第5話 14
――とりあえず、あたしらも明日には大樹海に向かうから、クロ、あんたはあの子に話を通しておいておくれ。
という、午後の定時報告の際に告げられた主の命を受け、ボクはフォルス大樹海に踏み入った。
フォルス大樹海の畔に位置する、獣属の祭祀司――鹿族の集落から北東に進むこと一時間余り。
毎年の儀式参拝の為に板敷きして整備された林道は、森の中を進むうちにやがてアンダルス湖から流れ出た支流のひとつ、ライラン川と寄り添って走るようになる。
魔境と呼ばれるフォルス大樹海だけど、この辺りは祭祀場が設置されている事もあって、鹿族が定期的に整備をしているから、まだそれほど危険はない。
結界によって護られた祭祀場からさらに北に行くと、第二文明時代に解き放たれて野生化した攻性生物や、この地の乱れた霊脈に当てられた魔獣、そして広大な大樹海の深部に点在する侵源から生み出された魔物なんかが出てくるんだけどね。
強い土と緑の香り。
すぐそばを流れるライラン川のせせらぎを聞きながら進むと、やがてボクが目指している祭祀場が見えてくる。
北天通商連合出身者が多かった獣属達は、その文化を一万年経った現代まで細々とではあるけど残している。
それはラグドール領都の街並みだったり、各氏族の集落の建築様式だったりするんだけど、祭祀場もまたその特徴が色濃く表れている。
北天通商連合は人類発祥星系――ホーム時代において、東洋――中でも和風と呼ばれる文化を色濃く残したお国柄だ。
大銀河帝国の東部域なんかにも、彼らと祖を同じくする戦闘民族が点在していて、似たような文化様式を持っているって、ドクトル・シルバーが言っていたっけ。
彼女と仲良しだった主は、そんな彼らの特殊な精神性文化にすっかり魅せられて、今のような和風な出で立ちを好んでするようになったんだよね。
祭祀場の入り口には、鳥居と呼ばれる特殊形状な門が構えられている。
これは<三女神>の一柱――テラリスの社殿にも流用されているから、今ではテラリス社殿のシンボルとして、人々には認識されているけど、この祭祀場に祀っているのはテラリスではない。
いや、そもそもこの祭祀場は、あくまであの子に接続する為に造った施設を隠す為に、表向き祭祀場を設置しているだけなんだ。
鳥居をくぐり、少し歩くと円形の石舞台に辿り着く。
この地の領主家であるラグドール一門と獣属の各氏族は、毎年この石舞台で祭祀を執り行って霊脈の乱れを正しているんだけど、ボクが目指すのは石舞台の北側に設けられた祠だ。
生体コンクリートで組み上げられた祠は、築かれて数百年経つというのに造られた時のまま。
その祠の石扉を、ボクは両手で掴んで――
「――よいっしょっと!」
後ろに倒れ込むように体重をかけて思い切り引っ張る。
この作業があるのがわかっていたし、万が一魔獣なんかに襲われても良いように、今のボクはいつもの<愛玩躯体>じゃなく、単独戦闘も可能な<幼生躯体>だ。
身に着けているのもドクトル・レッド――スカーレット先生がデザインしてくれた戦装束。
<大戦>初期に第二竜王だった皇姫が身につけていたものの、近代改修型だって言ってたっけ。
石扉を開くと、中に収められてるのは一枚の円鏡――に、偽装した魔道器だ。
その表面に緻密に施された刻印は、魔道を通す事で転移陣となる。
ボクは迷う事なく、黒髪ツインテール幼女なボクを映すその鏡面に触れ――
「――目覚めてもたらせ、転移陣」
喚起詞を唄って陣を喚起する。
一瞬の視界の白転の後、ボクは薄暗い石室の中に立っていた。
生体コンクリートで四方が囲まれ、中央に制御台があるだけのシンプルな造り。
けれど、よく目を凝らせば制御台を中心として膨大な規模の魔芒陣が石室全体に刻まれている。
フォルティナがあの子を調伏した後、主が後年の王族が気軽にあの子と対話できるようにと設置した、真の祭祀場だ。
表向きの祭祀場である石舞台の地下五〇メートルに埋められたこの石室は、地上で執り行われる祭祀で整えた霊脈をあの子に届ける役割も持っている。
「……さてさて~」
ボクは手の平をこすり合わせながら唇を舐めて、両手を制御台の上に。
「――旧き盟約により、我が喚びかけに応えよ。
雷嵐を司る者――其の名は<天体制御樹>!」
と、前置詞を唄えば、制御盤が起動してホロウィンドウが開く。
そこに表示された内容からあの子と接続したのを確認し、ボクはさらに喚起詞を紡ぐ。
「……目覚めてもたらせ、天象騎!」
石室にボクの高い歌声が響き、同時に壁面に刻まれた魔芒陣が虹色に発光し始める。
前方の壁全面にホロウィンドウが開いて、そこから鹿族風な枝分かれした角をこめかみから後ろに向けて生やした、白ヒゲの老人が進み出てくる。
一見すると獣属――鹿族の老人のような見た目。
着ているのは、主が好んでいる和服の男性用のものだ。
けれど実際の彼はボクの祖となる種属、霊脈知性体――幽属の末裔だ。
『……お久しぶりですな。<象創咆器>殿』
ホロウィンドウのように半透明に透けた顔に笑みを浮かべ、長い白アゴヒゲを撫でながら告げる彼に、ボクは思わずため息。
「ホントにね。前に会ったのは十年前かい?
というかその格好はどういう事なのさ? ウェザー」
ボクの問いかけに、天象騎――ウェザーはほっほといかにも老人ぽい声で笑う。
『以前祭祀に訪れた王族――ミハイルという青年に言われたのですよ。
仮にも土地神として祀られる立場なのだから、もうちょっと威厳を持った方が良い、とね……』
あ~、生真面目なミハイルなら言いそう……
『それとも――』
と、ウェザーの姿がグニャリと歪み、ボクがよく知る真ん中分けロン毛に着崩した戦闘服という姿に変化する。
浮かぶ表情は軽薄な笑みだ。
『クロの姐さんは、こっちのが好みですかい?』
霊脈に生まれ、意思だけで活動する幽属は自分の容姿にこだわりを持たない。
かつて悪魔と呼ばれていた時代は自身らを守る為、他者が観測時に深層心理に抱いている最も忌避し、恐怖する存在の姿を取っていたようだけど、主達七賢者によって選定された英雄達によって調伏され、それ以降は人に近く、それでいてはっきりと幽属とわかる容姿を取るように規約が成されている。
この星での現在の彼ら、幽属の生き残りのトレンドは、翅の生えた小人――妖精の姿で、リ・トと呼ばれて都市伝説になっている。
「別にどっちでも良いけどさ。
キミに<象創咆器>殿な~んて呼ばれるのは、ちょっと気持ち悪いかなぁ」
『おお! 漂着一万余年にして、ついに姐さんがデレた!』
無駄と知りつつ、ボクはウェザーの頭を殴りつけた。
石室の魔芒陣によって投影されているに過ぎないウェザーには、当然、ボクの殴打は透過してしまうんだけどね。
「――デレてないよっ! そんな事より、今日は大事な話があって来たんだ」
『まさか……ついにオレっちの求婚を受け入れる気にっ!?』
「あ~、ボク、大事な話って言ったよね? ふざけるんなら帰るよ」
制御台の基底部に設置された帰還用転移陣を踵で踏みつけて打ち鳴らせば、ウェザーは慌てて両手を振った。
「す、すいやせん! 聞きます! ホラ、他人と話すなんて久しぶりだったんで……それが姐さんだったんで、つい悪ノリしちまったっていうか……
――ホント、すいやせんでしたっ!!」
と、軽薄な笑みに焦りを浮かべ、ヤツはその場で躊躇なく土下った。
ボクは腕組みしてため息。
「……そんなだから、キミ、ミハイルに威厳を持てって言われるんだよ……」
『……ハァハァ……クロ姐の生足……』
と、ちょっと目を離した隙に、ヤツは土下座体勢から器用に首だけを捻って、ボクをローアングルから荒い吐息を発しながら凝視してやがった!
必要もないのに荒い呼吸とか、血走った目まで再現描写してるのが、本当に気持ち悪い!
嫌悪感が背筋を駆け抜け、ボクは後腰のポーチから光閃銃を引き抜く。
主がアリシアに与えた<虹閃銃>の制式量産銃――対霊脈知性体鎮圧用兵装の<晶閃銃>だ。
「……死ね……」
短く宣告し、ボクはヤツの脳天目掛けて、容赦なく銃爪を引き絞った。
『ぎゃああああああ――――ッ!!』
石室にヤツの悲鳴がこだまする。




