第5話 20
「――さ~て、ここは何処だい?」
制御器に開いたホロウィンドウが示している位置座標は、フォルス大樹海の南西域中層部。
今、ボクがいる祭祀場からは北西に十数キロの地点だ。
ボクはホロウィンドウを俯瞰視点に変更。
およそ直径一キロほどの円形に切り拓かれた間隙が、そこにはあった。
その円形広場の中央には、周囲を覆う樹海の巨木よりさらに高い――三〇メートルほどの構造物が、やや南側に傾きつつも屹立している。
構造物の根本――スクォールの背後には、ちょっとした貴族の屋敷くらいの大きさをした灰色の壁の建物があって、その周囲には十数戸の木造家屋が建ち並んでいた。
ちょっとした村の規模だ。
『――あ……これ、フォルティナに斬り飛ばされた、オレっちの右腕っスね』
と、ウェザーが村の中央にある構造物を指差して告げる。
「んん!? マジで?」
と、ボクは制御器を操作して、ホロウィンドウに映る構造物に解析をかける。
「……赤銅光結晶と闇青銀の銀晶触媒融合合金――」
それは<万能機>が戦線に初投入された際、その激戦の最中に自己進化の過程で生み出した特殊結晶合金だ。
賢者委員会の叡智をもってしても、再現どころか破壊することさえできず、<大戦>後のゴタゴタでその存在すら忘却されていた、遺失技術の産物。
それが再現可能となったのが、ボクらの移民船団が未知領域に分け入り、大霊脈の通信可能領域から離れようとしていた頃だ。
スカーレット先生が製造法を記した論文を七賢者共用<書庫>に公開し、竜星晶と名付けたんだ。
主はさっそくその論文の実証実験として、<天体制御樹>試作機、カオスを建造したんだよね。
まあ、アレは魂を容れない躯体だけの――本当の意味での試作だったけどね。
実証実験機の成功に、竜星晶の再現性が確かなのを確認して、主はウェザー達、六基の<天体制御樹>を生み出したんだ。
竜星晶の構築には量子サイズの処理が必要で、量子転換炉が必須となる。
加えて配合比や結晶構造の融合が複雑怪奇で、主をしてもスカーレット先生の論文無しには絶対に生み出せない合金なんだ。
そもそも赤銅光結晶や闇青銀自体が、<大戦>末期になってようやく帝国近衛や英雄達の決戦騎体に用いられるようになった特殊魔道物質だ。
それを<大戦>初期の段階で生み出し、その合金化まで行っていたというのだから、<万能機>の自己進化機構ってのは、本当に人類の先を行っていたんだと思う。
ボクも昔、幻創に挑戦した事があるけど、見事に失敗した。
ナノ秒スケールで構成量子の構造置換を繰り替えして原子核を融合させて行かなくちゃだから、ボクのちっぽけな脳の処理速度じゃ計算が追いつかないんだ。
つまりこの星に存在する竜星晶はすべて主の手によるもので、あれほどの規模の構造物に用いられているのは、<天体制御樹>以外にはありえない。
「……マジでキミの腕じゃん。
てか、フォルティナってアレをぶった斬っちゃってたんだねぇ……」
あの時のボクは、主と一緒にウェザーが起こす異常気象を収めるのに忙しくて、戦闘を直接見てなかったんだ。
魔道科学における分類では『柔らかい物質』に分けられる竜星晶だけど、それは柔軟性と弾靭性に富んでいるからで、純粋な硬度は既知人類圏屈指といえる。
そんな物質を――フォルティナは王騎の膂力と、構造強化しただけの鋼鉄の剣で斬り飛ばしたっていうんだ。
主がフォルティナをあの瞬間だけは英雄級と評したのも納得だよ。
ボクはホロウィンドウに映る、ウェザーの右腕の解析情報を精査する。
「……ああ、なるほど。
主核から切り離された事によって、本来の精霊吸収構造が復活――躯体制御結束点が主核への接続を求めた結果、霊脈に接続しちゃってるのか……」
『――どういうことっスか?』
意味がわからないとでも言うように、ウェザーは首を傾げた。
「……自分の身体のことだろうに」
『自分の身体の事だからこそ、どうやって動いてるかなんて気にしたことなかったっス!』
などと、ウェザーは偉そうに胸を張って見せやがる……
「あ~、まあ普通はそうか……」
騎士達にしたって、どうやって兵騎が動いてるのかを正しく説明できる者は少ないもんね。
「わかりやすく言うと……あの腕は、切断されたからこそ霊脈に接続できて、今も自己再生機能によって生きてるんだ」
『へ~……てことは、繋げたらくっつくってコトっスか?』
「本体のトコまで運べたら、ね」
三〇メートルを超える巨大構造物を、フォルス大樹海の深奥まで運搬する手段なんて、ローダイン王国には存在しない。
『実質、無理ってことっスか……』
「少なくとも今はね」
いずれもっと技術が発展したら、わからないけど。
「それより……キミの腕があそこにあるから、スクォール達はああしていられるんだろうね」
と、ボクは再びホロウィンドウに視線を向けると、村人と思しき若者達と共に、畑仕事に精を出すスクォールが映し出されている。
「彼ら自身気づいてて、あそこに住んでるのかな?
……柵は構えているようだけど、周囲に結界すら張ってないトコを見ると、たぶん、気づいてるんだろうなぁ……」
『――なにがっス?』
「あの腕が持つ特性にさ。
霊脈と精霊を吸い上げ、稼働状態にあるあの腕は――だからこそ竜星晶の特性である対EX-T波を発している」
その説明に、首を傾げるウェザーにボクはため息を吐く。
まさかここまで自分の身体について無頓着だったなんて……
「わかりやすく言うと、物理界面に存在しない<這い寄るもの>を物理的にぶん殴る為に、界面を同期させる振動波を垂れ流してるんだ。
<三女神の唱歌>と同じ原理なんだけどね。
<大戦>でさんざん利用したものだから、<這い寄るもの>本体はそれを忌避するようになってね。
当然、その眷属器――魔物も避ける性質を持つようになったんだ」
『あ、だからオレっちの躯体は、近くに疑似<誓約>の綻び――えっと、侵災って呼ぶんでしたっけ?
――アレがあっても、眷属器は襲ってこないんスね』
「そうだよ。そして主がキミの躯体を悪用されないように樹海に解き放った攻性生物も、対EX-T波を友軍信号として認識するからね。
あの腕があるから、彼らは大樹海でも無事に生活できてるってワケさ」
魔獣避けの効果は特にないけど、そもそもフォルス大樹海という過酷な土地で生き延びている魔獣はひどく臆病だから、進んで村を襲ったりはしないだろう。
辺縁部をいくら探しても見つからないわけだよ。
こんな深い場所に潜んでるなんて、思いもしなかった。
そもそも潜むのに適した環境があるなんて、想像すらしてなかったんだ。
「問題はアイツがこの地でなにをしてるか、なんだけど……」
ホロウィンドウに映るスクォールは、溌剌とした表情で野良仕事に勤しんでいるように見える。
――気にかかるコトと言えば、彼の見た目がレリーナの記憶にあるより若く見える点か。
魔道医療に造詣が深いって話だから、若返りの術を見つけたんだろうか?
「……まさか入手した青の鍵の断片から、鍵そのものを複製した?」
でも、もしそうなら<書庫>への不正閲覧で、主がすぐに気づくはずだ。
霊脈操術士対策として、鍵の複製対処は基本も基本だからね。
正規の鍵とそこに登録された魔動が一致して、初めて<書庫>は開かれるんだ。
レリーナが亡き今、この世界で主の<書庫>に接続できるのは、主とボクだけのはずだ。
だからスクォールが<書庫>を閲覧する事はない……と、思いたい。
「ん~……」
ホロウィンドウに映るスクォールを見つめて呻くボクに――
『――姐さん、姐さん。こいつが姐さんの探してるヤツだっていうなら、こっちのはなんなんスか?』
ウェザーが新たにホロウィンドウを開いて、ボクの目の前に放ってくる。
「ん? こっちって?」
思索を邪魔されて顔をしかめながらも、ボクは彼が開いたホロウィンドウに視線を落とし――驚いた。
「――王宮騎士じゃんっ!?」
フォルス大樹海の畔――数日前にボクも訪れた、かつてスクォールの生家があったという廃村に、旅装を解いて拠点を構築している騎士服姿の一団が映し出されていたんだ。




