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悪逆非道な暴虐王子が追放されて、心優しい王子が即位した結果 ~これなら俺のがマシじゃねぇ?~  作者: 前森コウセイ
閑話 異端魔道士の慟哭

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閑話 3

「――姉さん、もうすぐだからね……」


 私は樹の幹に触れたまま、そっと呟く。


 コートワイル領での研究で純血種――それも魔道器官に封印を施されていない、原種人類を調査できたのは幸運だった。


 しかも彼女はベルノール侯爵家の直系。


 カリーナ姉さんの身体を造る為、非常に参考になったと言っていいだろう。


 西方諸島の古代遺跡に遺されていた魔道器で、村長の最後の手紙に同封されていたカリーナ姉さんの遺髪を解析した事によって、肉体を再構築する目処はあの段階で立っていた。


 ただ、遺髪からではわからない魔道的な部分――魔道器官や魔道、なにより魂の在り処が不明だった為に、カリーナ姉さんの再構築に踏み切れずにいたのだ。


 劣等種――再生人類の魔道は、帝国が供給してくれる実験体をヘンルーダ師と共に研究したことで、ある程度ならば判明していた。


 だが、私が知りたいのは純血種であって、あんな貧弱な――退化した魔道器官や魔道の在り方ではなかったのだ。


 ……そこが師と私の決定的な違い。


 師はそれをもって、劣等種を純血種に近づける糧にしようとしていたようだが、姉さんの復活を望む私にとっては、時間の無駄のように思えてならなかったのだ。


 だからこそ、コートワイル領での研究は非常に有意義なものとなった。


 ベルノールの直系を調べられた事もそうだが、コートワイル家当主――レオン・コートワイルの身体を診れたのも大きかった。


 かつてヘンルーダ師が天帝に請われて生み出した……魔道実験体。


 下位の皇子と純血機属(アーティロイド)をかけ合わせて、純血種を超える新たな種――神話に登場する英雄種である騎属(シンセイサイザー)を生み出そうとした計画の……その失敗作だ。


 天帝への復讐心に異常な執着を見せていたレオンは、ある日突然、自身の魔道器官を実子へ移植するように持ちかけてきた。


 元々実験体であった事もあるのだろう。


 彼は普通の貴族と違って、深い魔道知識を持っていた。


 当時、彼が重用していたドニール導師が、ヘンルーダ師にも匹敵するような知識を彼に与えていたというのもあったろう。


 私や私と同じように集められた、あの研究所の魔道士達の成果報告に対しても、しっかりと理解を示していたのを覚えている。


 だからこそあの老人は、私がイリーナ・ベルノールの脳から抽出した魔道知識に興味を示したのだろう。


 古い服を脱ぎ捨てるように、新たな肉体に自らの魂を移す。


 それは図らずも、彼が憎む天帝が行っている延命措置と同じ手段であり――ヘンルーダ師が天帝に施している秘儀と同様のものだった。


 そう。当初はイリーナの魔道器官を孫のアイリスに移す為の研究であったというのに……あの老人は、間近に迫った自身の死に恐怖したのだ。


 一度は行ってみたいと考えていた魔道器官の置換実験。


 だが、その移植先がリグルドというのが、私を躊躇させた。


 人が好い――自身より他者を思いやれる、カリーナ姉さんに似た性質を持つ彼の事を、私は気に入っていたのだ。


 そしてリグルドの娘と、彼女が慕う彼とイリーナの秘された息子の事も、あの頃にはもう彼同様に気に入っていた。


 彼女の願いだからこそ。


 彼の息子だからこそ、魔道器官の封印解除術も施した。


 だが、そんな私の行動は、あの狂った老人にはすべて把握されていたようだ。


 暗にあの子達への危害を仄めかされ、それでも了承しようとしない私に、老人は見せしめとばかりにリグルドの妻を殺してみせた。


 ……次はあの子達だ、と。


 愛する者を失う絶望を、私はよく理解している。


 そして、優しすぎたリグルドに、それに抗う気力は残されていなかった。


 残された子供達を守る為……彼はあの狂人に自らを差し出すしかなかったのだ。


 それが彼の希望である以上――なによりあの子達を守る為にも、私もまた従うしかなかった。


 ヘンルーダ師の資料にあった、脳と魔道器官と繋ぐ――恐らくは記憶に関連する魔道と目されていた経路をあえて残したのは、私のささやかな抵抗だ。


 ひょっとしたら、それによってリグルドの自我が残るのではないかという……奇跡に縋るような、本当にささやかな願い。


 だが、そんな私の思惑に反して、目覚めたリグルドはあの狂った老人そのものだった。


 生きながらえた狂人は、当初の目的――ローダイン王室の乗っ取りに動きはじめ、あろう事か本人の意思を無視して、リグルドの娘を王太子の婚約者の座にまで着けてみせた。


 私は……アイリスやカイルを守る為にも、領屋敷を離れるように誘導し、アイリスには学園に、カイルやその親友のレントンには騎士学校に入るように勧めた。


 祖父の性質を色濃く受け継いだ上の兄二人と異なり、両親の思慮深い性質を受け継いだアイリスは……恐らく、あの段階で私が彼女の父に行った非道に気づいていたのだろう。


 だからこそ、あえて私の誘いに乗って王都へ赴き――そして、私を遠ざけた。


 王太子の婚約者という立場から逃れる為に、不貞の限りを尽くして振る舞う彼女を見ていられず、けれど、彼女の父の仇である私にはかける言葉も見つけられず……


 せめてもの償いと考え、かつての王立大学時代のツテを使って、コートワイル領の魔道研究所の内情を密告した。


 間もなく研究所が国の暗闘を司る組織によって秘密裏に処理され――逃げ延びた魔道士達の生き残りがアグルス帝国への亡命を企てて、私にも話を持ちかけて来たのは、ちょうど荒れたアイリスにクビを告げられた頃だった。


 私やアイリスが不在となった孤児院の子供達が、レオンの命令によってとある魔道実験の被検体にされていたのを知らされたのも、その時だ。


 私はコートワイル領に急行し……かつての同僚達を襲って孤児らを救出した。


 そして彼らを連れて、このフォルス大樹海へと帰ってきたのだ。


 もはや世俗に興味を失くした私は、樹海内の安息の地でひたすらにカリーナ姉さんを蘇らせる方策を求め続けた。


 肉体の再生はすでに終えている。


 多くの魔道的資源に恵まれたこの地は、まさに私の研究にはうってつけとも言えた。


 イリーナの遺伝情報を――ベルノール家の魔道形質を取得できたのも僥倖だったといえるだろう。


 私が組み上げた再生器では、私の手元に遺された姉さんの遺髪からの魔道の再現まではできなかったのだから。


 問題は魔道器官の核となる部分――魂だ。


 ヘンルーダ師の研究や、レオンとドニールの説から、魔道器官に内包されているというその器官は、死とともに霧散して消失してしまうのだという。


 ……だが、私はイリーナから抽出した記憶で知っている。


 魂は死によって失われるのではなく、霊脈へと還り、緩やかに溶けて散らばって行くのだと。


 ならば、だ。


 それを集めて新たな肉体に容れる事で、復活は成るはずだ。


 そしてそれを行う方法は、姉さんとの記憶の中にヒントがあった。


 ――樹海の奥で眠る土地神様はね、この国の霊脈を司る大切な神様なの。


 かつてアルサス王や婚約者のベルン・ラグドールと共に、土地神の元まで辿り着いた事のある姉さんが教えてくれた。


 彼の神は霊脈に満ち満ちた精霊を糧にそれを操り、この地の天候を治めているのだと。


 ……霊脈を制御する術がある。


 ならば姉さんの魂もまた、集める事ができるはずだ。


 とはいえ、私ひとりでは大樹海の深奥に眠る土地神の元へなど、到底辿り着けない事はわかっていた。


 目的地が明確となっているのに、手を伸ばす方策が見つからない事に思い悩む私に、手を差し伸べてくれたのは、共にこの地に逃れてきた孤児達だ。


 私を「先生」などと呼び慕ってくれるあの子達は、私が樹海の深奥を目指している事を知り、それを助けとなるべく武の鍛錬を始めたのだ。


 カイルやレントンに教わったのだという鍛錬を。


 あの甲冑姿の女冒険者――アリーが二人に課していた常軌を逸した鍛錬は、魔道器官の封印を取り除いた孤児達にも確かに有効だったようだ。


 元服を迎えた子らはもちろん、近頃ではそれより幼い子でも身の丈より大きな魔獣を仕留めて持ち帰ってくる。


 このまま成長してくれたなら、それほどかからず深奥を目指せるだろう。


 そして、姉さんの魂を取り戻す……


 その日を思い描きながら、私は墓石代わりの樹木を撫でた。


 ――と、その時だ。


「――先生! よかった、無事だったんだね!?」


 というひどく慌てた声に振り向くと、年長組の孤児のひとり――ベッキーが立っていた。


「どうしたんだい? っと、ベッキー、君、怪我をしてるじゃないか!」


 幼い頃にアイリスに憧れていた彼女は、常に身だしなみに気をつけている。


 だというのに、今の彼女は髪を振り乱し、腕にはどこかに引っ掛けたのか擦り傷を拵えて血を流している。


「――あたしの怪我なんかより! 大変なの! 村が……村に変な奴らに襲われてて――」


 そう告げて泣き出してしまったベッキーを抱きかかえ、私は全身に魔道を通した。


 身体強化による脚力で跳び上がり、<浮遊>の魔法と風精魔法の並列喚起で宙を滑る。


 間もなく見えて来た村では……


「――王宮騎士、だと……?」


 村の上空から見下ろしながら、私は呻く。


 兵騎が一騎に、騎士と衛士の混成部隊およそ八人が、武器を手に子供達を襲っていた。


 先日子供が生まれたばかりのエルサが、ぐったりとした赤ん坊を抱き締めて号泣しているのが見えた。


 エルサの夫であるニルスが半狂乱になって騎士達に立ち向かい――四方八方から攻性魔法を容赦なく浴びせられて倒れ伏す。


 王宮騎士がこの地に訪れる理由なんて、わかり切っている。


 リグルドの肉体を得てカイルを王に据え、宰相としてこの国を牛耳っている人物……


 きっとヤツは――どういう思惑があってかは知らないが、私を探しているのだ。


「まだ私から奪おうと言うのかっ! レオン・コートワイル――ッ!!」


 あらん限りに叫び――私は騎士達に襲いかかった。

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