第5話 17
「……『孤独』、を……『寂しい』を……理解してたのか……」
ボクは自分の声とは思えない、ひどく掠れた声で呟いた。
『……アレが寂しいって感覚――感情、なんスか?』
不思議そうに首をかしげるウェザー。
「――だってそうだろう?
キミら、無理矢理とはいえアルメニア共和国の連中に目覚めさせられて、初めに感じたのはなんだった?
ボクや主と話してた時に似た感情が湧き上がったはずだ!」
――『楽しい』や『安心』を理解しているのは、まだ移民船団が宇宙を旅していた頃からわかっていた。
むしろ仕事に従事する事に喜びを見いだせるよう、彼らの教育係はそれらの感情を真っ先に教えたんだ。
『……言われてみれば……そうっスね。
ああ、だからアースやエアは自分らの事をあいつらに話して……』
ウェザー達は寂しかったからこそ、アルメニアの連中に安堵したんだ。
――孤独からの解放に……安堵してしまった。
失われた二基――<天体制御樹>のまとめ役だったふたりの名前を挙げて、ウェザーは呻く。
「――ひょっとしてふたりは……当初は洗脳なんてされてなかったのかい!?」
初めて知る事実に衝撃を覚え、ボクは声を上ずらせて尋ねる。
ウェザーは顔を縦に振った。
『オレっち達が眠りについて数千年経ってるって言われて……生きてるなら絶対に目立つはずの主や姐さんの事は誰も知らなくて……』
当然だ。
アルメニア共和国が在った時代――第二文明末期、主はとっくに人類に見切りを付けて世俗から身を隠していたんだ。
第一文明崩壊を招いた純血種と再生人類の争いが、再び繰り返されようとしていたからね。
『だから、あのふたりは主達はもう居ないっていうあいつらの言葉を信じて、あいつらを新たな主に選んじまった……』
いつものふざけたノリが鳴りを潜め、ひどく悲しげにウェザーは告げる。
「結果、アルメニアに敵対していた国家が滅ぼされ、ボク達はキミらの存在を知る事になった……」
それで主は滅びるに任せようとしていた考えを変更して、自ら滅びを加速させる方向に舵を切ったんだ。
主の代行者となる英雄達を育て上げ、ありったけの知識と武装を与えて、ボクと共にアルメニア共和国首都にある<天体制御樹>研究所に送り出したんだ。
『――お利口さんなアースやエアと違って、オレっち達はどうしても主が失われたなんて信じられなかったもんで、連中には従わなかったんスよ。
ほら、せっかく頑張って再生させた星を自分らの手で壊すってのもおかしいって思いましたし……』
素直なアースとエアは、新たに自分達が見出した主の命に忠実に従ってしまったんだろう……
『……そうしてる間に、アルメニアの連中はオレっち達を無理矢理働かせようと――たぶん、アースやエアからオレっち達に痛みを与える術を教わったんでしょうね……原始的ながらも<晶閃銃>みたいな魔道器を再現して、オレっちらが宿る主核の統御権を得る為に、洗脳や拷問を始めたんス……』
「――そして、そこにボクらが乗り込んだわけか……」
ウェザーはうなずき、懐かしむように目を細めて宙を見上げる。
『……カッコよかったなぁ……
アルメニアの兵騎や武騎を<青の旋風>で次々と撃ち抜いてくライオット兄貴……』
――ライオット。
当時のボクの相棒の名であり、第二文明を幕引きさせた張本人の名だ。
『……ウィル兄やミウのおチビ。おタマさん――みんなみんなイイ奴だったなぁ……』
つぶらな金眼を潤ませて、ウェザーはあの時駆けつけた仲間達の名前を挙げる。
「……キミ、彼らの所為でアースやエアと争うハメになったって、いつもボヤいてたじゃないか」
……クソ、釣られてボクまでなんだか涙が滲んできたじゃないか。
『……照れ隠しっスよ。小僧だったんス。
あんな……ライオット兄貴みたいなデキたお人が、オレっちみたいなヒネくれモンを乗騎にしてくれたんスよ?
ああ……あの時、もっと素直になれてたらって、最近、本当に思うんス』
幻創咆騎を取り戻し、アルベルトと合一を果たした今だからこそ、ボクもまたその気持ち――真の主を得た喜びはよく分かる。
そして素直にその喜びを当人に告げられない気持ちもまた、よくわかってしまうんだ。
グランゼス領を脱出してバートニー村に逃れて……アイツが忙しいのを良い事に、なるべく顔を合わせないようにしてたのは内緒だ。
なんだか気恥ずかしくて、うまく話せる気がしないんだよ。
そんなボクの内心の機微には気づかないまま、ウェザーは続ける。
『――結局アースやエアとはわかり合えないまま、おれっち達は世界を滅ぼすしかなくなって……その尻拭いをライオット兄貴達に負わせる事にもなっちまって……』
<三女神>各宗派が伝える女神の審判。
第三文明勃興時に主達が戒めとして流布しまくった逸話は、第三文明が滅び去り、今の文明が始まってもなお遺った。
それほどまでに人類に恐怖を刻み込む事ができた証だろう。
もっとも、今に遺っている逸話は<三女神>の怒りが主体となっていて、<災厄樹>――<天体制御樹>とそれを駆ったみんなはひとまとめにされて、女神の御遣いって扱いにされちゃってるけどね……
……宗教家達の政治的思惑によって、事実は遥か時の彼方ってワケさ。
「……キミが悔やむ事じゃない。ライオット達も納得尽くだよ」
狂える二基の<天体制御樹>を鎮める為に、残る四基は全力を振るうしかなく、結果は<巨神大戦>の再現。
世界は壊れ、やがてすべての地表は一度海中に没した。
主やその弟子によって導かれ、発掘艦に搭乗して生き延びたわずかな人類の生存圏を生み出す為に、ライオット達は自らの魔動を――その源である魂を糧としてウェザー達に与え、この星を再生させたんだ。
『……わかってるっス。けど……せめて最後の別れくらいしたかったんスよぉ……』
ついに堪えきれなくなったように、ウェザーは大粒の涙をこぼし始める。
その事実に、ボクは思わず目を見開いたよ。
同属の喪失を痛みと感じるのが幽属の特徴だ。
だが、今の彼は痛みではなく、『悼み』として涙まで再現している。
仲間と見做した者の喪失を受け入れ、その悲しみを呑み込みながらも、悼みを得ているんだ……
この身が……ミハイルやアリシアのように常識の埒外だったらと悔しく思う。
弟分の成長を素直に嬉しく思うのに――慰めてやりたいと思うのに、ボクではウェザーを抱き締めてやる事すらできないんだ。
「……ウェザー……キミはそんな想いを抱えて、ずっと過ごして来たのか……」
ボクの言葉に、ウェザーは首を横に振って苦笑を見せる。
『……恥ずかしい話っスが、フォルティナにぶん殴られて目覚めさせられるまで、オレっちすっかり我を失くしてましたからね』
第三文明の間、<天体制御樹>は人類に発見される事なく眠り続けていたんだ。
主ももはやゆっくりと眠らせてやろうって言ってたっけ。
やがて第三文明は主によって、緩やかな滅びを迎えて。
再びこの地に人が戻り、ローダイン王国が興って霊脈が拡がった事で、ウェザーは――彼を内包する<天体制御樹>は偶発的に目覚めてしまったんだ。
『……いやあ、あの時は本当に衝撃だったなぁ……』
再び目を細めて、ウェザーは呟く。




