第2話 10
ダグ先生達を家まで送り届け、ほどなくして夕食となった。
いつもは俺とリディア、それにクロの三人だけでの食事だったから、後片付けのしやすさを優先して厨房のテーブルで食べていたのだが、今日はイライザとミリィがいる為、食堂で取ることになった。
「それでね――」
「まあ! それではあの野草も合うかもしれませんね!」
俺が屋敷に帰ってきてから、リディアとイライザはずっと喋り続けている。
その内容は多岐に渡り、小物についてであったり、化粧や装飾品など――男の俺にはわからん話も多かった。
今は料理の話――だと思う。
イライザが養父と行商人をしていた時の話をしていて、野営料理の話題から発展したんだ。
ババアの指示を受けて、大叔父上が実施している騎士達の野営訓練に参加した時に、似たような調理法を教わった記憶がある。
二人が仲良くしているのは良いのだが、なんとなく疎外感を感じるぞ。
ちなみにミリィは大浴場の風呂を沸かしてくれた褒美に、一番風呂を堪能中だ。
バートン屋敷の大浴場は風呂釜で焚く方式で、部屋にあるバスタブのようにいちいちお湯を運ぶ必要がない。
複数人が利用するなら、大浴場の方が用意が楽なんだ。
――それはさておき。
「……あ~、ふたりは仲が良いんだな?」
思わず口を挟んでしまうと、ふたりは視線を交わして笑みを浮かべる。
「それはもう! ウチらは友達なんだもの。ね? リディア」
「はい。アル、イライザはすごいのですよ? この……コロッケの作り方もイライザから教わったんです!」
と、皿の上に乗った黄金色の料理を指差して、リディアは楽しげだ。
「ほう。確かに始めて見る料理だな」
珍しいから最後に取っておいたんだ。
「このソースをかけて食べると美味しいのよ」
イライザは食卓に載ったソース差しを指して、そう教えてくれる。
ソース差しの中身は、黒に近い茶色の粘度の高い液体が入っていた。
促されるままにそれを掛け、ナイフで一口大に切って口に運ぶ。
――俺は仮面の中で目を見開いた。
「――これは良いものだ! これはバートニー芋を揚げているのか!? だが、表面のサクサク感はなんだ?
よくわからんが、これは旨い! 良いものだ!
――イライザ、天才か!?」
俺の下手くそな言葉選びでこの料理を穢したくない為、とにかくふたりを不快にしないであろう、「旨い」と「良いもの」を繰り返す。
「ふふ、ウチは作り方を教えただけよ。なんでも西の方で昔から作られてる料理みたい。
実際に作ったのはリディア、ね。
レシピだけでこんな風に再現できちゃうなんて、リディアはすごいわよねぇ」
「ああ、リディアの料理はいつも旨いからな!
昼に食べたサンドイッチも絶品だった!」
「あはは。アルはなんでも美味しいって食べてくれるので、作り甲斐があるのですよ」
俺とイライザに褒められて、照れ臭そうに顔を赤らめるリディア。
「あ~、これ、刻んだ香草も入れてるんだね。ソースと合ってて良いね」
と、クロは両手でコロッケを掴み、端の方から齧りつきながら、そう告げる。
「さすがクロちゃん、気づきましたか? ミンチにしたお肉の臭みを隠す為に、潰したバートニー芋に練り込んでみたんだです」
「うん。だと思った。試しにみじん切りにした玉ねぎを軽く炒めて混ぜ込んでみなよ。そっちのが臭みも消せるし、甘みがでて、より合うと思うよ
香草はミンチ肉を炒める時に一緒に使う方が良いと思う」
ひとつ目のコロッケをソース無しで食べ終えたクロは、残るひとつにソースを掛けて、再び頬張り始める。
そんなクロを、イライザは唖然として見つめた。
「……ねえ、アーくん。ひょっとしてクロちゃんって料理できるの?」
「ああ。基本的にババアの食事を用意してたのは、クロだしな」
イライザに応える俺の言葉を引き継いで、クロが右手を振る。
「そうだね。主は基本的に栄養が取れればそれで良いって人だし、庵に来る子らはローダインの王族だから、当然、料理なんてできないからね。
ボク自身が美味しいものを食べたくて練習してるうちに、上手くなっちゃったんだ」
「俺達に城の書庫から料理本を持ってこさせたりして、作れる料理の種類も増えていったんだよな」
「そうそう。このコロッケと似たようなのも知ってるよ。卵と小麦粉、そしてパン粉をまぶして揚げる、フライ料理だ。
ミナ・セグチ著――異邦料理集に載ってるよね」
と、クロは得意げに告げた。
「なんだそれ。そんなの作ってくれた事ないじゃないか!」
「地下大迷宮じゃ、卵なんて滅多に手に入らないからね。
トカゲの卵で代用しようとしたのに、キミ、ボコボコにされた挙げ句、勝てるわけがないって逃げちゃったし」
「だからドラゴンをトカゲと呼ぶな!」
というか、あれは料理の為だったのか。
……この旨さを味わえると知っていたなら、もうちょっと食い下がっても良かったと、今なら思えてしまうな。
「それにしてもミナ・セグチを知ってるなんて、クロちゃんって博識なのね」
コロッケにかぶり付いているクロを微笑ましげに見つめながら、イライザが言う。
「博識ってほどじゃないでしょ。彼女の名前を知らない人でも、彼女が残した料理は庶民に広がってるじゃないか」
「……そうなのか?」
訊ねる俺に、クロは手を振る。
「昼にジョニス達が言ってた、サンドイッチの考案者――西から渡ってきた旅人ってのが、そのミナ・セグチなのさ」
「なるほど……その御人は、料理の天才だったんだな」
これほどまでに、俺を魅了する料理ばかりを残すとは……
俺が王太子だった時に知れていたなら、偉人として歴史に記していただろう。
「そうそう。ウチの父さんも一時期、彼女が遺した料理にハマって、調理法が伝わってる街を巡ったりもしたっけ。
コロッケの作り方もその時に教わったのよね」
懐かしむような遠い目をするイライザに、俺は思わず拳を握り締める。
「……その……間に合わなくてすまなかったな……」
言葉を選んで、なんとかそれだけを告げると、イライザは目を丸くして噴き出した。
「もう! 別にアーくんを責めたくて、父さんの事を出したワケじゃないのよ?
前にも言ったけど、とっくに吹っ切れてるし、そもそもアーくん、あの時、ちゃんと仇を取ってくれたじゃない!」
手をひらつかせて笑うイライザだが……俺はどうしてもあの時の事を悔しく思ってしまう。
もしあの時、俺がもっと知恵を回せていたら……せめてもう少し、人を疑う事を覚えていたなら、イライザの養父は今も生きていたはずなんだ。
「……あの、イライザ? お父様のことって……」
リディアが遠慮がちに訊ねる。
「ああ、そうよね。お話が途中のままになってたわね」
「ええ。わたしが訊いて良いのかわからないから、そのままにしてたけど……」
と、リディアは俺をまっすぐに見つめてきた。
「アルはその時の事を、まだ納得してないみたいですから……もしイライザがイヤじゃなければ、わたしもその時の事を知っておきたいのです」
はっきりとそう告げるリディアに、イライザは微笑を浮かべて。
「ホント、アナタって……」
小さく呟き、俺達にうなずいた。
「ええ。さっきも言ったけど、とっくに終わった話で、ウチは吹っ切れてるもの。
ええと、アーくんが衛士詰め所に殴り込んで来たトコまで話したのよね」
「……また、ずいぶんなトコロで途切れさせてたもんだな」
俺が苦笑すると、リディアとイライザは意味ありげに視線を交わしてうなずき合う。
「だって……」
「ねえ?」
クスクス笑いながらも、イライザは語り出す。
俺とイライザが出会った、あの事件の事を……




