第5話 31
「――ハクレイ様が、その通りだと仰ってます。
苦手分野と言う割によくわかったね、と――」
……やはりそうか。
「あたしもこの星の再生人類の欠けた魂をなんとか修復できないものか、畑違いとはわかっていたが、それなりに魂や霊脈については研究したからね」
その過程で生まれた技術が、魔道刻印への封印であり、魔道器官の移植技術なわけだが……
まあ、その辺りの研究――実験内容が、現在の倫理観から外れているのはよくわかっているから、リディアに聞かせるつもりはないけどね。
「魔道器官の置換による躯体換装――身体の入れ替えだって、脳や魔道に残る記憶の残滓に侵食されて人格障害が起きるんだ。
霊脈に拡散して隠蔽された記憶をいくら集めたところで、元の身体の魂を乗っ取るなんてできないだろうさ」
――恐らくは記憶が流れ込んだ直後はふたつの記憶の齟齬を埋めるために、自身をエルザと認識するかもしれないが、時間の経過と共に本来の自我認識が強くなり、『前世の記憶』と認識するようになるはずだ。
そう、あたしの見解をリディアに説明すると、彼女はうなずきを返す。
「はい。だからこそ、ハクレイ様はご自身を失わない為に、<流転>では人工幽属という魂の容れ物が構築される手順を加えたのです」
「だが、エルザは気づかなかった」
「彼女は実験体による検証だけで、<転生>は完成したと考えていたようでして」
……主観による検証が済んでいなかったからこその落とし穴、か。
自身を使った臨床実験なんて、魔道科学者の基本中の基本だろうに。
――いや……
「そういやそもそもヤツは本来、自身の複製体という空っぽな器への転生を想定して、この魔法を用意していたんだったか……」
複製体への転生に成功して、魔法の完成としたのだろう。
「クク……ヤツもよもやこんな銀河の外れも外れで、自身を滅ぼしうる存在が居るとは思いもしなかったって事かい」
あたしが居る事は想定していたのだろうに、<青の旋風>の使い手が生まれている事は想定外だったんだろう。
いや、そもそも公的には<虹閃銃>自体が<大戦>以降は所在不明って事になってたはずだから、あたしの手に戻ってきてるとは考えてなかったのかもね。
「――七賢者をナメるから、そうなるのさ」
ハク姉を捕らえられた事で、あたしらを過小評価していたって事だ。
「――それはさておき、だ」
あたしは新たに煙草に火を着けて、紫煙を天井へと噴き出す。
見上げた窓の外――月はすっかり西に傾き、夜空もわずかに淡んできている。
夜明けが近いようだね。
随分と話し込んでしまった。
「話をまとめると、狂魔道学者エルザはすでに亡く、今この星に在るのはヤツの記憶を引き継いだ再生人類――いや、改造人種ってワケだね?」
――それも、恐らくは高位貴族に転生しているはず。
「はい。ハクレイ様はこの国の霊脈域を掌握しているセイラ様なら、たやすく見つけられるはず、と仰ってます」
「たやすくって……ハク姉はあたしを買いかぶり過ぎだよ。
今はコラムの中枢たる庵を離れちまってるから、全域の精密走査なんてできやしない」
そしてエルザの記憶を持つ者が高位貴族に転生している可能性がある今、庵に――王都に戻るのは悪手だろう。
相手はもはや本人ではないとはいえ、<転生>なんて大魔法を生み出すほど霊脈と魂に精通したエルザの記憶と知識を持っているんだ。
至近で霊脈精査を掛けたなら、あたしや地下大迷宮の庵にも気づくだろうさ。
どんなヤツがエルザの記憶を継承したのかはわからないが――わからないからこそ、庵に設置してある霊脈整調器を見つけられたら、どう用いられるかわからない。
と、そこまで考えて、あたしはふと気づく。
「――いや……あるじゃないか」
フフ……このタイミングで、あたしがこの地にいるのもまた、幸運度偏向理論ってやつなのかね。
「――<天体制御樹>!
アレの霊脈干渉機構なら、国内の精査くらいは容易いはず!」
元々六基でこの星の霊脈すべてをカバーしていたんだ。
なによりアレはこの国の霊脈に根ざして、すでにその一部となっている。
だからこそ、霊脈に過干渉があったとしてもいつもの災害のひとつとしてエルザの記憶を持つ者も気にも留めないだろう。
経年劣化なんかで多少の破損はあるだろうが、この国の精密走査はできるはずだ。
「……となれば、祭祀場の制御器ではなく、本体まで行って主核の封印をいじる必要があるか?
スクォール捜索にフォルス大樹海に送り込む人員から、精鋭を選抜して――ああ、<竜爪>の化生兵装も解禁する必要があるね……」
と、あたしは頭の中で今後の計画を組み立てていたんだが――
「あの、セイラ様……」
リディアに呼びかけられて、あたしは思考を引き戻される。
「ん? なんだい?」
顔を上げると、リディアはあたしの目の前を――そこで明滅を繰り返すホロウィンドウを指差していた。
<鳥>の魔道器が普及して来た頃に、あたしが人類のさらなる発展の為に共用<書庫>に書き加え、数年前に王宮魔道士が発見、公開した<伝話>の魔法だ。
まあ、王宮魔道士が発見したのは、あたしが書き込んだ原型そのままのものだから、王宮魔道士数人がかりで喚起する儀式魔法となっているんだけどね。
いずれ研究が進めば、あたしらが使っている発展型のように、ひとりでも気軽に喚起できるものになるだろうさ。
ホロウィンドウに表示された呼び出し名はクロだった。
「なんだい、まったく。定期報告なら昼に済ませたろうに……」
思索を邪魔されて毒づくように呟きながら、あたしはホロウィンドウに触れる。
ホロウィンドウの文字だけだった画面に、幼生形態のクロの顔が大映しで投影された。
『――あ、やっと繋がった! 年寄りが早寝なのは知ってるけどさ、急いでるんだから、さっさと出てよ、主!』
開口一番、悪態を吐く眷属に、あたしは顔をしかめた。
どうにも外に出てからというもの、主への敬意ってのを忘れてるような気がするねぇ。
バカ弟子から悪い影響ばかり受けてる気がするよ。
「――え? クロちゃん? えぇ!?」
と、クロの幼生形態を見るのは初めてなのか、リディアが驚きの声をあげていたが、とりあえず今は置いておく。
眷属の減らず口を正すのも、別の機会にするとしよう。
あたしは煙草を一息呑んで、イラつきを抑え込む。
「――急いでるって、なにかあったのかい?」
クロには<天象騎>への先触れと、樹海に潜んでいると思われるスクォールの捜索を頼んでおいたんだが……
『――コレ! コレ見て!』
クロがホロウィンドウから身体を離す。
どうやら森に潜んでいるのか、暗闇の中に生い茂った木々や藪が見え、その向こうに――
「……ふむ……」
廃村の広場に篝火が焚かれ、並んで建てられた五張の軍用天幕が照らし出されている。
その周囲には見張りの衛士が五人ほど立ち、三騎の兵騎――王宮騎士団制式騎が駐騎しているのがわかった。
「……騎士団一個小隊ってトコか? こりゃ何処だい?」
『――スクォールの故郷だった村!
ボクも本祭場でこいつらを見つけてさ、それで慌てて潜入して連中の目的を探ってみたんだ』
あたしの<書庫>に接続できるクロは、魔動出力の問題でそのすべてを喚起できるわけではないが、それでもローダイン王族並みの戦闘能力を持っているからね。
弛み切った王宮騎士には気づかれる事なく、潜入できただろうさ。
「で、なんだって連中はこんなトコに?」
『――それがさ、スクォールを捕らえようとしてるみたいなんだよ。
異端魔道士として、捕縛命令が出たって!』
「……命令の出処は?」
あたしの問いに、けれどクロは首を横に振る。
『ゴメン。そこまではわからなかった。
極秘作戦で、しかも非正規活動として動いてるみたいで、命令書なんかもなかったんだよ』
「……連中にしては、ずいぶんと用意周到じゃないか」
だが、だいぶ繋がってきたね。
今、スクォールを求めるとしたら、リグルドかあるいはエルザの転生体だろうさ。
リグルド――その内に巣食ったレオンは、自身の復調とより強い肉体を獲得する為。
エルザの転生体は、エルザの記憶によって青の鍵の存在を思い出し、より強い魔道を求めて、鍵の断片を持つスクォールに目を付けたといったところだろうか。
『――主、どうする? なんならこれからボクがひと暴れして潰しとこっか?』
意気込みながら拳を振るって見せるクロに、あたしは首を横に振る。
「……いや、導師級の魔道士を相手取ろうってのに、一個小隊しか用意してないのが気にかかる。
連中に指示したヤツだって、今の王宮騎士団の状態はわかってるだろうに。
なにかしら切り札があると考えるべきだろう」
と、あたしはアゴに手を当ててホロウィンドウを見つめ、思考を巡らせる。
……ふむ。その切り札を連中に切らせるには、だ……
「――クロ、スクォールの所在はわかってんだね?」
『え? うん。そのついでにアイツらを見つけちゃったんだ』
その言葉に、あたしは煙管の吸口を噛んで、笑みを浮かべる。
「じゃあ、話は簡単だ」
『ま、まさか……』
天幕を指差して笑うあたしに、クロもリディアも顔を引きつらせた。
なんだい、こんなの戦術の基礎も基礎だろうに。
「――両者をぶつけ合わせて、おいしいトコだけ頂こうじゃないか!」
さあ、忙しくなるよ。
すっかり白み始め、鳥のさえずりが聞こえだした空を見上げて、あたしは中断していた計画案――今日のタイムスケジュールを修正して組み上げ直していく。




