第5話 28
……しばしあって。
まるでハク姉の代わりとでもいうように、あたしを抱きしめるリディアに急に気恥ずかしさを覚えて、鼻をすすって彼女から身を離した。
「ズズ……あ、あ~、さすがに寒くなってきたね。
そ、そろそろ中に入ろうじゃないか」
あからさまな照れ隠しなのは、自分でもわかってる。
リディアだってお見通しだろう。
だがリディアはなにも言わず、バルコニーから部屋に戻るあたしの後に付き従い、テーブルのティーセットでお茶の用意を始めた。
魔法を日常生活に使うのに慣れているリディアの手によって、ポットに注がれた水はまたたく間に湧き上がり、そこに茶葉が投入されてふわりと温かい香りが室内に満ちる。
カップに注がれた茶をすすり、あたしは一息。
一晩の内に二度も大泣きさせられるとは思わなかった。
というか、あんなに泣いたのは、アベルを失くした時以来だよ。
そんな気恥ずかしさを押し隠し、あたしは対面のソファに腰を降ろしたリディアを見つめる。
「……さて、ハク姉が――正確にはその魂の欠片と人格を人工幽属に移したと言ってたかい?
……便宜上、その状態を分け御魂とでも呼ぼうか」
北天通商連合や大銀河帝国東域の民の祖となった民族の伝承で、そんな概念があったはずだ。
祀っている祖霊神や土着の神をよその土地に移す際、その神が宿る祭器と同様の器を用意して神を分かたち、新たな土地でも同一の存在として祀るのだとかなんとか――おギンちゃんが昔、そんな話を聞かせてくれたっけね。
「――あたしの推察だと、ハク姉の分け御魂化の魔法は、器となっている<白の叡智>が破壊される事によって、自動で喚起されるようになっていた。
――そうだろう?」
恐らくはマッドサイエンティスト達がよくやる、自爆の魔道理論の応用のはずだ。
「仰る通りです。より正確に申し上げますと、<白の叡智>の保有者が自爆魔法を喚起するのに連動して喚起されるように定義付けられています」
「あ~、なるほどね。
喚起反応をひとつにする事によって、分け御魂が霊脈に逃れたのを周囲に悟らせないようにもしてあるのか……
わからないのは、なぜハク姉がアンタに宿ったのかって部分なんだが……」
「それもあの魔法――<流転>とハクレイ様が名付けられた、奇跡の特性なのですが、霊脈に解き放たれた際、七賢者の魔動を探知するように設定されていまして――」
そこまでの設定を、脳と魔道器官だけの状態で編み上げたハク姉は、やっぱりすごいな……
「ご本人が見つからない場合、二次走査としてその血縁――親しい魔動保有者に流れ着くようになっていたのです」
「なんだい。じゃあ、アンタは村で聞かされる前に、あたしの子孫だって知ってたのかい?」
「はい。祖先が大昔は傭兵団として国内を巡っていたという話自体は、幼い頃に父から聞かされた事がありましたので……
その何処かで、降嫁された王族の血が混じったのではないかと、あの時は考えました」
さすがにその傭兵団の祖が、隠された王子――ヨークスだとまでは思わなかった、か。
「……整理すると、だ。
たまたまアリシアがエルザを仕留めたタイミングで、たまたま魔道器官の封印を解除したアンタが、さらにたまたま魔物から身を守る為に霊脈に接続した結果――たまたま<流転>によってハク姉がアンタに気づいて、宿ったってワケかい……」
……そもそもエルザがこの星に気づいたのもそうか。
ヤツは「しばらく前に不可解な時震を観測した」って言ってたが――恐らくはティナが月の竜属を調伏した時の事を言っていたんだろうさ。
魂を燃やして帝国近衛――いや、八大竜王クラスまで魔動を引き上げたティナと竜属の激突は、時震を引き起こして月の裏側を砕いたそうだからね。
あたしはカップの中身を一気に煽り、深々とため息を吐いて頭を掻いた。
「――天文学的な確率の偶然の積み重ねによって至る必然……」
運命論者だったマツド先生の後継たる、ハク姉らしい魔法だ。
……いや、百の<白の叡智>すべてに同様の仕掛けが施されているのなら、まったく勝算のない分の悪い賭けというほどでもないのだろうか。
現にハク姉は、こうして既知人類圏から遥かに離れた未知領域の深奥で、見事にリディアに巡り合ったのだから。
……実に不本意だが――この『運命』に関しては、<三女神>に感謝してやっても良いだろう。
「だが、惜しまれるのは、あと少しバカ弟子があたしを喚び出すのが早ければってトコかねぇ……」
運命相手に言っても仕方ない事なのはわかっているが、愚痴るくらいは良いだろう?
あとほんの少しだけタミングが早ければ、ハク姉はあたしに宿ってたはずなんだ。
……まあ、そうなったらリディア達は魔物に殺されていただろうがね。
そういう意味では、あたしの法器――バカ弟子が世界に及ぼす幸運度偏向理論は、ハク姉の『運命』さえも取り込んで、自身だけではなく周囲の者へも影響を与えると……そう実証できたって事で――まあ、そう思う事で我慢するとしよう。
――それはさておき、だ。
「……今のアンタはどういう状態なんだい?」
あたしはリディアの説明の間に湧き上がっていた疑問を、直接訊いてみる事にしたんだ。




