第5話 16
「……死ね……」
短く宣告し、ボクはウェザーの脳天目掛けて、容赦なく晶閃銃の銃爪を引き絞った。
『ぎゃああああああ――――ッ!!』
石室にヤツの悲鳴がこだまする。
地面に転がりビクビクと不気味にのた打ち回るウェザーの姿がドロリと溶けて、本性――抽出された時に定義付けられた愛玩形態に還元された。
手足が短く、まん丸い――ボクの愛玩躯体に良く似た、ぬいぐるみのような鹿だ。
『いてて……あ~、ひどい目に遭った……』
「――キミがマジメにしないからだろ?」
頭をさすりながら立ち上がるウェザーに、ボクは肩を竦めてため息。
『でも、いきなり晶閃銃はひでえっスよ……』
晶閃銃には虹閃銃のように、幽属を完全に滅するまでの力はない。
物理界面に顕現している彼らの化身を干渉起点として、痛みを感じさせる程度なんだ。
けれど、その痛みこそ彼らの弱点だった。
幽属――当時は悪魔と呼ばれていたけど――との邂逅から、和解と融和に至るまでの間に起きた<界面戦争>……
それまでの戦争概念が一変した彼の戦いにおいて、人類が幽属に勝利できた要因こそ、彼らに痛みを認識させたからなんだ。
霊脈に生き、物理的な肉体を持たない彼らは、当然、生物が感じる感覚や人類の感情といったモノを理解できなかった。
というか人類と出会ったばかりの彼らは、自我や理性というものも希薄で、ただ本能のままに食事――人類が発する魂の輝きを求めて、際限なく人々を襲いまくってたんだよね。
そんな彼らに知性と理性を与え、人類を理解させたのが三賢者のひとり――ヨギリ博士だ。
それまで自他の区別すら曖昧だった幽属は、ヨギリ博士の働きかけによって明確に自我を獲得し、『個』を認識するようになった。
この自らを犠牲にしたヨギリ博士の計画を引き継ぎ、主達七賢者は彼らに『痛みと喪失』を理解させる為、彼らに干渉できる武装――<虹閃銃>を開発したんだ。
魂そのものを消し去る虹閃銃は、明確な個を備えた幽属達をも滅却する。
『個』を認識したからこそ、彼らは『他を失う』という『痛み』もまた知る事になったんだ。
そして、次いで量産されて戦線に投入された対霊脈知性体兵装――<晶閃銃>は、彼らに『痛み』という感覚を伝える事に特化した兵器だ。
他者の痛みを知った彼らは、自身の痛みをも理解する事になり――結果、彼らは人類を襲う事をやめたんだ。
それからは人類の一員として迎え入れられたんだけど、種属の特性として非常に痛みに対して敏感で臆病になってしまった。
お伽噺や都市伝説で妖精が怪我人を救ったりするのは、他者の痛みにもまた敏感で、放っておけないからなんだ。
それでいてあまり人前に現れないのは、臆病だからだね。
……まあ、それはあくまで普通の幽属の話で、目の前にいるウェザー達には当てはまらないんだけどさ。
「――ボクだからコレで済んでるんだぜ?
これが主だったらキミ、おはなしの上で人格洗浄だ」
そもそもコイツ、十年前にミハイルにおはなしされたようなのに、まるで性根が変わってない。
『さ、さすがにそこまでされちゃ、オレっちも自己同一性を保てないと思うんで、勘弁して欲しいっす』
短い両手を振ってブルブル頭を横に振るウェザー。
「いやぁ、試してみないとわかんないじゃん?
なんせアルメニア共和国の魔道科学者が総力を挙げて洗脳しようとしても、キミら自我を保ってたワケだし」
第二文明時代、この星の大半を占めていた純血種――当時は長命種って呼ばれてたけど――の国家の名前を挙げて、ボクはウェザーに皮肉ってやる。
『――ちょっ!? クロの姐さん、ヤなこと思い出させないでくださいよ。
そもそもあんときゃ、オレっち達も無理矢理叩き起こされて、ホント、意味がわからなかったんスから!』
「だからって、そんな風にペラペラと軽口叩いて自分らの事を教えちゃうから、ああなったんだろ?」
『……だって……
――自由に物理界面を動ける姐さんには、オレっちらの悩みなんてわかんねぇっスよ』
と、ボクの言葉に、ウェザーは目を細め、少しだけ恨みがましい感情を覗かせた。
「……なんだい、いっちょ前に悩みだなんて。
文句があるなら聞こうじゃないか」
そう告げると。
『……ほら、オレっち達<天体制御樹>は、第一文明の時の愚を繰り返さない為、崩壊直後に主に改造されて自発的な霊脈への接続機能を封印されてるじゃないっスか……』
「うん。両軍がキミらの外部制御権を掌握しあって、この星自体が崩壊の危機まで行ったからね」
あの時の戦い――第一文明の崩壊は、第二文明前期には伝説として残っていて、<巨神大戦>って呼ばれてたんだよね……
『あの時はオレっち達も物理界面の躯体を勝手に動かされてイラついてたんで、主の命に従ったっス。
その後もすぐに惑星再開発って仕事を与えられて充実してたんで、気にも留めやせんでした』
地表のほとんどが干上がり、焼け野原となったあの時代、主は生存者の生活圏を取り戻す事に必死だった。
ウェザー達もまた主の想いに応えようと、必死で働いてくれてたのをボクも覚えてる。
「……縮小した霊脈の所為で、魔動補充も満足にできなかったのに、キミらは頑張ってたね」
そうしてある日限界が来て、各々の活動地で長い休眠に入ったんだ。
『……姐さん、想像できるっスか?
誰とも交信できず、どこまでも続く荒野のド真ん中で、ただひたすらに……本当にこの仕事が主の役に立ってるのかすらわからないままに、働き続ける辛さ――痛み……』
「……キミ……いや、キミら全員がそうだったのか?」
彼ら<天体制御樹>の主核となっている幽属は、主が大霊脈から直接抽出して人格設計した特別種だ。
かつて主達が生み出した双子女神<万能機>……
そこから派生した技術である惑星開発機構の実証試験器こそが<天体制御樹>だ。
運用目的は違うけれど、万能機から派生したという点では、彼らはボクの弟妹って事になる。
主が言うには<万能機>に搭載されていた量子転換炉や自己進化・改造機能は排除されているから、あくまで開拓は躯体に搭載された魔道器と、主核に合一した彼ら自身の魔法によって行う事になる。
だから投入される惑星によっては単独で数万年を開拓に要すると考えられていて、それ考慮して彼ら彼女らは強固な自我を主によって与えられていたんだけど……
「……『孤独』、を……『寂しい』を……理解してたのか……」
ボクは自分の声とは思えない、ひどく掠れた声で呟いた。




