第3話 16
ヘリオスの話によれば、一昨日、王城から国王カイルと宰相リグルドの連名で、大叔父上宛てに<伝文鳥>が届いたそうだ。
そこに記された内容はというと、魔神討伐を果たした――事になっている――アリシアを称賛するものだったらしい。
報奨を与える為にも、秋口に行われる豊穣の宴へ出席するよう要請されたのだとか。
そして、そこにこじつけるかのように、アリシアが年頃にも関わらずいまだに婚約者がいない事に触れられ、宴に出席する際にも必要だろうからと、コートワイル家嫡男が推されていたらしい。
その可愛がり方が普通の祖父のやり様とは、少々ズレている事はこの際置いておいて、孫娘のアリシアを溺愛している大叔父上は、当然、激怒した。
常日頃から、アリシアを娶るならば自身を超える者でなければならんと断言しているからな。
すぐさま大叔父上は王宮に詰める息子、サリュート殿に<囁き鳥>を送り、事の真相を確かめさせようとしたそうだ。
第一騎士団の団長を務めるサリュート殿にとっても、今回の件はまったく知らされていなかったらしく、すぐさまカイルに謁見を申し込んだのだという。
事は実の娘の婚姻に関わることだ。
謁見はすぐに叶い――カイルは悪びれること無く告げたのだという。
――この国の政を司るコートワイル家と、武を司るグランゼスが婚姻によって強く結びつくのだから、良い事だろう?
ヘリオスが語るその話を聞いた時、俺は思わず頭を抱えたよ……
なぜ俺や爺様、そして歴代の王達が文官閥と武官閥を隔て、時にはあえて対立するよう煽って来たのか、まるで理解できていないじゃないか。
あのお花畑の事だ。
同じ官なのだから争うのは良くないとか、そんな甘っちょろい事をリグルド辺りから吹き込まれたに違いない。
国に仕える官である以上、団結するに越したことはない。
それは確かだ。
だが、それは外圧がある時だけで良いのだ。
玉座に着く者が、滅多に起こらないとしても有事に備えるのは当然だ。
だが、王たる者はそれ以上に、長くある常時――平時にこそ気を配らなくてはいけない。
官もまた人である以上、外からの脅威がなければ魔が差す事もありえる。
――簡単に言えば汚職だな。
これは文武どちらでも起こり得る――官が人である以上、避けようもない事だ。
そして、どうしたって人は身内には甘くなってしまうし、場合によっては同じように汚職に手を染める者も出てくるかもしれない。
初めは些細なものだった事案が、関わる者が多くなるほどに大規模なものになっていき、やがて発覚した時には取り返しがつかないものになってしまっている事もありえるのだ。
そういう歪みを相互に監視し合わせる為にも、歴代の王はあえて、いがみ合う文武両閥を時には煽り、時にはやり過ぎないよう宥めすかしつつ、対立の構図の維持に腐心してきたのだ。
……まあ、この点については、俺は決して上手かったとは言えないがな。
貴族達の陳情に、上手く自身の考えを伝えられず、ただ畏怖を振り撒いて萎縮させていただけだったようにも――今なら思える。
――あんたを怒らせたのは相手閥の所為と思わせられていたのだから、それもまたひとつの調整の形だよ。
と、ババアなんかは言ってくれていたがな。
今更ながら、もうちょっとやりようがあったのではないかと、最近は考えてしまうのだ。
――それはさておき、だ。
「……あのお花畑、リグルドの言いなりになってねえか?」
りんご酒で喉を湿らせ、俺は吐き出すように呻いた。
カイルをお花畑と、そして宰相を呼び捨てにした事に、ヘリオスが目を丸くした。
が、すぐに口角を上げてニヤリと笑う。
「あの愚王や奸臣をそんな風に言えるなんて、さすがアニキっ!」
木杯を掲げて俺が持つ木杯に打ち付けると、ヘリオスもまた注がれた麦酒を煽る。
「世辞は良い。
――それで、サリュート殿はどうしたんだ?」
俺が続きを促すと、ヘリオスは口についた泡を手で拭いながら顔をしかめる。
「一応、若様も姫様に婚約はまだ早いとか、淑女教育が済んでないとか、いろいろとはぐらかそうとしたようなんですが、若様もそんな口の上手い人じゃねえですから……」
「……ああ、そうだったな……」
だからこそ、サリュート殿は口下手な俺を気にかけてくれていたんだ。
今でも覚えている、幼い頃の出来事。
宮中の者達に陰で父上と比較されて失望され、俺は隠れて悔し泣きしていたんだ。
そこに彼はやって来て。
――おまえの父上はすごい人だから、比べられて大変だねぇ。
あの大叔父上の息子とは思えないおっとりとした口調で、そう頭を撫でてくれたっけな。
俺は初めは、彼もまた俺の無能さを哂いに来たのかと思った。
だが、頭を撫でる手はどこまでも優しく……
――僕もよく比べられて大変だったよ。
と、そう教えられて、俺はようやく顔をあげたんだっけな。
はにかむような、優しげな笑みがそこにあった。
サリュート殿ほどの凄腕の騎士でさえ、父上と比べられては悩まされていたという事実に、俺はひどく驚いたのを覚えている。
――でも、その事を拗ねるんじゃなく、そんなすごい人が父上なんだって、君は誇るべきなんだ。
……そう。俺が今も父上を誇れているのは、あの人のお陰だ。
あの人の――不器用だけど、率直なあの言葉がなければ、きっと俺は優秀過ぎる父上を恨んでいたかもしれない。
――僕はそうしたよ? どうだ、僕の従兄殿はすごいだろう?ってね。 それでね、僕もまたそんな彼の従弟だと胸を張るために、努力したんだ。
そして、俺に努力し続ける事の大切さを教えてくれた恩人でもある。
とはいえ今回、彼が相手にしたのは、隠れて泣く幼子ではなく――弁舌を頼りに他国を相手にしてきたリグルドだ。
ヤツにとっては、武に生きてきたサリュート殿の言い分をあしらい、カイルに自らの策を押し進めさせる事は、ひどく容易かっただろう。
「――結局、まずは見合いという形でふたりを合わせてみてはどうかと、そういう話で落ち着きかけたようなんですがね」
ヘリオスの言葉に、俺は思考を今に引き戻す。




