第5話 7
地表まで辿り着けた船は、人類会議の遭難マニュアルに従い救難信号を発信していたから、生存者は思いの外、簡単に見つけられた。
船同士が霊脈で連絡を取って合流し、この惑星に落とされてから一週間も経つ頃には、大小合わせて三百隻余りの艦船が集結する事になった。
この数字は一般的な船として数えられる最小サイズ――五〇メートルクラスのクルーザー級よりさらに小さい、輸送機のような艦載艇も含めての数だ。
実際に船と呼べるものはおよそ百八十隻。
自立航行できる船はそのうち三分の一にも満たず、気圏航行はともかく宇宙航行できる船となるとさらにその半分以下だった。
幸運だったのは、一キロクラスのフリート級が二隻――慣性制御器を破損させながらも生き延びていた事か。
重力制御器搭載艦である二隻によって、自立航行できずに立ち往生していた船も集める事ができたんだ。
無事に地表に辿り着けた船の大半が五〇〇メートルクラスのパッセンジャー級居住艦だったのも大きい。
元々居住艦は移民先の惑星で地表降下させ、そのまま都市として周辺開拓の拠点に用いる予定だったから、惑星開発用の機器がふんだんに搭載されているんだ。
生存者はおよそ二億。
移民船団の総人口一五億だった事を考えると、七分の一以下にまで減ってしまった事になるが、王竜による竜害に遭ってこの生存者数は奇跡的とも言える。
よく知られている竜害として、鯨竜によるものがある。
今回、あたしらを襲った竜と同じ王竜に分類される鯨竜は恒星を主食としているんだ。
鯨竜に狙われた星系は一丸となって迎撃し、見事撃退に成功しても数十億の犠牲が出る。
失敗したなら星系自体を放棄しなければならなくなる為、その星系の軍だけじゃなく、国家統合機関――人類会議が対処に当たるほどの大災害なんだ。
統治機構として各船長や艦長、居住艦の市長などによって評議会が結成され、彼らの中から生存者による投票で大統領が選出される事となった。
本来、最専任である総督はおろか総督府の連中は、主船同様に軒並み未発見――事実上の死亡扱いになったからね。
初代大統領に選ばれたのは二隻残ったフリート級戦艦の一方――サキガケの艦長であるタイガ・ツガル・ローダインだった。
彼はまだ百五十歳の若者だったが、大銀河帝国皇帝の直系――第九皇子であり、母方の生家ローダイン王国でツガル星系領の統治経験があるという事が選出の決め手となったんだ。
あたしもまた旧船団評議会の議員として、議席を与えられる事になったんだが、どちらかというと賢者委員会所属の賢者として、技術顧問に近い立場としての参加だ。
ローダイン大統領と評議会の合議の元、再度の船出は早々に断念する事になった。
あたしも意見を求められて連中に説明したけど、現在の物資と人的資源では到底、未知領域を征く事なんてできそうになかったんだ。
無謀な賭けに出るよりは、生存可能なこの星で発展を目指す方が建設的。
再度の船出は人口が増え、最低限、この星系を掌握してからになるだろう。
ローダイン大統領はあたしの説明に納得し、この星の開拓を選択した。
そうして竜害を生き延びたあたし達は、未知領域の何処とも知れぬこの星で生活していく事になったんだ。
入植から三十年ほど経った。
あたしは先日判明した事実を携えて、評議会の主要メンバーを集めた。
「――どうやら現在は、あたしらが生きていた時軸から少なく見積もっても一万年は前になる……」
評議会の面々の反応は様々だった。
既知人類圏からの救助を期待していた者達は、明らかに失望の色を浮かべた。
逆に独立国家建設を提唱していた者達は喜色を浮かべている。
「……一万年前とは、どうやって判明したんだろうか?」
ローダイン大統領――タイガのヤツは、いつもの物静かな口調であたしに問いかけてきた。
「――先日、フガクの演算炉が発見されたろ?
アレの解析結果さ」
一〇〇キロ越えのランドシップ級フガクの演算炉には、船団時間を統合して銀河標準時と同期する為に、絶対時標計が搭載されている。
人類がその起源となるホーム星系を失った<大崩壊>発生時点を基準軸として、銀河標準時の基準計としても用いられている魔道器だ。
それが示した数字がマイナス軸――つまりは<大崩壊>発生よりさらに大昔……およそ1万年前という時軸だったんだ。
「……つまり十年前に打ち上げた超光速通信衛星に、いまだに既知人類圏からの返事がないのは――」
評議員のひとりが震える声で訊ねてくる。
「……そもそもそれを受ける者が居ないからだろうね」
<大崩壊>を経て人類がホーム星系を追われ、星々の海に船出したのがおよそ三千年前と言われている。
あたしも先代の青の賢者から受け継いだ記憶でしか知らない時代の事だ。
劣化が激しいそれによれば、一万年前となると人類はホームの地表にへばりつき、惑星という概念すらなく、地面は真っ平らだとサルみたいな事を信じていた時分のはずだ。
いくら救難信号を既知人類圏の大霊脈に送ろうと、そもそも大霊脈どころか、それを構築している<三女神>すら生まれていないんだから、受け取りようがないだろう。
「……恐らくは転移の際に、王竜の時震の影響を受けて時軸設定が狂ったのが原因だろう」
本来ならば絶対時標計が搭載されているフガクの転移が、その基準から大きく外れる事などないはずなんだが――そこは埒外の存在である王竜の権能に影響されたとしか言いようがない。
ざわつく評議員達の中央で目を伏せるタイガに、あたしは肩を竦めて告げる。
「……タイガ。この情報をどう扱うかは、あんたに任せるよ」
市民らの中にも、救助を信じている者がいるだろう。
そんな彼らに、タイガは大統領として救助は諦めるよう告げなければいけないのだ。
「……いっそ、黙っておくのもひとつの手だよ」
宇宙のいずことも知れぬこの星から、既知人類圏に救難信号が届くまでどのくらいかかるかなんて、誰にもわからないんだ。
いずれ人々が救助を諦め、この星で自活していく事に納得してから公表したとしても、なんら問題ないはずだ。
この三十年で人口は五億にまで増えている。
長命ゆえに性欲求以外での生殖活動――子作りを積極的に行わなくなっていた人類としては驚異的な増え方だ。
いや……物資の使用規制があった移民船においては、子作りも総督府の許可制になっていたから、その反動が出たのかもしれない。
この惑星に流れ着いた直後はサキガケを中心としていた生活圏も、いまでは惑星全域に版図を広げているほどだ。
このままこの星に根ざして行くのも、ひとつの道だと――あたしはそう思う。
……まあ、人類の敵たるあの連中の存在とか、問題はいろいろあるけどね。
そこはあたしが知恵を絞って対処しようじゃないか。
「――大統領……」
と、タイガに声を掛けたのは、もう一隻のフリート級戦艦の艦長で、現評議会議長であるエギール・アグルスだった。
「――私は公表すべきだと思う。
そして今こそ我々は独立国家として自立し、いずれ来る<這い寄るもの>との戦いに備えるべきだ!」
高らかに告げるエギールの言葉に、独立派の面々も同意の声をあげる。
「……独立云々は置いておいて、<這い寄るもの>に備えるってのは、あたしも賛成するよ」
連中の発生がいつなのかは誰も知らない。
そもそも人類が連中と邂逅してから、銀河標準時でまだ三百数十年だったんだ。
だから、一万年前の現在、あの連中に備えるのは無駄になるかもしれない。
けれど、今の時点で連中が発生していないと断言できない以上、無駄を恐れて備えを怠るのは愚者のする事だろう。
人類が持てる力のそのすべてを結集して、ようやく勝利らしいものをもぎ取るのが精一杯だったあの連中を相手にするのに、この星は人的資源も物資も技術も、あまりにも脆弱なんだ。
今の戦力では連中の眷属器が数体現れただけで、壊滅状態となるだろう。
タイガはあたしを見て、うなずきをひとつ。
「……わかった。ドクトル・ブルーは以降、防衛機構の構築に注力してくれ」
それはタイガの方針転換を表していた。
これまであたしはタイガの指示で、惑星開発と既知人類圏への連絡手段構築に専念していたからね。
それからタイガはエギールに視線を向ける。
「……エギール議長。公表に関して話し合いたい。
なるべく市民に衝撃が少ないよう、年長者のあなたを頼りにさせてくれ」
「わかった。なに、急ぐ必要はないんだ。市民達も納得できるよう、慎重に行こうじゃないか」
「……ふむ。なら、このあと三人でメシと行こうか?」
あたしは霊脈に接続して、手頃な店の検索を始める。
「そんな事言って、キミは呑みたいだけだろう?」
タイガは呆れたように苦笑する。
「なにを? 面倒な話をする時こそ、頭をバカにした方が良いっておギンちゃん――ドクトル・シルバーも言ってたんだぞ!」
あたしの返しに、エギール議長もまた苦笑。
「ならば酔狂の鬼才にあやかって、我らもバカになってこの難問に挑むとするか!」
「おう、それが良い。どうせ正解なんてない問題だ。文句を言うやつはどうしたって文句を言うだろうさ。
なら、バカでも納得できるよう、バカの目線で語り尽くそうじゃないか!」
あたしの言葉に数名の評議員達も賛同し、結局、呑み会は数十人規模の大宴会になった。




