第5話 18
――現在に伝えられるフォルティナ王の東征とは。
一般的には王位を継いだフォルティナが東部開拓に乗り出し、その過程で東部の魔境の畔に生きる獣属達と出会って和解し、ローダイン王国の民として受け入れるというものだ。
お伽噺では獣属との和解の際、彼らが悩まされている祟り神を調伏したとなっている。
ちょっと難しい歴史書になると、その祟り神は暴走した古代の魔道器かあるいは遺跡そのものではないかと、割りと惜しい推論を展開している。
……あの時、フォルティナが調伏したのは、暴走した<天体制御樹>――ウェザーだったんだ。
とはいえ、二度の文明崩壊と長期に渡って魔動の供給がなかった為、<天体制御樹>は朽ちかけていた。
<万能機>の反省から、進化機構は搭載されていなかったとはいえ、<天体制御樹>にも自己修復・調整機構は搭載されてたんだ。
でも、霊脈への自発的な接続を封じられて、その機能もまた使用できなかったんだろうね。
それなのにウェザーは、ローダイン王国や大樹海周辺の獣属達によって紡がれた霊脈に触れて復活した
主はわずかに主核に遺ったライオットの魂の残滓が、ウェザーを生かす為に霊脈に接続したんじゃないかって言ってたっけ。
奇跡なんて、主は信じてないと思ってたから、あの時の言葉はよく覚えてる。
けれど目覚めたウェザーは我を失っていて……
さっき彼が言った言葉が本当なら、相棒となったライオットを喰らって世界を滅ぼし、そして新たに興った文明ひとつが滅ぶほどの長い期間を孤独に過ごしていたんだ。
『寂しさ』を理解した彼にとってそれは、痛みに苛まされ続ける――一種の拷問だっただろう。
狂っていたとしても不思議じゃない。
……だけど、ウェザーは自己を取り戻した。
『……いやあ、あの時は本当に衝撃だったなぁ……』
そう呟くウェザーの表情は、かつてライオットに出会った時のような――宝物を見つけた子供みたいに、きらきらと瞳を輝かせたものだった。
『……長命種と劣等種が争う事無く――獣属までもが種属の隔たりすら越えて戦列を組んで……』
……あの戦いに参加した騎士の中には、劣等種――再生人類も確かに混じってた。
『――狂ったオレっちに、みんな一丸となって立ち向かってきて……』
いかに朽ちかけていたとはいえ、主核を搭載した<天象騎>は健在で、その本体の<天体制御樹>もまた稼働していたんだ。
当時の王国騎士の十分の一を投入し、獣属に至っては総力戦だった。
『……そしてフォルティナの一撃。
まさか<竜咆>で騎体半壊させたのに、生身で殴りつけてくるなんて……資料でしか知らねえっスけど、帝国騎士でもあそこまでのムチャはしねえんじゃねえっスか?』
「……あの瞬間だけは、フォルティナの魔動は<大戦>期の英雄クラスだったって、主は言ってたよ。
――意思で世界を書き換えまくってた連中と同等だったってさ」
あの戦いで、ローダイン王国の王騎は一度、半壊させられて主に全改修を受けている。
ウェザーが放った<竜咆>の直撃を受けて、合一器官と鞍房が露出――フォルティナは気合いだけで騎体を動かして<天体制御樹>を駆け上がり、その主核を自らの拳で打ち抜いたんだ。
「……王となったあいつは、主からこの星の真実を――キミらの事も含めて教えられてたからね……」
当時はなんであいつが、あそこまでウェザーに感情移入してるのか理解できなかったけどさ……
ウェザーが『寂しさ』を理解していたと聞かされた今なら、ボクにもわかるよ。
「――フォルティナは、王となった自身をキミらに重ねてたんだろうね」
あいつもまた――アルベルトほどじゃないけど――色々と面倒ごとの末に王に祭り上げられたクチだったからね。
「……孤独と寂しさを抱えて狂ってしまったキミを、放っておけなかったんだよ」
自身が孤独な王の立場に封じられたからこそ、孤独に狂うウェザーに共感したんだろう。
あいつはそういうヤツだ。
ボクや主なんかより、よっぽどウェザーの心に寄り添ってたんだ。
……だからこそ。
『……痛かったなぁ……』
ウェザーは短い手で頬を撫でながら、嬉しそうに呟く。
基本的に物質的干渉を受けないウェザーは、合一器官に封じられていてさえ、本来あるべき騎体損傷による痛みを痛みとして認識しない。
損傷による痛覚は『そういう情報の流れ』として認識、処理されるだけなんだ。
だというのに、ウェザーはフォルティナの拳を「痛かった」と言う。
『……オレっちなんかの為に、泣いてくれて……駆けつけて、止めてくれて……ライオットの兄貴やあんな人の事を英雄って言うんでしょうね』
フォルティナが放った熱い一撃が、狂っていたウェザーの正気を取り戻させたってワケだ。
いや……その前の光景を覚えているんだから、ウェザーはぼんやりとはいえ、フォルティナに殴られる前から正気を取り戻しつつあったんだと思う。
自らの存在意義とは真逆の使われ方をしてきた原因――純血種と再生人類が、争う事無く共闘しているという……ウェザー達が心の底から願い、求めていた光景を目の当たりにして……孤独の狂気から解放されたんだと、ボクは思うんだ。
フォルティナの拳は目覚めの一撃としては痛みがともなっていて、あまりに鮮烈に印象深く残っているだけなんだと思う。
まあ、ボクの推測に過ぎないし、フォルティナの一撃が決定打になったのは事実だから、野暮な事は言わないけどね。
――人の意思と絆が、狂える神を正気に戻した。
お伽噺はあの出来事をそう結んでいる。
歴史学者や魔道考古学者はあくまで伝承として笑うけど、真実、あれは人が意思と絆で織りなした――魔道科学では説明不可能な奇跡だったんだ。
「……なんだい、キミ、しばらく会わない間に運命論者になったのかい?」
柄にもない事を考えてるのを自覚して、ボクはウェザーを茶化す。
英雄ってのは運命論における世界変革者にして、世界の意思の代行者だ。
『……時間だけはあるんで、ローカル・スフィアに登録された<書庫>を読みまくってるんス。
その影響っスかね?
あと最近は祭祀の時に奉納される魔動や、霊脈に繋がった時に流れ込んでくる記憶なんかも、食う前に目を通すようにしてますね』
孤独を理解してしまったからこそ、人が創ったモノを求めずにはいられなかったんだろう。
――自由に物理界面を動ける姐さんには、オレっちらの悩みなんてわかんねぇっスよ。
さっきウェザーが嘆くように吐き出した言葉が蘇る。
そりゃそうだ。
人との触れ合いが――年に一度の祭祀を介しての霊脈越しで、直接触れ合える機会の本祭も、彼にとっては外界の時の流れの早さに打ちのめされるものだっただろう。
本祭は十年に一度だから、訪れた王族やラグドール当主とせっかく顔見知りになっても、二度三度で代替わりしてしまうんだ。
ウェザーのあのチャラい態度や気安さは、限られた時間で少しでも相手に自身を印象付けようという――彼なりの意思表示だったのかもしれない。
……短い寿命の一場面だとしても、せめて記憶に残して欲しい――そんな風に考えたんだろうね……
ボクは頭を掻いて深くため息を吐く。
「……まったく。小賢しいマネをするくらいなら、いまみたいに思いの丈をさっさと吐き出せばよかったんだ」
ボクも主も、ウェザーが『寂しい』を――『孤独』を理解してるなんて知らなかったからね。
いや、ウェザー自身、自分が得た感情がなんであるかまでは認識できてなかったんだったね。
でも……あ~、もう! 弟分があんな痛みを抱えてたのに気づけなかったなんて、姉貴分失格だよ!
「……悪かったよ。フォルティナの東征に同行し、それ以降もちょくちょく本祭に顔出してたのに、キミの状態に気づけなかったのは完全にボクのミスだ」
愛玩形態のウェザーに頭を下げれば、やつはまん丸な金眼を見開いて呟く。
『……姐さんがデレた……』
「――だからデレてない! もうっ!
そうやってすぐフザけるから、ボクも気づけなかったんだぜ?」
肩に掛かった黒髪を払って腕組みしながらウェザーを見下ろせば、ヤツはしおらしく両手を合わせて小さく呟く。
『……姐さんに理解してもらえるとは思いやせんでしたし……なにより泣き言吐いたら、ライオットの兄貴みたいになれねえって思ってたんス……』
「キミがそこまでアイツを慕っていたとはね……
一緒に居たのなんて、最後の七日間くらいだろうに……」
『――あの七日間は、オレっちの人生に匹敵するくらいの濃さなんス!』
顔を上げて、はっきりと言い切るウェザーの表情は、それはもう晴れ晴れとしたもので。
「……一万年に勝る七日間、ね……」
それほどまでに、かつての相棒――ライオットとの時間は、ウェザーにとって大切なものなんだろう。
「そういや知ってるかい? ライオットの血統は――あいつ自身の直系ってワケじゃないけど、ローダイン王族にも繋がるんだぜ?」
『……へ? ソレ初耳っス! なんでもっと早く教えてくれなかったんスか!?』
「言ったろ? 直系ってワケじゃないし、キミがそこまであいつに入れ込んでるってのも、今日初めて知ったからだよ」
短い両手を振るって抗議するウェザーに、ボクは苦笑して教えてやる事にする。
「勇者ジャンヌ――ライオットの弟の子孫が、主に見いだされて、第三文明崩壊の幕引き役を担ったんだ。
そして第四文明――現文明の最初の王となってね。
その血脈の一部が、流れ流れてローダイン王族の初代にも繋がってるんだ」
すでに亡国となっているダークス王朝の血は、アベル以降も何度かローダインと交わっている。
もちろん主の厳しい審査を通過しての婚姻だから、純血の血統を保った者ばかりだ。
『そっか……兄貴は……守りたかった人を……守れたんスね……』
「ああ。ライオットとキミのおかげさ」
『へへ……姐さんにそう言ってもらえると……嬉しいっスね』
丸い手で鼻を擦って照れ隠しするウェザーに、ボクにも思わず笑みが浮かぶ。
「――とにかく! 話を戻すけど、キミの状態は主に伝えておくよ。
封印の全解除はさすがに危険だから無理だと思うけど、限定的な霊脈交信――現代では<伝話>って呼ばれてる高位魔法なんだけど――アレなら、解禁されると思うよ」
途端、ウェザーの金眼が涙に揺らいだ。
『……好きな時に、誰かと話せるようになるって事スか?』
「……デレたワケじゃないからね? 孤独のストレスに耐えかねて、また狂われたら困るっていう――超長期的な見地からの対処だ」
あまりにもきらきらした表情で見上げてくるものだから、ボクは顔を逸してそう告げる。
そう。あくまで将来的な危機に先手を打っただけだ。
ボクはライオットやフォルティナみたいに、誰にでも優しく、すぐ共感しちゃうような暑苦しい連中とは違う――クールなオトナなんだから。
『……姐さん、ツンデレって知ってます? 大銀河帝国の創作物に出てくる概念なんすけど……』
「――知ってるし、ボクはツンデレじゃない!
あんなチョロインの代名詞みたいなのと一緒にすんな!」
石室にボクの甲高い声が響く。
『お~、チョロインまでご存知とは。姐さん、案外、話せるクチだったんスね』
満面の笑顔でそう告げるウェザーの声が、やたら癪に障った。
「――もうもうもうっ! キミと話してると、これだから!
そろそろ本題に入らせてくれ!」




