第5話 36
「ああああ……もう、ほんっと! バカ共が――っ!!」
荒れ果てた庭のあちこちに倒れ伏したバカ共に、あたしは思わず頭を掻きむしる。
「――ほら、おまえら、ぼーっとしてないでコレでぶっ倒れてるバカ共を起こしな!」
と、あたしは量子転換炉で縁側に霊薬を量産して並べると、呆然と立ち尽くしてる連中に声をかけた。
「――は、はい!」
あたしの指示に、リディア、マリエールが真っ先に動き出す。
両腕に霊薬を抱えたリディアは、まずアルベルトの元へ。
慣れた様子で瓶の栓を引き抜くと、アルベルトの口へと中身を流し込んだ。
一方、マリエールはすでにロイドに駆け寄っていたエレーナに霊薬の瓶を手渡すと、そこらに倒れている獣属達の口に、瓶口を差し込んで回り始めた。
「――あたしも手伝うね!」
と、マチネもまた細腕に霊薬を抱え込んで、倒れている獣属の間を駆け回り始めた。
「……んで、なにがあったんだい? 説明おし」
と、あたしは縁側のすぐ下に揃って正座した、ボリスンとチャーリーに訊ねる。
途端、ふたりはボコボコに腫れた顔を地面に叩きつけ、あたしに土下って見せた。
「――すいやせん、先生っ!」
アルベルトやアリシアの『教育』が行き届いているこいつらは、自分が間違ったことをした時は下手に言い訳をせず、謝罪の姿勢を貫く。
あたしもそういうところを気に入って、あれこれ世話を焼いてやってんだが――
「良いからなにがあったか説明しな。
――その顔だ。あんたらも一緒にケンカしてたんだろう?」
「へえっ! 仰る通りです!!」
こいつらは見た目通りに単純なバカだが、バカだからこそ通すべき筋ってモンを良く理解している。
アルベルトの忠実な狗たるべく、時には理不尽とも思える中傷にさえ笑顔で耐え忍び、主人の顔を立てようとするんだ。
……そんなこいつらが――いまさら意味もなくケンカなどするワケがないって事くらい、付き合いの短いあたしにだってわかるさ。
「ほれ、さっさと説明!」
そう促せば、ふたりは事のあらましを語り始める。
「……要するにマリエールと朝稽古してたところに<竜爪>の若い衆がやってきて、ナメた口利かれたって事かい」
「……へぇ。あっしらの事ならナニ言われようと我慢できやすが――」
「アイツら……アニキの事をなにも知らねえクセに、好き勝手言われるのはどうしても我慢できなかったんスよ!」
ああ、わかって来たよ。
きっと<竜爪>の若い衆は、アルベルトが玉座を追われて二年も隠遁を続けてたくせに、いまだに王位に固執してロイドに援助を求めにやって来たとか――そんな風に捉えたんだろうね。
獣属の特性――正確には、彼らの文化の問題だね。
種属として強さに重きを起く精神性故に、敗北を正しく受け入れられない者を蔑視するんだ。
彼らの祖と同じ流れを組む、大銀河帝国東部域の戦闘民族バンドーなんかはもっと苛烈で、敗北は死――負けてなお生かされるのは恥として、自ら腹を掻っ捌くヤバい連中だって、おギンちゃんも言ってたっけ。
それに近い文化風習と精神性を受け継ぐ獣属達もまた、おめおめと生き延び、あろうことか主であるロイドに泣きついたアルベルトを蔑視するのは――まあ、自然と言えば自然か。
あたしは鼻を鳴らし、ふと気になっていた事を訊ねる。
「……ちなみにあんたら、連中と戦ってみてどうだった?」
獣属は種属的に魔動の制御――精霊に魔道を繋ぎ、通す必要のある攻性魔法を苦手としている。
反面、体内を駆け巡る魔道は人属より太く、また元々身体的に優れている為、同じ定形詞による身体強化ならば――定形詞魔法であるにも関わらず、人属が喚起するそれより高い効果を発揮するんだ。
唐突なあたしの問いに、ふたりは腫れ上がった顔を見合わせ、それから頷き合った。
「……正直、<竜爪>っつっても、若手だとこんなものか、と――」
「対人戦に慣れてねえのか、間の駆け引きに簡単に引っかかるんスよ。
や、調子に乗ってるワケじゃねえっスよ?
ただ、アレなら同じ若手でも、ヘリオス達みてーな<竜牙>の頭おかしい連中と比べると見劣りして見えちまうっていう……」
……まあ、そうだろうね。
ボリスン達、黒狼団の連中は残念ながら純血種ではない。
だが、その気構えと根性は恐ろしく座っていて、特に団長であるジョニスを始めとした、アルベルトが隊長候補に据えている五人は、あたしでも「ちょっとアレじゃね?」って思うレベルのアリシアのシゴキに耐え切っているほどだ。
「……フ、そう思えるって事は、だいぶその身体に慣れてきたようじゃないか」
――思い出すねぇ……
アリシアのシゴキでボロボロになって……それなのに――それだけやってもヤツの求める練度に達する事ができないと、悔し涙を流しながら訴えてきた時の事をさ。
アルベルトめ、本当に良い家臣を見つけたもんだって思ったよ。
紹介されたばかりの頃は、黒狼団はアグルス帝国から流れて来た元傭兵で、アルベルトに躾けられるまでは、街のチンピラをしていたと聞いて警戒していたんだが、そんな考えは吹っ飛んじまったよ。
……ああ、そうさ。
あたしはあの時のこいつらに、幼い頃の――無才を嘆くアルベルトの姿を重ねちまったのさ。
――あんたら、強くなる為ならどんな苦痛にも耐えられるかい?
そう切り出したあたしに――
――アニキに背く以外ならなんでもします!
間髪入れずに即答したからこそ、あたしはこいつらの肉体を改造してやる事にしたのさ。
再生人類である以上、生まれ持った肉体や魔道器官の脆弱さは、いくら鍛錬を積み重ねたところで純血種に及ぶべくもない。
だが、こちとらそれをどうにかしたくて、気が遠くなるほどの長い時間を研究に費やしてきたんだ。
大霊脈に接続できない以上、魂の欠落は癒せない。
子に遺伝する以上、魔道器官に施した封印の解除も、未来に禍根を残す恐れがあるから見送る事にした。
面倒な制約がある中、それでもこいつらの想いに応えてやりたくて、あたしは<書庫>を検索しまくったよ。
そうして生み出したのが――
「――へえっ!」
あたしの呟きに、ふたりは揃ってシャツを脱ぐと、誇らしげに日に焼けた背中を晒した。
そこには狼貌を模した刻印紋様が虹色にきらめいている。
砕いて粉にした銀晶と再生薬などの薬剤を混ぜて塗料にし、針でひと刺しづつ皮下に埋め込んで描いた――刺青だ。
<書庫>に残っていた古い記憶の中で、おギンちゃんが語ってたんだ。
――戦闘民族バンドーの武士は、その能力をより高める為に、元服の儀として魔道物質を塗料にして刺青を彫るんだ。
戦闘民族バンドーが、宇宙を生身で泳ぐだとか、フリート級戦艦を刀一本で両断するとかいう――常識の埒外の英雄達を多く知るあたしから見ても、やべー民族ってのは聞かされてたけど、その話は飛び切りだった。
民族文化として、魔道的な肉体改造を行ってるって言うんだからね。
――要するに外付け後付けの魔道増設をしてるってことなんだ。
おギンちゃんの古い友人だというバンドー人の女も、当然、その刺青を彫っていて、全盛期は海賊島を一振りで断ち割ってたとか自慢気に語ってたね。
当時はただただ、バンドー人とは争わないようにしよう――と、ビビらされただけの、他愛のない日常の中の一幕だったが……
その記憶こそ、まさにあたしがジョニス達に施せる最善の策だったってわけだ。
刺青だから子孫には遺伝せず。
それでいて身体に銀晶で刻まれる新たな魔道は、周囲の精霊を取り込んで純血種に近い戦闘能力をもたらす。
銀晶が身体に馴染み、魔道器官と繋がれば、こいつらが言ってたアリシアが求める練度――八竜戦闘術初伝程度なら難なく習得できるようになる。
だが、この手法は激しい苦痛をともなう事が推測された。
身体の中に銀晶という異物を埋め込むだけでも激痛をともなう。
加えて元々ある魔道を押しのけて、新たに魔道を増設するんだ。
魔道同士が干渉し合って、施術後も激痛が続き、それまでの肉体感覚との違いもあって、しばらくは寝台の上で呻く事しかできずにいたっけね。
だが、それでもこいつらは乗り越えてみせた。
団長のジョニスなんかは、今では<竜牙>の切り込み隊長であるヘリオスと真剣勝負して伍するほどだ。
すべては真っ当な人の道に戻してくれたアルベルトの為だと、こいつらは健気にも笑うんだ。
本当に、あのバカ弟子には過ぎた良い狗達だよ。
「……さて。そういう話で揉め事が起きたらしいが? それがアンタらのやり方かい?」
と、あたしは側までやって来ていた獣属の族長達に、目を細めて訊ねる。
「直接、拳を交えねば彼我の力量差を理解できないほど、十二氏族は落ちぶれたのかい?」
「……し、しかし大賢者殿――」
「――そもそも礼を尽くす者を舐め腐るのが、アンタらのやり方かと訊いてるんだっ!
フォルティナ王の御代に交わされた融和の誓い――それを成した祖霊達も、今のアンタらにゃ呆れてるだろうよ!」
あたしの一喝に、族長達は身体を震わせてその場に跪く。
「――そ、そのような事は……」
「血気に逸る若い衆の……そう! やんちゃが過ぎただけなのです!」
「しっかり躾けておきますので、なにとぞお許しを……」
あたしは思わず鼻を鳴らす。
若い衆を切り捨てて、保身に走ろうってのかい。
こいつらにも躾が必要なんじゃないかね?
基本的に族長は世襲で、親の跡を継げば自動的にラグドール評議会の議席をも得る事になる。
武家氏族の者は襲名までは<竜爪>で騎士になるのだが、年寄りばかりの族長達にとっては、もはや遠い過去の事なのだろう。
血の気の多い若い衆に、保身的で日和見な族長達。
ラグドール当主が二代に渡って領を離れていた弊害なのかねぇ……
――懸念事項がまた増えちまったよ……
そんな事を考えながら、あたしは深い溜息をついたんだが――その時。
「――お言葉ですが、大賢者殿!」
やけに甲高い声で、あたしに反論する奴がいた。
そいつは他の族長達のように跪く事なく、胸の前で両腕を組んであたしに吼える。
「――若様にタカろうという害虫を駆除する事の、なにが悪なのか!」
卸したての紋付き姿を身に纏った、幼い獅子族の子だ。
白い幼毛がまだ抜け落ちてないから、おそらくマチネとそう変わらない歳だろう。
そんな子供が、他の族長達のように臆することなく、あたしに意見しようってのかい。
「……面白い事を言うじゃないか。毛玉」
あたしは笑みを浮かべてその毛玉を見下ろし、そう言ってやった。
「――なら、おまえはその害虫に勝てるって言うんだね?」




