01 婚約破棄、そして幽閉
わたしは自分にウソをつく、悲しみを燃やすように。
だからこんな目にあっても、冷静でいられた。
「婚約破棄だ、フェアリーっ!」
わたしの婚約者……いや、たったいま赤の他人となった男が、陪審員席から立ち上がって叫んだ。
「見た目だけでなく、心まで腐っていたとは! 貴様には、火あぶりすら生ぬるいっ!」
真っ赤になったその顔は、わたしより先に火刑に処されているかのよう。
裁判長が、駄々っ子をなだめるかのように声を掛けた。
「あの、ジャクヒン王子、落ち着いてください。これから判決を言い渡します。これで、王子の溜飲も下がることでしょう」
「本当だな!? 生ぬるい判決だったら、貴様を首ごと飛ばしてやるからな!」
鼻息荒くドスンと腰を下ろすジャクヒン王子に、「はひっ!」と情けない声をあげる裁判長。
威厳を取り繕うように居住まいを正したあと、咳払いとともに証言台のわたしを睨んだ。
「フェアリー・アン・トワネット! そなたはエアストル・ゼン・マギアルクス第一王子を呪術により暗殺しようとした! エアストル王子はいまなお生死の境をさまよっておられる! ジャクヒン第二王子の婚約者の立場を利用し王族の暗殺を企むとは、まさに魔女の所業!」
わたしは魔女ではない。それについては論理的に反論してきた。
しかし証人として集められた親しくもない友人たちは、声を揃えてわたしが魔女だと訴えた。
「フェアリー様は幼い頃、動物を殺して呪術の生贄にしてました! 思えば、王子の暗殺をその頃から企てていたのでしょう!」
わたしはやってもいない王子暗殺の罪を着せられ、いまこうして裁かれようとしている。
「王族暗殺は本来であれば極刑であるが、魔女に処刑は行えない! よって、『黒点の塔』への無期幽閉を言い渡す!」
昔は、魔女は火あぶりにされていた。
でも魔女は処刑されると死ぬ前に悪しき魂となって抜け出し、別の女性に取り憑くと言われるようになった。
魔女を裁くには自殺させるか、老死するまで幽閉するというのが現代のならわしである。
この判決に傍聴席はざわめき、陪審員席のジャクヒン王子はヒザを打って立ち上がっていた。
「黒点の塔への幽閉か! あそこは無人島に置き去りにされるより辛いという! 邪悪な魔女にはお似合いの最後だ!」
ジャクヒン王子が満足していたので裁判長は調子に乗り、芝居がかった口調でわたしに言う。
「この判決は、歴史に残る名裁きとなるであろう……! さて、フェアリーよ! なにか言い残すことは……!?」
わたしが口を開こうとしたら、弁護側の席から悲劇のヒロインみたいな声があがった。
「いいえっ! 我がトワネット家は公明正大なる光の一族! 申し開きなど、いっさいいたしませんわ!」
発言したのはわたしの妹のバンシー。
彼女は裁判長のいる壇上まで駆け上がると、スポットライトを浴びているかのように天井に向かって両手を広げる。
「フェアリーが邪悪な魔女であることは疑いようもない事実ですわ! あたくしはその妹として、精一杯罪を償わせていただきますっ!」
バンシーは乾いた瞳の泣き顔で、陪審員席のジャクヒン王子にすがった。
「魔女に蝕まれたジャクヒン王子の心を……これからあたくしが全身全霊をもって、癒やさせていただきますわ!」
傍聴席から「おおーっ!」と歓声があがる。
裁判長はもらい泣きしていた。
「お……おお……! フェアリーは『後天的魔女』と判定されたので、トワネット家にはなんの咎もないというのに……! トワネット家の次女は見た目だけでなく心まで美しいというウワサは、本当だったのか……!」
『後天的魔女』というのは魔女の血筋では無いが、あとから進んで魔女になった者のことをいう。
その場合、魔女を育てた家は罪には問われず、法律的には被害者のような扱いを受ける。
逆に魔女の血筋を受け継いでいると判断された場合は『先天的魔女』となり、その場合は一族まとめて処罰の対象となる。
けっきょくわたしは後天的魔女の汚名を着せられ、最後の抗弁もさせてもらえなかった。
思えば、わたしはずっと奪われ続けていたような気がする。
『マギアルクス王国』にある魔法の名門、『トワネット家』の長女としてわたしは生まれた。
このマギアルクスは魔力資源が豊富で、魔法の研究が盛んに行なわれている。
魔力を原動力とする魔導装置が発明されたことで急速に発展を遂げ、経済力でも軍事力でも他国を圧倒していた。
先進国の富裕層、しかも名門の令嬢ともなれば、なに不自由なく生きてきたと思われがちだ。
しかし両親の愛情はぜんぶ、ひとつ下の妹のバンシーに注がれていた。
「フェアリー! また、花瓶を割ったな!? なに、バンシーがやっただと!? いい子のバンシーが、そんなことをするわけがないだろう! 妹に罪をきせるなんて、お前はなんてずる賢いんだ!」
バンシーはよく言えば天真爛漫、悪く言えばおてんばだった。
でも彼女がなにをしても両親は怒らず、いたずらはすべてわたしのせいにされた。
バンシーにはきらびやかなドレスに大きな部屋、ほしいものはなんでも与えられた。
わたしは穴だらけのメイド服で物置に押し込まれ、毛布一枚もらえずに寒さに震えながら眠っていた。
ものごころつく頃、バンシーは魔法の勉強をするようになった。
わたしは杖すら持たせてもらえず、使用人と同じように働かされた。
それでも世間体を気にしてか、いちおう学校にだけは行かせてもらえた。
わたしはすこしでも両親に振り向いてもらいたくて、いっしょうけんめい勉強した。
初めてのテストでわたしは100点で、バンシーは10点だった。
これで少しはほめてもらえると期待したけど、わたしに与えられたのは鼓膜が破れるほどのビンタだった。
「お前みたいな子が100点なんてあるわけないだろう! さては、バンシーのテストとすり替えたな!?」
それからわたしはバカのフリを強要させられた。
テストでは隣の席のバンシーと答案を入れ替えさせられ、バンシーは学校一の秀才と呼ばれるようになった。
両親はバンシーばかりを蝶よ花よともてはやす。
かたやわたしはなにをしても叩かれるようになっていた。
「なにを泣いてるんだ! お前の泣き顔は汚いんだよ、笑いな! はぁ!? なんだいその顔は!? その歳であてつけるなんて、本当にひねくれた子だよ! かわいくて素直なバンシーとは大違いだ!」
そんなことが続いて、バンシーは当然のようにわたしをいじめるようになった。
「あはははは! フェアリー! あなたにはその、雨に濡れたみたいな顔がいちばんお似合いですのよ! これからは、ずっとそうしてなさいな!」
これは、バンシーからバケツの水をぶっかけられて言われた一言だ。
この頃からだろうか、わたしの顔から表情が消え去っていったのは。
わたしにやさしかった『ベッキー』という使用人が、わたしをかばったせいでクビになった。
ただひとりの味方を失ったことで心の支えがなくなり、なにをしてもなにをされても感情が表に出なくなった。
まわりからは『鉄仮面』なんて呼ばれるようになる。
わたしはこの仮面をつけたまま、一生トワネット家の使用人として生きていく……そう思っていた。
しかし学校を卒業してすぐに、両親の命令で婚約することになった。
相手はマギアルクス王国の第二王子、ジャクヒン・メダ・マギアルクス様だ。
そのときもちろん、わたしは思った。
なぜバンシーじゃないんだろう、と。
わたしはロクに食べさせてもらってないので髪はボロボロで肌はカサカサ、身体つきも棒みたい。
オシャレでふくよかなバンシーのほうが気品も、女としての魅力もずっとあるはずなのに。
初めてお会いしたとき、ジャクヒン様はわたしを見てこうおっしゃった。
「キモ」
わたしに与えられたのはその一言だけ。そのあとはわたしには目もくれず、ずっとバンシーとイチャイチャしていた。
もうわけがわからなかったけど、わたしには選択権などない。
王子との婚約が正式に決まり、トワネット家は宮殿に移り住むこととなる。
「これで王族の仲間入りだ」と、両親はとても喜んでいた。
はじめて親孝行ができたと、わたしは内心嬉しかった。
立派な王妃になるべく、いっしょうけんめいがんばろうと思った。
ジャクヒン様の母上であるマグラス様の指導のもと、花嫁修業をすることになった。
その一週間後に第一王子であるエアストル様の暗殺の疑いをかけられ、わたしは一方的に裁かれる。
そして、現在。
わたしはいまから世界最悪の牢獄である、『黒点の塔』へと幽閉されようとしている。
ジャクヒン様とバンシーの婚約発表がなされ、外はお祭り騒ぎをしているなかで、ひとり冷たい檻へと放り込まれた。