第5話 42
領ごとに整備されているローダイン王国の霊脈帯を利用しての転送は、一瞬で完了しました。
きっとセイラ様が長年――何代もの国王陛下と共に、いつかの危機に備えて整備なさって来たのでしょう。
だから、ハクレイ様の<書庫>をお借りしているに過ぎないわたしでも、こんなにも簡単に長距離転移魔法を喚起できてしまうのです。
わたし達は今、アジュア大河河畔街道とフォルティナ王東征街道の分岐点より五キロほど北上した地にある、ヴィスターブ伯爵領に転移して来ました。
ラグドール領との領境になっているヴィスト山地。
その西端に位置するラーヴィ峰の中腹――現在、わたし達がいる場所からは、ヴィスターブ領都の全体像がよく把握できました。
ラグドール辺境伯領はローダイン王国の東端にあって、その領都はフォルティナ王東征街道の突き当りです。
南側にはチュータックス子爵家を寄り親として、アルの復権に賛同している下位貴族の小領地ばかりで、ラグドール辺境伯から獣属の女性を拐かすような愚か者はおりません。
また、ラグドール領の西はアジュア大河の急流がある為、境を接する領はないのです。
と、なれば自ずと、獣属の女性達を拐かした犯人は絞られるのです。
「――そういう理由から、わたしは犯人がヴィスターブ伯爵だと推測しました」
三騎の兵騎と、その随兵となる九人の騎士――黒狼団一個小隊を前に、わたしはそう説明します。
兵騎はもちろん、騎士のみなさんも、セイラ様に与えられた魔道器大盛りのトゲトゲしい衣装で完全武装済みです。
アルやクロちゃん、アリシアに鍛えられ、セイラ様によって装備提供や教育を施されて超常に馴れ切った彼らは、わたしが披露した大魔道にも疑問を口にしませんでした。
わたし自身、村では彼らの急成長に「ああ、また大賢者様がなにかやったんだろうなぁ……」と考えるようになっていたので、彼らもまたわたしに対して同じように思っているのかもしれませんね。
「そんなわけで、あれがヴィスターブ領都です」
木々の向こう――急斜面を隔てて見える都市を指差します。
王都南東に位置し、東部穀倉地帯と王国南部から運ばれる作物の貯蓄地のひとつに指定されている為、街の北西部には多くの倉庫が建ち並んでいるのが特徴的な街並みです。
南はヴィスト山地によってフォルス大樹海から守られ、北は穀倉地帯へと続くなだらかな平原という立地から、獣害は少ないのでしょう――街を守るような市壁は存在せず、防壁らしいものといえば領都の南に位置する領主館を囲うものくらいでしょうか。
黒狼団のみなさんが鋭い目を領都に向けます。
こういうところは、一時期グレていたとはいえ、実際に戦も経験した事のある傭兵団です。
きっと地形情報を頭に叩き込んでいるのでしょう。
そんな彼らの為に、わたしは<小箱>からひとつの魔道器を取り出します。
――隠密探索器。
ハクレイ様がまだ自由だった頃に、仲の良かった紫の賢者様から頂いたという試作品です。
手の平ほどのサイズのそれは、左右に備えた無音回転翼を高速回転させてわたしの手から飛び立ち、数秒ほどでヴィスターブ領都上空に到達。
わたしの目の前にホロウィンドウが開いて、領都鳥瞰図を表示させます。
「はい、これが街の全体図」
そう告げながら、全員が見えるようにホロウィンドウを拡げてサイズ調整。
「作戦中は、みなさんのローカル・スフィアにこの地図を同期させ、個々の位置情報も提供しますね」
かつて汎銀河大戦において、全戦域の戦略占星術士を統括し、全域統合指揮官を務めた<万能な九機>一番機――ヒトミに搭載された戦域情報共有魔法があれば、それが可能となります。
<天眼>と名付けられたそれは、ハクレイ様が生み出した軍用魔法のひとつです。
数万光年を隔てていてさえ、<天眼>喚起者を基点にして共有された者達は、リアルタイムで戦況を俯瞰できるという――人類を勝利に導いた要因に数えられているほどの魔法なのです。
さすがに今のわたしでは、ハクレイ様やヒトミのように億単位の軍人を統括したりはできません。
そもそも大霊脈から隔てられたこの星の脆弱な霊脈では、天文単位の距離を掌握する事もできないでしょう。
ですが、この場に集った黒狼団十二人を統括するのに、不足はないつもりです。
『――はい。獣属の固有魔動波形よ~』
と、ハクレイ様が仰って、わたしの視界に独特な色合いの幾何学模様が映し出されました。
『戦略占星術士と違って、リディアちゃんは音じゃわからないだろうから、視覚化して色と形でわかるようにしてみたの~』
――ありがとうございます……
心の中でハクレイ様にお礼を言って、わたしは視点を情報界面へ移します。
ヴィスターブ領都を形造る霊脈域の中で、ハクレイ様が視えるようにしてくれた獣属の固有魔動はすぐに見つかりました。
目を開き、今視た場所をホロウィンドウの中の鳥瞰図に重ねます。
「――ナメられたものですね……」
アルを真似た言葉遣いで呟き、わたしは黒狼団のみなさんに領主館を指差しました。
「囚われの女性達は領主館です!
――今、内部情報を取得します」
わたしは隠密探索器をもう一基取り出して、領主館へと侵入させます。
――待つこと数分。
ホロウィンドウがもう一枚開いて、収集した情報を元に隠密探索器が作成した領主館の見取り図が投影されました。
そこには館内に居る者達配置だけではなく、顔や魔動強度などまでもが表示されます。
もちろん、囚われの獣属女性達の位置情報も。
彼女達が地下牢などではなく、個別に部屋を与えられているのは――やはりそういう目的の為に拐ったからでしょう。
部屋の前には見張りの衛士が立って、勝手に逃げ出せないようにしているようです。
囚われている獣属女性は全部で十人ほど。
ほとんどが兎族や鼠族ですが、猫族や犬族の女性も混じっていました。
「――さて、作戦を伝えますね」
わたしがみなさんにそう告げると、さすがにボリスンさんが兵騎の中から驚きの声をあげました。
『――お嬢は立案経験があるんですかい!?』
「え、ええと……」
――はい、と言って良いのでしょうか?
ハクレイ様から受け継いだ記憶の中には、用兵術に関するものもあるのです。
それも対竜属や対<這い寄るもの>用の――いわゆる星間大規模戦用のものから、惑星上の都市内紛争やテロリスト鎮圧といった極小規模闘争用のものまで。
『――肯定しちゃいなさいな~』
と、ハクレイ様は気軽い声色でそう仰います。
『ほら、あなたのお父様がそういう本を読んでたから覚えたでも良いし……
――あ、そうだ! おセイちゃんに教わったって言えば、たいていの無茶はゴリ押しできるんじゃないかしら~?』
――そうですね。それが一番、みなさんには説得力のある言葉でしょう。
「実際の立案経験はありませんが、大賢者様に教わっていて――実戦に耐えうるとお墨付きを頂いてます」
ただし、そのお墨付きをくださったのは、みなさんが知る青の賢者様ではなく、白の賢者様によるものですけどね。
ハクレイ様が仰った通り、『大賢者様の教え』という言葉は効果てきめんでした。
『おお、なるほど!
先生による仕込みなら、信用もできまさあ!』
納得して頂けたようなので――
「――まずはですね……」
わたしは作戦の説明を始めます。
アルは出し惜しみ無しで徹底的にやれと言いました。
だから、わたしはその希望に沿うよう作戦を組み立てました。
『……え、エグいっスね……』
兵騎と合一して表情がわからないのに、チャーリーさんが引きつった苦笑を浮かべているのがわかります。
「あら、アルは見せしめの為にも徹底的にやれって言ったわ」
彼らに合わせて、努めて口調を崩してそう応えて。
わたしはみなさんを見回します。
「――なにより、生まれ変わった黒狼団の――アルの牙たる、あなた達の初陣なんだもの……」
わたしは彼らが<竜牙>騎士団と共に、尋常ではない鍛錬に励んでいる事を知っています。
……かつての行いから、チュータックス領の住民達から、いまだに白い目で見られていて――けれど、以前のようにそれに怒ったりせず、訓練が休みの日にはこぞって人々の為に、忙しく人々の手伝いをして回っている事も知っているのです。
報われて欲しい、と、そう思わずにはいられません。
黒狼団こそ、アルの為の騎士団だと、誰しもがそう思うようになって欲しいと願わずにはいられないのです。
……だから。
「――わたしはあなた達の花道を盛大に彩ってみせるわ!」
奇矯な出で立ちを好む、みなさんの為に――より派手に、より鮮烈に!
「さあ、行きましょう!
――ヴィスターブという外道に、恐怖の牙を突き立てるのです!」
わたしの号令に、黒狼団のみなさんは敬礼で応えます。
「――へい! お嬢ッ!」