。


 それは突然やってきた。ある朝、階段を登る足音が近づいてきたんだ。

 いまこの塔を訪れる人間は、バンシー以外にはいない。


 部屋の真ん中で、わたしはみんなと身を寄せあっていたんだけど……。

 鉄格子の向こうに現われた人物は、夢にも思わなかった人物だった。


「セラフィス様……?」


 セラフィス様は、この牢獄を初めて訪れた時のように怖い顔をしていた。


「まさか、テガミバトさんになにかあったんですか?」


 そう言うと、なぜかセラフィス様はフッと顔をほころばせる。


「いや、テガミバトはいまも元気だ。今日は、キミに話があってきた。悪いが、ふたりだけで話したい」


 セラフィス様に言われ、看守さんたちは隣のキッチンへと移動する。

 他人に聞かれるとマズい話なんて、わたしにはないと思うんだけど……。


「フェアリー、驚かずに聞いてほしい。キミはトワネット家の、実の娘じゃないんだ」


「えっ」


 エアストル様の暗殺を企てたのはわたしではないと思ったセラフィス様は、独自の調査をしていたらしい。

 まずは出生を調べ、わたしが養子だということがわかったそうだ。


「かつてトワネット家のメイドをしていたベッキーという女性から聞いたんだ。トワネット家の長女、フェアリーは赤ん坊の時に亡くなったって」


 それは、スキャンダルになるような事故だったらしい。

 発覚を恐れたトワネット夫妻、つまりわたしの両親はハリメトリノから赤ん坊をさらい、フェアリーのかわりとして育てはじめたそうだ。


「それが、わたしなんですね」


「驚いてないようだが、知ってたのか?」


 いや、内心かなりビックリしている。

 でも、やっぱりそうだったかと思う自分もいる。


「同じ種族(・・)ではあるけど、同じ()ではない……。なんとなく、そんな感じがしていました」


「そうだったのか。トワネット夫妻は、最初はキミを跡継ぎとして育てるつもりだったそうだが、次の年にバンシーが生まれてから変わったそうだ。トワネット夫妻は血の繋がっているバンシーを溺愛し、キミは家族ぐるみのひどいイジメを受けていたそうだね」


「はい。ということは、わたしはハリメトリノの生まれということですね」


 セラフィス様は無言で頷くと、「これは、話そうか迷っていたことだが……」と前置きしてから続ける。


「実は私も、生まれこそこのマギアルクスだが、ハリメトリノ(じん)の血が半分入っている。ハリメトリノにいた母が前王に気に入られて妾となり、生まれたのがこの私だ」


「そうだったんですか」


「だから幼少の頃は、キミほどではないがイジメられたよ。特にジャクヒン様にはね。でもエアストル様は私を本当の兄弟のように扱ってくれたんだ。私が飼っているテガミバトは、幼少のころエアストル様といっしょに卵から孵して育てたものだ」


 思い出が蘇ってきたかのように、遠い目をするセラフィス様。

 しかしその瞳が、いっそうの鋭さを帯びる。


「しかし実の弟であるジャクヒン様は、エアストル様を殺そうとした」


 セラフィス様は、エアストル様暗殺事件の真犯人はジャクヒン様、そしてトワネット家の面々だと睨んでいた。


「まずキミとジャクヒン様が婚約すれば、トワネット家は大宮殿に入り込める。そこでバンシーが呪術を用いてエアストル様を暗殺、あとは……」


「わたしに罪を着せて処刑して、その見返りとしてジャクヒン様と婚約したんですね」


「そうだ。ジャクヒン様は国王になれるし、トワネット家は王族の仲間入りができる」


「さらにわたしという腫れ物も始末できて、一石二鳥というわけですね」


 たしかにそれなら、さんざんわたしをイジメてきた両親が、いきなりわたしを玉の輿にすえようとした理由もわかる。

 それにわたしを初めて見たジャクヒン様が「キモ」などと、婚約者に対してとは思えない言葉を浴びせてきた理由も納得がいく。


「それだけじゃない。トワネット家には大きなヒミツがあって、今回の一件を利用してそれを隠そうとしている。私は、トワネット家は魔女の一族ではないかと思っているんだ」


「えっ……まさか、『先天的魔女』というやつですか?」


「そうだ。先天的魔女というのは自分たちが魔女であることを隠すため、意図的に魔女の疑いを向けさせるらしい。そして養子などを後天的魔女に仕立てあげ、処刑させるそうだ。ようは、生贄だな」


「でもそれって、かなり危険なことじゃないんですか? 失敗したら、自分たちが魔女の一族だってバレるかもしれないんですよね?」


「そうだ。でもそのぶん、見返りは大きい。いちど容疑の晴れた真犯人は、そう簡単には疑われなくなるからね」


 たしかにそうかもしれない。


「この件については、もっと詳しい調査が必要になるだろう。しかしいまは、それよりもやらなくてはならないことがあるんだ」


 わたしが「それは……?」と訊ねると、セラフィス様はクッと唇を噛んだ。


「ジャクヒン様がエアストル様の治療を打ち切り、亡きものにしようとしている。エアストル様がお亡くなりになれば、ジャクヒン様の国王の座は約束されるからね。だからその前に……革命を起こすことにした」


「えっ」


「エアストル様の回復にはまだ時間が掛かるから、お救いするためにはそれしか手がないのだ。そして革命に成功すれば、エアストル様の悲願も達成される」


 エアストル様の悲願というのは、マギアルクスの奴隷政策を廃止し、ハリメトリノをひとつの国として扱うことだろう。

 そしてセラフィス様のお考えは、革命に成功したあとエアストル様をいまよりも手厚く治療し、回復の暁にはマギアルクスの国王になってもらうというものだった。


 セラフィス様はご自身のことを、ハリメトリノ(じん)だと思っている。となると普通の考えなら革命が成功したら、いままでの意趣返しとしてマギアルクスの人々を奴隷にしそうなものだけど……。

 それをしないということはセラフィス様は、エアストル様のことを血の繋がった兄弟以上に愛しているようだ。


「このことは、マグラス様もご存じだ。ふたりの息子を持つ母として、ふたりとも救ってほしいと頼まれた」


 王家の人間であるマグラス様が、革命を認めるなんて……。

 ジャクヒン様とバンシーのコンビが相当ヤバイと思っているのかな。


「でも……なぜわたしに、そのような話を……?」


 わたしの出生のヒミツを話してくれたのはわかるけど、革命のことまで話してくれたのはなぜなんだろう?

 わたしがまだジャクヒン様やバンシーに通じていて、告げ口されたら終わりなのに。


「キミに、革命の旗印になってほしい」


「えっ」


「キミのことを魔女ではなく、聖女であると主張する人たちがいるんだ。それは主にエアストル派の人々、そして奴隷たちなんだ」


「そんな人たちがいるんですか? でも、わたしは見ての通り囚われの身で……」


「キミはなにもしなくていい。ただ革命の最中に、ベランダにいてくれるだけでいい。それだけで、革命軍にとっての大いなる希望の光となるはずだ」


「ええっ」


 そんなことを言われたのは、生まれて初めてだ。雨とか闇とか鉄仮面とかキモいとかはよく言われたけど……。

 光みたいなポジティブなイメージは、いままでずっとバンシーのものだった。


 わたしはいきなり学芸会の主役を言い渡された子供みたいに慌てて、手をわたわたさせた。

 その手がいきなり、ガッと掴まれる。


 その先には、わたしがいままで異性から向けられたことのなかったものがあった。

 焦がれるほどの、熱い瞳が。


「革命が成功したら……どうか、私の妃になってほしい……!」


「えっ……えぇぇぇぇぇぇぇぇーーーーーーーーーーっ!?!?」

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