第4話 44
……その後、わたしの妊娠がわかるまで、コートワイル候は連日、リグルドにわたしを抱かせたわ。
狂気に囚われているとしか思えない苛烈さで、彼はリグルドを怒鳴りつけ、脅し、彼とフローラの意思を折り砕いて、行為を続けさせた。
そうして一月が過ぎ、わたしが孕んだのがわかると、狂態の日々は終わりを告げた。
再びフローラだけが部屋を訪れる、穏やかな日々が帰ってくる。
ただ、以前と違うのは、離れの周囲に魔道士が見張りに立つようになったこと。
わたしはわずかなフローラとの触れ合いの時間の中で、彼女を介して魔道士達のローカル・スフィアを読み取り、コートワイル候の思惑を探る。
そうしてわかったのは、彼がひどくアグルス帝国を恨んでいるという事。
わたしの身を縛り付けている魔道器――呪具を帝国内にバラまく事で、内側から突き崩そうという計画を練っていたみたい。
――彼はどうも機属と人属のミックスのようなんだ。
読み取った魔道士の記憶の中で、ドニールが語っていた。
魔道士自身はドニールが語る言葉をまるで理解できていなかったけれど、先生の教育を受け、その記録の閲覧権限を与えられていたわたしには、理解できてしまった。
神代の時代に生み出された、魔道科学由来の――人によく似た外観を持つ知性体。
先生の記録によれば、彼らは自律行動を取れる一種の兵騎のようなものなのだという。
機属の多くは、太古の昔にその老いない姿と強靭な肉体ゆえに、嫉妬と畏怖に駆られた人々に追いやられ、今では人里離れた土地で隠れるようにして暮らしているのだとか。
魔道士の記憶の中のドニールは語る。
――アグルス帝国の大魔道とか呼ばれてるお爺さん。彼が機属の集落を発見したようでね、帝国では彼らの研究が盛んに行われていたよ。
生きた……それも神代の魔道器とも言える機属だものね。
魔道の道を志す者が惹かれないわけがない。
アグルス帝国の魔道士達は、機属は人ではなく魔道器であるという理屈の下、人道に外れた凄惨な実験を繰り返したのだという。
その一環として――皇子の一人と機属の娘の交配実験が行われたらしい。
そうして生まれたのがコートワイル候――レオンなのだという。
彼にとって不幸だったのは、父親である皇子が天帝に選ばれた事。
幸いだったのは、名ばかりとはいえ皇子となった為に政治の駒として使われて、戦後賠償の一環――人質代わりとしてローダイン王国に差し出され、帝国を離れられた事だろうか。
我が国に迎え入れられた彼の境遇は一変したみたいね。
まるで本当の家族のように接してくれる、後見となったコートワイル家の人々。
同様に、本当の兄のように慕ってくれる王子時代のアルサス陛下やゴルバス公。
やがてレオンはコートワイル家の娘――ユーレイア様と恋仲になって……
王族の血脈をひとつ絶やす事になるふたりの恋に、きっと先王陛下や先生はかなり悩んだに違いないわ。
けれど、結局はレオンの婿入りを認める事にしたのよね。
きっとわたしにはよくわからない、政治的な思惑があったのだと思う。
わたしが知る限り、レオン――コートワイル候は先王陛下にも、現王――アルサス陛下にも忠実で――あんな狂気に囚われているという話は聞いた事がなかったわ。
少し鷹派な気質があって――アグルス帝国への報復をすべきという意見に囚われ過ぎているきらいがあるというような話を、父さんがしていたっけ。
――なぜ、あの娘を孕ませたのですか?
魔道士の問いかけに、彼の記憶の中のコートワイル候は語る。
――太古の血を遺す王族と世界最新の種属の子だぞ? きっと素晴らしい子が生まれるはずだ……その子を王に据えるのよ。
ギョロつく目に狂気を宿らせて、彼は魔道士に続ける。
――アルサスはダメだ! ミハイルという絶好の……優れた駒に恵まれていながら、防衛に専念するなどと甘い事を抜かしおって! ならば王をすげ替えるしかなかろう!?
……それがコートワイル候の望みなのね。
姉さん達の床入りに合わせたということは、きっとふたりの子供とわたしの子をすり替えるつもりなのでしょう。
わたしはわたしの中で、すでに脈動を始めたもうひとつの魔道器官に意識を向ける。
……コートワイル候。あなたの好きにはさせないわ。
このまま育ったなら、この子はコートワイル候の思惑通り、ミハイルくんを超える魔動を持って生まれるでしょう。
だって、この子にはわたし同様、魔道器官の封印がなされてないのだもの。
どうやって子をすり替えるつもりかは知らないけれど、封印を持って生まれてくるはずの姉さんの子と比べられたなら、魔動の強さだけをもってミハイルくんの子と認識されてもおかしくない。
そうして先生のところに送られる年齢になった時には、もう手遅れというわけだ。
だから、わたしは我が子の魔道器官に封印を施す。
呪具によって制限された魔道では、刻印を刻むのも一苦労だったけれど、幸いな事に時間だけはたっぷりあったから。
やがて臨月を迎える頃になって、我が子への封印は完成した。
この頃になると、フローラは自身の子の出産した直後という事もあり、わたしの世話どころではなくなっていて、代わりにリグルドがやってくるようになっていた。
「……生まれてくる子には、カイルと名付けようと思うんだ」
子供の性別は、コートワイル候の計画に重要な要素だから、魔道士達によって念入りに精査されてわかっていた。
姉さん達の子も男の子らしい。
「……情けない話だけど、長男も次男も、父上によって名付けられてしまってね。私が名付けたのはアイリス……こないだ生まれた長女が初めてだったんだ」
と、いつもフローラがそうしていたように、わたしが横たわる寝台の横に椅子を持ってきて座り、彼は独白を続ける。
「きっと君は私を恨んでいるだろうけれど……それでも君の子に私が名付ける事を許して欲しい……」
――カイル。
アグルス帝国のお伽噺に出てくる、竜討伐を成し遂げた英雄の名前ね。
リグルドには、同情の気持ちはあっても恋愛の感情はない。
けれど、まもなく生まれてくるこの子の事は――大切にしてもらいたいと思う。
ああ、<三女神>……どうか、この子に……カイルに祝福を。
コートワイル候の目論見が崩れ去り――どうかリグルドとフローラに正しく導かれますように。
……そうなったなら、わたしはもうどうなっても構わない。
自由にならない身体の中で、わたしはカイルに魔道で抱き締めて、霊脈の果てへと声にならない声で訴える。
来る日も来る日も願い続け――やがてわたしは破水して、カイルを産み落とした。




