第5話 29
「……今のアンタはどういう状態なんだい?」
ひとつの魂に欠片とはいえ、ハク姉という別人の魂が宿っているんだ。
人格の同一性が保たれているのかは、確認しておきたい。
元々バカ弟子みたいな口下手相手にも正確に言葉を読み取っていたリディアは、あたしの問いかけた意味も正しく理解したようで。
「――基本的にハクレイ様は<白の叡智>の時のように、わたしの魂の深奥に居られるようです。
ただ、以前のように眠っているワケではなく……わたしを通して外界を観測なさったり、霊脈を通してこの世界の知識を吸収なさっているようでして……」
「ああ、基本的にハク姉は大霊脈に引き籠もるのが大好きな、霊脈没頭者だったからね。
アンタの中だろうが大霊脈だろうが、変わらないってことかい」
だからこそ魔道器に封じられてなお、自我を維持できたとも言えるだろう。
「あと、先程のように、危機の際にはわたしの身体を使って守ってくれたりも……」
「あたしの魔動に打ち勝つほどの念動魔法は、ハク姉の仕業だったのかい」
不意打ちだったとはいえ、あたしはリディアがエルザだと思った瞬間、耐魔道結界を多重に張り巡らしていたんだ。
それごと押し退けるなんて発想、戦闘慣れしてないリディアが思いつくワケがないと思っていたが、ハク姉ならば納得だ。
ハク姉自身はそれほど戦闘に長けた人ではないが、周りにいた親しい友人連中が英雄クラスの頭おかしいヤツらばかりだったからね。
自然、自身が実行できるかはともかく、その発想だけは連中に影響されてか、トンでもなものが蓄積されているのさ。
「……今のアンタの状態はわかった。
要するにアンタの魔道器官と魂を擬似的に<白の叡智>化しているという事だね。
それで……将来的にはどうなるとハク姉は言ってるんだい?」
ひとつの器にふたつの魂……少なくともあたしがこの星で行った実験では、長くどちらもが残ると言うことはなかった。
「こんなに長くアンタと話すのは初めてだけどね、アンタ、ちょいちょい思考が飛んでるんじゃないかい?」
それこそがなにかしらの弊害とも考えたんだが……
「あ、それは……」
と、リディアは顔を赤らめて、両手を振った。
「……その……恥ずかしながら、植え付けられた知識や<書庫>を持て余していまして……
知らなかった事を識っている事にされているので、興味があちこちに飛んでしまって、ついつい会話がおろそかになってしまうと言いますか……」
「――あ、そっか……」
あたしはそんな単純な事を失念していた事に気づき、思わず手を打ち合わせる。
ローダイン王族が七歳から鍛錬を始めるのは、それがあるからだ。
自我がある程度確立した早い段階で、促成教育器によって知識を植え付ける事で、それが当たり前のものと認識させるのさ。
「そういや、ヨークスもそうだったねぇ……」
リディアの先祖であるヨークスもまた、元服を迎えてから鍛錬を開始したもので、促成教育器によって植え付けられた知識に違和感を覚えていたようだった。
あたしが選別した限定的な知識だけでもそうだったんだ。
ハク姉の膨大な知識を受けたリディアなら、なおのことだろう。
「ええと、わたし自身への弊害については、ハクレイ様も断言はできないそうですが――恐らくは時間の経過と共に主体となる人格に溶け込んでいくのではないか、と。
ただ、それはすぐではなく――わたしの子や孫へと鍵と共に受け継がれていく中で、いずれ自然にその魂に同化していく事になるのだろうと、そう仰ってます」
困ったような表情を浮かべながらそう告げるリディアを見るに――
「……あたしが躯体を用意する、と言っても無駄なんだろうね……」
「はい。大賢者様と再会できただけで大満足だから、あとはのんびりと過ごさせて欲しい、と。
……そうしてその記憶を、いずれ死を迎えた時に今もまだ囚われているご自身達に識らせる事で、彼女達の希望にしたいのだと――そう仰ってます……」
「……そっか」
また込み上げそうになる涙を、目を瞑って強引に引っ込める。
それがハク姉の意思ならば、あたしはせいぜい失望されないように踏ん張るだけさ。
――あたしはもう、ハク姉にすがりついてばかりいた、甘ったれの小娘なんかじゃないって見せてあげるよ!
心の中でハク姉にそう語りかけ――あたしは両手で頬を張って、リディアに視線を向ける。
「――だ、大賢者様!?」
「ああ、自分に喝を入れただけさ。
それよりリディア、アンタは仮にも白の賢者の叡智を受け継いだんだ。
あたしの事は名前で――そうだね、本当の名であるセイラと呼ぶ事を許すよ。
もちろん他人の前では勘弁だけどね。そん時はバカ弟子達のようにアジュアと呼びな」
ややこしいとは自分でも思うが、ハク姉があたしとフラー――フウラだけに与えてくれたあの真名を、そこいらの誰かに呼ばれたくはないのさ。
そうしてあたしは量子転換炉を喚起して、一振りの魔道杖を創り上げ、リディアに差し出す。
かつて、モノベ先生があたしにそうしてくれたように。
あたしもまた新たな同胞に言祝ぎと、その足取りを支える品を贈ろう。
「いまこの時よりリディア・バートンを、青の賢者の名において白の賢者の後継と認める」
本来なら七賢者の襲名は、賢者二名以上の推薦と帝国議会の採決が必要らしいが、こんな銀河の外れも外れでそんなものは不要だろう。
いや、ハク姉もまたリディアを認めているんだ。
条件はほとんど満たしているじゃないか。
「ま、今はまだ賢者見習い――色持ちを名乗るにゃ、早い気もするけどね」
と、あたしはモノベ先生があたしにそうしたように、片目を瞑ってリディアに笑いかける。
「――もしこれから外界を識る者に出会う事があったなら、その名に<白>を加えて名乗るんだよ。多少はハッタリが効くだろうさ」
驚きの余り金色に染まった目を見開いていたリディアだったけれど。
――きっとハク姉からなにか言われたんだろうね。
不意に表情を引き締めると、恭しく両手であたしから杖を受け取り、頭上に捧げ持った。
「――リディア・バートンは……青の賢者の承認を以って<白>を襲名し、以後、受け継いだ叡智とわたし自身のすべてで、人類の繁栄と発展に全霊を尽くす事を<世界>に刻みます」
紡がれた言葉は襲名の定型文だが、リディアのその目に浮かぶ決意は確かに本物だ。
「ああ。頑張んな……」
と、あたしはリディアの頭を撫でて、それから再びソファに腰を落とす。
フフ……まさかあたしの子孫に白の賢者が生まれ――あたしがその襲名認定まで行う事になろうとはねぇ……長生きして本当に良かったよ……
リディアもまた座るのを待って、あたしは残る問題に取り掛かる事にする。
「さて、あとはエルザの行方、だったね。
アンタとハク姉の状態を聞かされた今なら、おおよそ予測ができてきたが……」
あたしはさっきハク姉がしていたように、自分の顔の左右に両手を立てて、前に突き出して見せる。
「ハク姉に言わせると、あたしはこうらしいからね。
答え合わせをしてもらおうか、新米白の賢者殿?」
からかうようにそう呼んでやれば、リディアは与えたばかりの魔道杖を脚で挟み、わたわたと両手を振った。
「――め、めぐせじゃ! 頼むはんでなめっこで呼んでけへ!!」
……うん、慌てると素の口調が出てしまう辺り、リディアもやっぱりあたしの子孫なんだねぇ……




