第5話 8
「……つまりババアは――いや、俺達の祖先はこの世界の外からやってきたって事か?」
あのマッドサイエンティスト――エルザのように。
ババアの視点から意識が抜け出て、巨大な都市を見下ろす位置で静止した俺は呟く。
帆がない素材すら不明な巨大な――王城より遥かにでかい構造物を船と呼び、それらを中心に天を突くような建物が無数に林立している都市。
こんなものを造り上げる文明を知っているのだから、イゴウの奴は俺の商店街計画書を見て鼻で笑うわけだ。
土台となる知識も技術も、今あるものとは比べ物にすらなっていない。
『ああ、そうさ』
と、ババアの声が脳裏に響く。
『――既知人類圏の国家統合機関、人類会議。その構成国家のひとつ、人類圏の半数を版図に持つ大銀河帝国が、この星に流れ着いた者達の故郷なのさ』
――大銀河帝国。
それは昔から、ババアやクロが語る神話にたびたび登場してきた神々の国の名前だ。
「そういや神話でも、祖先は神々の国から船出して、この地に辿り着いたって設定だったな」
これはローダイン王国だけではなく、他国でも人類の発生として古くから伝えられる神話だ。
アグルス帝国の天帝は、流れ着いた神々の直系子孫を名乗っているくらいで、だからこそ俺は政治的な思惑を含んだ設定だと思っていたんだがな……
『ああ。<大戦>――汎銀河大戦において、人類は多くの居住可能惑星――世界を失っていたからね。
戦で人口が減っていたとはいえ、それでもすべての口を賄うには程遠く、皇帝陛下は大霊脈の外の開拓に活路を見出したのさ』
どうやら神話は多分に真実を含んでいたようだ。
ババアが同行した船団だけではなく、多くの移民・開拓船団が星の海に船出したのだという。
『……当時、あたしは――いや大銀河帝国七賢者は、厄介な連中に付け狙われててね』
「そもそも七賢者ってなんなんだ? 神話にちょくちょく出てくるよな?」
俺の問いに、ババアは自嘲気味に鼻を鳴らす。
『元々は大銀河帝国初代皇帝を建国に導いた三人の賢者――三賢者を讃えて彼らの為の研究機関、賢者委員会ってのが設立されたのさ。
その三賢者が引退、あるいは隠居して彼らの直弟子七人が賢者委員会の運営を任される事になった。
だから先生達の賢者の称号までも引き継がされ、あたしらは皇帝陛下直々に帝国守護の八竜になぞらえた色を賜ると共に、七賢者って呼ばれるようになったんだ』
「ああ、じゃあひょっとしてエルザが青って呼んでたのは――」
『……あたしの事だね。
あの小娘はマッドサイエンティストであると同時に、邪神教団の関係者でもあったようだから、青の賢者であるあたしの知恵を求めていたんだろう』
それでヤツはクロや俺――ババアの研究成果にやたら狂喜していたってワケか。
「その邪神教団ってのは? クロのヤツもそんな名前を挙げてたが……」
『それがあたしが移民船に搭乗する事になった原因であり――端的に言えば、人類から生まれた人類の敵さ』
俺の問いかけに、繋がった魔道を通してババアの怒りが流れ込んでくる。
『……かつてあたしら七賢者は、未知なる人類の敵――<這い寄るもの>に抗う為に、<三女神>の後継たる存在――<万能機>という二柱の女神を生み出した』
――それは機属を発展させた種属で、周囲の物質を分解、再構築する事で自らをどこまでも進化させていくという……ある種、兵器の極致だったのだという。
「クロが言ってたな。戦果を挙げたものの、邪神と呼ばれることになったとか……」
『……そうだね。ただでさえ未知なる存在に襲われていた人類は、自分らの理解の及ばない未知もまた恐れたのさ』
クロが語っていた神話によれば、多くの世界――星々や太陽さえも喰らって武器にしていたんだったか。
俺には到底理解が及ばない話だが――先程見た光景の中で、一〇〇キロの船という言葉があった。
一〇〇キロといえば、ローダイン王国の東西――ラグドール領からグランゼス領までが、ほぼまるごと収まるほどの距離だ。
そんな巨大な船を建造し、遥か空の上――星の海に浮かべていた文明の産物と思えば、ありえない話ではないのかもしれない。
作り話としか思えない話ではあるが……もし、クロが語っていたあの神話が事実だったのだとしたら、俺だってそんな存在は邪神として扱わざるを得ないだろう。
為政者としては、目の前の勝利の為に民の生活圏を失うわけにはいかないからな……
『……人類会議に邪神認定された二基の<万能機>は、共に秘密裏に廃棄処理された。
――いや、そもそもその存在自体が最重要機密で、ごく限られた者しか知らないはずだったんだが……』
と、ババアはため息。
『バカ弟子よ。覚えておいで。
いつの時代でも漏れて欲しくない情報ほど……巧妙に隠蔽したと思った話ほど、どっからか漏れ出るものなのさ。
――しかも、無駄に尾ヒレが長大に誇張されてね……』
わからないでもない話だ。
俺はイライザのローゼス商会を<耳>代わりにしていたが、あくまで懇意にしている大商会のひとつという風に周囲には見せかけていたつもりでいた。
だが、いつの間にか商人の界隈では俺とローゼス商会が癒着の関係にあるって話になっていたからな。
ローゼス商会が<耳>である事を明かすわけにもいかず、結局はその噂は、あくまで噂話に過ぎないとして、放置せざるを得なかったんだ。
『あの時はあの子達の処分に不満を持った連中――賢者委員会の一部の魔道学者や、実際にあの子――一番機に戦闘訓練を施していた騎士達が中心になって造反してね。
<万能機>こそ戦後を導く新たなる神――なんて謳って大霊脈にあの子達の存在を公開しちまったんだ……
それに賛同したバカどもが集まって宗教化しちまって――邪神教団が創られたのさ』
彼ら邪神教団は新たな邪神――<万能機>の再臨を求めて、七賢者の知恵と技術を欲したそうだ。
『ハク姉……白の賢者が連中に捕らわれた挙げ句、知恵の源泉――<書庫>をすべて吸い上げられた上に、脳を摘出されて魔道器にされちまってね。
――とはいえ、<万能機>はあたしらの叡智の結晶。
その建造には白の賢者の知識だけじゃなく、七賢者すべての<書庫>と、そこに隠された『鍵』を揃えて、あたしらの師匠――三賢者筆頭たるマツド先生の<記録庫>に接続する必要がある。
だから、あたしらはそれぞれに行方をくらます事にしたのさ』
「……それで移民船に乗る事にしたってワケか」
『そうさ。
ちょうど黄の賢者――フラーのヤツが皇帝陛下から移民・開拓船団計画の相談を受けていたから、あたしも乗船を条件にいっちょ噛みしてやったんだ』
星々の海がどれほど広大なのか――俺には想像すらできないが、王都の中からでさえたったひとりの人物を見つけ出すには、多大な人員と労力を要する。
ましてそれが人類の生活圏から遠ざかり続けている移民船の中となれば、探し出すのはほぼ不可能なように思えた。
『――いやあ、この星に流れ着いた直後は、おギンちゃんやスカーレット――銀や赤の賢者みたいに隠遁生活を選ぶべきだったって悔やんだものさ』
「……逃亡の果てに一万年前に時間遡行だもんな」
時間遡行の概念自体は、エレ姉の姉――レイリア姉さんから教えてもらって知っている。
魔道器狂いのレイリア姉さんは、それを研究テーマにした錬金術専攻の魔道士で、たしかエレ姉級の魔道士が一万人集められれば、数分の時間遡行が可能という論文を発表していた。
宮廷魔道士と比べても別格の魔動を持つエレ姉が一万人居ても数分が精一杯という大魔法。
ババア達を襲った王竜は、それを一気に一万年も遡行させているんだ。
改めて竜という存在の異常さを思い知らされる。
ババアやクロがドラゴンをトカゲと鼻で笑うワケだ。
……ところで、だ。
俺は再び眼下に映る超文明の街並みを見下ろしながら、ババアに問いかける。
「こんだけ栄えた文明があったのに、なんで今に伝わっていないんだ?」
その質問に、ババアは小さく鼻を鳴らし……
『……どれだけ高度な知識と技術を持とうと、人は愚かだって事さ』
――再び視界が引き上げられ、場面が変わる。




