第2話 15
「……それで、ビクトール様は私と結婚したいのだと伺いましたが、なぜ急にそのような事を?」
客室に場所を移し、ウチは早速そう切り出したわ。
ウチの隣にはお義父様が座り、正面にはビクトール様。その背後には彼の護衛だという若い騎士が後ろ手を組んで立っている。
ビクトール様は目にかかるほどに長い前髪を、指先でいじりながら――
「君を助け出す為に決まっているだろう?」
さも当然というように、そう言い放ったわ。
「――助ける?」
「ああ、そうだ!」
ウチが首を傾げると、彼は立ち上がってお義父様に指を突きつける。
「かつてその男は、敵対していた先代トランサー家を潰す為に君の父親を利用した!」
「――利用って!」
父さんがローゼス伯爵家の<耳>であった事は、あの事件に関わった者でもごくわずかな人達にしか知られていないはず。
「……イライザ殿。貴女はお父上の仕事についてご存知か?」
と、ビクトール様の背後に立つ騎士が、不意にそう訊ねてきた。
「……貴方は?」
「失礼。私はレントン。
貴女のお父上が、殺害される直前に会っていた男の息子だ」
ウチの問いに、騎士――レントン殿はそう名乗った。
「彼の父もまた、あの事件で殺害されていてね。母子共に露頭に迷っていたところを、私の父が保護したんだ」
ビクトール様が前髪を手で払いながら続ける。
「良いかい、イライザ嬢。君と彼の父親はね、そこのローゼス伯に間者として利用されていたんだ」
「――なっ!」
お義父様が絶句する。
「見なよ! 事実を指摘されて顔色を変えたじゃないか!?」
勝ち誇るように、ビクトール様は笑みを浮かべたわ。
「君がどう吹き込まれているかは知らないが、事実はこうだ!」
そうして彼は語り始める。
本来、奴隷取引を主導していたのはお義父様で、内務大臣という権力を盾にトランサー家を無理矢理従わせていたのだという。
レントン殿の父親はその事実に気づき、良心の呵責に耐え切れず、親しい友人である父さんに相談した。
事実を知らされた父さんは、お義父様を告発しようとしたのだけれど、その動きをお義父様に察知されて、レントン殿の父親共々暗殺されたのだという。
その後、お義父様は自分に塁が及ぶのを恐れ、すべての罪をトランサー家に押し付けた。
そして、周囲に疑惑を持たれないよう、被害者の娘であるウチを引き取って、善人のフリをしていたのだ、と……
一気にまくし立てたビクトール様は、ウチの反応を伺う。
……よくもまあ、そこまで作り話をでっちあげたものだわ。
ウチはため息をついて、ビクトール様を真っ向から見据える。
「……仰っしゃりたい事は以上で?」
ピクリと、ビクトール様が浮かべた笑みが、わずかに引きつった。
「ご存知のようですので明かしますが、確かに父はローゼス家の<耳>として働いておりました。
あの事件のあった日、トランサー領都に滞在していたのも、レントン殿のお父上と会う為であったのでしょう」
「な、なんだ。知っていたのか!? ならばわかるだろう?」
引きつった笑みを浮かべて同意を求めてくる彼に、ウチは首を横に振る。
「ですが、父はその後にグランゼス公と会う約束もしていたのです。
グランゼス公はトランサー家の奴隷取引についての調査を、お義父様に依頼されたそうですが?」
「――そ、それこそがその男の姑息なところだ!
自分が疑われないよう、先回りして手を打っていたんだろう!」
ウチはチラリとレントン殿を見る。
彼はこの話を信じているのか、憎しみのこもった目でお義父様を睨んでいるわ。
「次に私の父を殺した者ですが、犯人自体は駆けつけた<竜牙>騎士団に処されておりますが、その者を雇った人物は先代トランサー伯爵に指示されたと自白しております」
「その者は先代の後ろにローゼス伯爵がいるのを知らなかったのだろう。
先代とて、庶民に貴族の繋がりを話すわけがない!」
「……では、ビクトール様。アナタはどこからその繋がりを知ったのでしょうか?」
そう。そこが重要だわ。
お義父様を陥れようとしている人物がいる……
「私の父とカイル陛下だ!」
告げられたその名に、ウチは表情を変えないようにするのに必死だったわ。
幸いビクトール様は気付いた様子もなく、自信満々に続ける。
「――先日、陛下と父上は国内の街道整備予算の見直しを行なってね。
その際に陛下は、西アイル渡河街道から伸びるローゼス主街道の整備費が極端に高い事に着目されたんだ」
「――なっ!? 急に交付金を減らされたのはその為か!?
愚かな! ランカート渓谷に架かる橋の維持・補修費用だと何度も申し送りをしていたのに!」
顔を怒りに赤く染め、お義父様が叫ぶ。
「そんなありふれたウソを、陛下が見抜けないとでも?
補助金を着服していた領主は、みんな似たような言い訳をしていたそうだよ」
けれど、ビクトール様はお義父様の主張に取り合わず、きっぱりとそう断じたわ。
「そして、そんな不正を行なっている――怪しいローゼス伯爵について、カイル陛下は詳しくコートワイル宰相に訊ね、あの事件についても知らされたんだ!」
まるで衝撃的な事実が明らかになったかのように、大袈裟に両手を広げて続ける。
「陛下はね、あの事件即座に疑問に思われたそうだよ?
あの事件の時――なぜ、その場に都合よく、あの悪逆王太子がいたのか、とね」
……ああ、そこでアーくんの名前を使うのね……
恐らく陛下は……アーくんが関わっている以上、悪と判断したんでしょう。
「陛下のご下命を受けた父は、即座に事件の再調査を行い――そして、先程の話が真実として浮かび上がったんだ」
……恐らく、コートワイル宰相によって、それが真実ということにされたのでしょうね……
「ローゼス伯爵は、悪逆王太子に媚びへつらっていただろう? ヤツも使い勝手の良い手駒の為に自ら足を運び、その悪事に加担したんだろう――というのが、陛下の見解だ。
クズがクズの為に真実を闇に葬っていたんだ、とね」
「――証拠は!? 証拠もなく、真実なんて笑わせるわね!」
お義父様やアーくんをクズ呼ばわりされて、ウチは頭に血を上らせてしまう。
「そう。陛下もそれを遺憾だと仰られていたそうだよ。
当時の事を知る証言は取れたけれど、物証がなにひとつない。だから、いかにクズとはいえ法的にローゼス伯爵を処罰する事はできないんだ」
「……陛下の公平さ、寛容さに救われたな!」
レントン殿が吐き捨てるように、お義父様を怒鳴りつけ、それからウチに視線を向ける。
「――だが、貴女は別だ。イライザ嬢。
貴女は救われなければならない……」




