第5話 30
わたしは咳払いをひとつ、お茶を飲んで気を取り直すと、説明すべき事を頭の中で整理します。
エルザが生き延びる際に用いた魔法――<転生>は論文公開されていない為、そこに至る理論の説明が多岐に渡るのです。
『――おセイちゃんなら、これを挙げれば伝わるはずよ~』
と、ハクレイ様が助け舟を出してくれました。
これまでも時折、視界に文字を表示するという形で助言してくださっていたハクレイ様ですが、<白の記憶>を喚起した事で、より深くわたしの魂に定着したのか、先程からこうして声で語りかけてくれるようになったのです。
「ええと、まずエルザが生き延びる為に喚起した魔法は、次の文献を参考に構築されています」
そう告げて、わたしはハクレイ様が挙げた情報をそのまま大賢者――セイラ様に告げます。
――ル・グラームス著『個と全』
――アブドゥル・ジャナム著『大霊脈における深層領域の考察』
――バルト・オーティスの第二回講演説話『昇華論』
――ケンゾウ・カンベ著『自分を見つめて……』の第三章十六節。
「んん!? おい、リディア。それって……」
目を剥くセイラ様に、わたしはうなずきを返します。
今挙げたのはすべて同一の著者の手で記されたもので、そのすべてが人類会議によって禁書指定を受けているのです。
「――ドクター・サイコパス……エルザはヤツの縁者だってのかい?」
その名は既知人類圏――特に魔道科学界においては、ハクレイ様の師にあたるマツド博士と双璧を成すほどの人物を指すものです。
災厄人類指定三号――狂魔道学者としては初の災厄認定を受けた人物。
ハクレイ様の記憶によれば――
彼の実験によって、とある星間国家がまるごとひとつ滅んだ事で災厄認定を受けたのだそうです。
――百二十兆もの人々が一斉に発狂して争い始め、銀河標準時にしてわずか一時間で、その国家の居住可能惑星はすべて消滅したのだとか……
『縁者というより直弟子なのよねぇ』
「大賢――セイラ様、彼女は<特待生>のひとりなのです」
それはドクター・サイコパスが主宰する教室における、上位六人の生徒に与えられる呼び名です。
「……なるほどね。
たしかおギンちゃんが、昔、獣属の<特待生>とやりあった事があるって言ってたっけ。
酔っぱらいの戯言と思ってたけど、本当に存在したのかい……」
そう呟きながら、セイラ様は目を閉じ――きっと<書庫>に収めた例の文献を参照しているのでしょう――、すぐに呻いてアゴを撫でました。
「……むぅ。つまりハク姉の<流転>は、エルザの魔道理論を下敷きに、より確度を上げた魔法って理解で良いかい?」
すべて理解したとでも言うように、セイラ様は仰います。
『ね~? おセイちゃんってば、霊脈や魂関連は苦手だって言ってるけど~、まったく理解してないワケじゃないのよ~?』
と、わたしに語りかけるハクレイ様はどこか誇らしげです。
――ええ、そうですね。
そもそもセイラ様は二年前、魔道を歪められたアルを助けるために、クロちゃんの核――法器そのものを代替魔道器官として移植しているのです。
アルとクロちゃんの魂に影響を及ぼすことなく。
バートニー村に帰る道中、魔獣と戦うアルを見て、ハクレイ様は驚いていましたからね。
――ひとつの身体にふたつの魔道器官を容れながら、それぞれ個別に意思を保ったまま共生させるなんて、お姉ちゃんには思いつかないわ~
と、視界一杯に驚きの文章が表示されて、何度も転びそうになったものです。
ハクレイ様が挙げられたドクター・サイコパスの文献はすべて、霊脈と魂に関する考察資料です。
既知人類圏の人類が、三女神の加護によって霊脈を記録媒体と通信に利用しだして幾星霜。
SNSと名付けられたその加護領域外――霊脈の深層にあるとされる未使用領域には人類の無意識集合領域が存在し、そこに関連付けられた自身の魂を抽出することで、精神的な不死に到れるのではないか――という、神様の御業のような理論が、まったく別の理論の中に巧妙に偽装されて散りばめられた資料なのです。
――『昇華論』は宗教団体の説法会で解かれた講演内容ですし、『自分をみつめて……』などは、小説だったりするくらいです。
正直、ハクレイ様に知識を与えられただけに過ぎないわたしには、言葉の意味こそ理解できるものの、発想や技術そのものを理解はできそうにありません。
「――整理しよう。
エルザは自身の魂を<書庫>として霊脈に分散記録し、肉体が完全破壊――死を迎えた時にそれが集められて他者に宿るって事だね?」
「はい。彼女は<転生>と呼んでいたようです」
「……転生、ね。なるほど、あたしの理解が正しければ、まさしくそうだ」
セイラ様はソファの下に落ちていた煙管を念動の魔法で拾い上げ、袖口から取り出した煙草を詰めて火を着けました。
「そこまではわかる。あたしも論理だけなら一晩あれば構築できるだろうさ。
――だが、どうやって新たな器を用意する?」
セイラ様の問いに、わたしはハクレイ様の記憶を観ながら応えます。
「……元々は自身の複製体――用途に応じて調整した躯体を用意していたようなのですが、アリシアに滅ぼされる事になったのは、本人も想定外だったようでして……」
一息。
わたしはハクレイ様によってもたらされた、隣国のおぞましい魔道実験を思い出しながら、吐き出すように続けます。
「エルザはアグルス帝国で入手した、再生人類――いえ、改造人種の魔道器官への接続キーを用いて、転生先に設定したようです」
「――待て。改造人種とその接続キーだと?」
『あら~、おセイちゃん、気づいてなかったのね~?
まあ、ずっと地下に引き籠もってたみたいだし、仕方ないのかなぁ』
ハクレイ様は困り声で仰っしゃりながら、さらに説明の為の知識をわたしに提示します。
「ええと、アグルス帝国では天帝の次の身体を生み出す為に、様々な生体実験を行っていまして」
「ああ、再生人類だけじゃなく、純血種や異属――種の別なく片っ端から試しまくってるって聞いたね。
まるであたしを生み出したA.T.C計画みたいだって思ったもんさ」
「――その過程で、帝国の魔道士達も魔道器官の封印を発見し、その応用技術を生み出したのです」
その一言だけで、セイラ様はおよその理論を把握なさったようです。
深く煙草を吸い込み、天井に向けて紫煙を吐き出します。
「……なるほどね。それで改造人種、かい。
大霊脈に接続できていないゆえに脆弱な、再生人類の魔道器官に他者が接続できるように細工を施したんだね?」
「はい。アグルス帝国では呪法から派生した技術と認識されているようです。
――エルザは帝国で入手したその接続キーを解析し、接続できる範囲をこの星の再生人類全体に拡大したのだと、ハクレイ様から教わっています」
「……ふむぅ。転生先が再生人類に限定されるのが救いか。
純血種の身体に入られてたら、ヤツの魔動から言って最低でも大銀河帝国騎士クラスになりかねないからね」
もう一度煙管を吸い上げてセイラ様はそう呟き、灰皿に灰を落としました。
「――魔法の効果範囲は?」
「喚起時に接続していた霊脈域全域です」
「となると、我が国全土って事かい。
――転生先の選定はどのように?」
セイラ様の矢継ぎ早な問いに、思考が置いてけぼりにされそうですが――
『――はい、これ~』
ハクレイ様がまた助けを出してくれました。
「え、ええと……同一コラム内で強い魔動を持ち、生活環境が優れた人の元へ、記憶が収束するように設定、されていたようです」
「……生活環境を条件に入れる辺りがいやらしいね。
まあ、研究には金がかかるから、わからんでもないけどね。
――となると純血種ではない貴族で、魔動が優れた者って事かい。
……だいぶ絞れるね……」
煙管に新たに煙草を詰め込みながら、セイラ様はわたしにさらに問いかけます。
「――一番大事な事なんだが……転生後の人格の主体はどっちにあるんだい?」
煙草を吸い込み、口から離した煙管でわたしを指しながら――
「ハク姉がわざわざ別に魔法を作り直したんだ。問題があるんだろう?
――あたしの推測通りだと……ヤツの論理では、転生されるのは自我じゃなく、記憶だけ……そうだろう?」
にやりと笑みを浮かべるセイラ様。
それを見て、ハクレイ様はわたしの中で歓声をあげました。
『――だ~いせいか~い! さっすがおセイちゃんね~』




