第5話 38
「――やれやれ、ひどい目に遭った……」
と、ようやくバカ弟子どもが戻って来たようだよ。
倒れていた若い衆も族長達の後ろに集まり始めている。
「……なあ、ババア?」
「あん? なんだい考えなしのバカ弟子。
ロイドを見習って、黙って茶の用意でもしてなよ」
リディアやエレーナ、マリエール達は今も倒れた若い衆の介抱をして回ってるからね。
エレーナの躾が行き届いているロイドは、イキり散らかしてたガキの頃と違って、今ではすっかり気遣いのできる男になったのさ。
「いや、なんでマチネ先生が白竜の型を使えてるのか説明しろよ!」
「そりゃ、あたしが教えたからに決まってるだろ」
「だから、なぜ!? 教えた理由を訊いている!」
子供に恐れられてばかりいたバカ弟子は、自分を恐れないバートニー村の子供達に対して、恐ろしく過保護だ。
だから自分の預かり知らないところで、戦いの術を教えていたのが不満なんだろうね。
あたしは詰め寄るバカ弟子に笑ってみせる。
「アンタに言っても、理解できやしないよ」
――ダグ坊やがアリシアに師事し、腕試しと称してロディの狩りに同行するようになったのが気に食わないって、一緒に茶を呑んだ時に漏らしたもんでな。
ずっと一緒に遊んできたのに、最近はアリシアと鍛錬鍛錬ばかりだとな。
あたしはピンと来たのさ。
本人も自覚してない感情だろうから、指摘なんざしなかったが、世話を焼いて後押しくらいはしてやろうと考えたあたしは、マチネに提案したのさ。
――なら、アンタも負けないように鍛えてみたらどうだ、ってね。
ダグ坊や同様に純血種のマチネだ。
しかもまだ七つ。
教育を始めるにはちょうど良い頃合いだ。
はじめは躊躇していたマチネだったが、モノになればロディやダグ坊やと一緒に狩りにも同行できると言えば興味を示し、ダグ坊やにも同様に教育を施すと言ったらあっさりと了承したんだ。
あれほど事あるたびにアルベルトに男女の機微について説いていながら、自分の感情には無頓着というのが、本当に微笑ましい。
「ま、今はあくまで護身術程度さ。ダグ坊やほどにガチガチに詰め込んではいない」
「待て! ダグ先生にも仕込んでやがるのか!?」
「あ~、あ~、うっさいねぇ! いろいろとあるんだよ!」
アンタを外に留まらせ、もう一度立ち上がるきっかけをくれた子供達に――あの村に、報いてやろうと考えたなんて、こっ恥ずかしくて言えるもんかい。
「……あれで護身術程度……」
と、白毛玉があたしの言葉に、絶句しているね。
「シンちゃんはアルお兄ちゃんの事を負け犬とか言ってるようだけど、たぶん誤解してるんだと思うよ?」
そんな毛玉を撫で回しながら、マチネは告げる。
「アルお兄ちゃんはたしかに、いろいろとダメなトコばっかりだけど、弱虫じゃないし――ううん、シンちゃんにはハッキリとこう言った方が良いかな?
アジュアお婆ちゃんを別にすれば、たぶんここにいる誰より強いよ?」
「わ、若様より?」
自分では敵わないと理解したのか、毛玉はマチネに素直に訊ねる。
「――若様ってロイドお兄ちゃんの事?
ん~、さっきのふたりの勝負は、あたしは途中からしか見てないし、アジュアお婆ちゃんが止めちゃったから絶対とは言えないけど……」
あたしが止めなきゃ、ふたりは奥の手まで使ってただろうからね。
いや、実際、前置詞まで唄い終えてたし……
「う~ん、そうだなぁ……
ねえ、ロイドお兄ちゃんはドラゴンを生身で討伐できる?」
尋ねられて、盆に大量の茶を乗せて戻ってきたロイドは苦笑する。
「修行時代に婆さんにトカゲ退治と騙されたが、あんなバケモン、兵騎や化生がなきゃ無理だ。
――逃げるだけで精一杯だったよ」
「あ~、ロイド兄もか。俺も同じ手で騙された……」
と、バカ弟子どもは、なにやら生暖かい視線を交わし合っている。
「――騙したとは人聞きが悪いね。バカなアンタらが竜とトカゲの区別ができてないだけだよ」
そんなあたしの反論をよそに――
「でも、アルお兄ちゃんは――今ならできるでしょ?」
マチネは信頼し切った視線をアルベルトに向けて訊ねる。
「ふむ。どうだろうな? 前は鱗を砕くのが精一杯だったが……いや、アレは金眼だったからか?
赤眼なら行けるんだろうか……」
「……おい、アル。おまえ、金眼相手にしたのか?」
ブツブツと呟き――たぶん、頭の中で検証しているアルベルトに、ロイドは驚きを通り越したのか、呆れ顔で訊ねる。
「ああ。もちろんこの身体になってから――の話だが。
デカすぎる上に打撃が通らなくて、結局は逃げたんだから、ロイド兄と変わらんだろう?」
「ぜんぜん違う! オレが出会ったのは赤眼だ! それも婆さんの霊薬を使い切って、ようやく逃げ切れたくらいだ!」
ロイドは絶叫してアルベルトに当時を説明し始める。
「……ね? シンちゃん、わかるかな?」
と、マチネは白毛玉に覆いかぶさるようにして、その顔を覗き込んで訊ねる。
「アルお兄ちゃんはね、本当はすっごく強くてカッコイイ人なんだよ?」
多少なりとも八竜戦闘術を学んだからこそ、マチネもまたアルベルトのヤバさに気づき始めたってトコかね。
「……金眼の古竜から生身で生き延びた……」
毛玉もまた、バカ弟子達の会話を聞いて、素直に現実を受け止めたようだ。
「ふむ。ようやく話を始められそうだね」
場が落ち着いたのを見計らい、あたしは溜息吐いてそう漏らす。
「――本当に、ウチのモンがご迷惑をお掛けしました」
と、背後からかけられた女声の謝罪に振り返れば、両手で茶を満載にした盆を抱えた、鬼族の女がやって来る。
「……お袋っ!?」
と、ロイドが驚き――
「――奥方様!? い、いつお戻りにっ!?」
族長共はあたしの時以上にビビって、その場に平服する。
尻尾が縮こまっているのは、完全に本能だろうね。
「おう、スズカか。まったくおまえが居ながら、こやつらの弛みっぷり。
こんな時じゃなきゃ、あたし直々におはなししてるトコだよ」
「申し訳ありません。
今年は本祭の年に当たりますでしょう? 打ち合わせの為に少々里に出向いておりましたら、その隙にバカが増長したようですね……」
そうしてあたしの隣まで来て、盆を床に置いたスズカは――
「……話しは聞かせてもらったよ。
よくもまあ……」
黒留袖の裾を捌いて、その右足を振り上げる。
直後――振り下ろされたその細足によって、縁側が踏み砕かれた。
「――てめえら、スジも道理も弁えねえクズに成り下がったのかっ!!」
スズカの怒声と同時に、その魔動に触発された精霊が雷を帯び、大気を裂く轟音と共に白紫の閃光となって周囲の地面に落ちる。
「……ちょいとアタシとおはなししようじゃないかい?」




