第4話 41
――定義ユニット<創珠巫女>より、未定義ユニット『白-DK-4936』への不正な処理を検出しました。
――処理内容……未定義ユニット『白-DK-4936』への強制定義化。
――当該ユニットの存在時標における定義化は世界規定に反します。
――よって、定義ユニット<創珠巫女>の処理を凍結します。
――了承。凍結処理完了後、当該主時標より迂回時標へと接続します。
――否定! 否定否定否定! 未定義ユニット『白-DK-4936』は分岐主観時標において定義化の概念構築に成功している!
――否定。当該ユニットの存在時標主観では成されていない。
――この時標においては、ボクとの関連性が希薄な為に定義されていないだけだ! なあ、ケチ臭い事言うなよ。定義ユニット<創珠巫女>は――ああもう、面倒臭い! イリーナはその残された権能を以て、いずれ至るあの子の権能一部を先取りさせろって、アンタらに言ってんだ!
――否定。それは世界規定に反します。
――いいや。いいやだ、姉上達。イリーナの唄は世界に響き、そしてアンタらに届いた。その時点で、定義は成されている。
――あ~、<創象咆姫>の言う通りですね。<事象錬決姫>姉様の凍結処理に対して世界が拒否反応を示してますよ~。
――確認した。ふふ、そなたの時を思い出すのう、<流転法姫>よ。
――え~? あたしはルールは守りましたよ?
――アホたれ。我らの存在を認識していながら、望む結果に至るまであらゆる確率分岐を試行するのはルール抵触ギリじゃ。
――世界による未定義ユニット『白-DK-4936』の認識を確認。緊急措置として一時的に未定義ユニット『白-DK-4936』を臨時定義ユニット<救星竜姫>と規定します。
――定義設定、了承……先行定義の代償として、当該ユニットの運命分岐を調整……<創象咆姫>との関連付けを抹消します。
――な!? <時象判潔姫>姉上よ、それは少しばかり厳し過ぎんか?
――否定。臨時定義ユニット<救星竜姫>の主観時標分岐の確認を推奨。
――ふむ? あ~、なるほどのう。そなたが必死になるワケだ。<創象咆姫>よ。
――うん。この事象こそ、この冷たく悲しい世界を……あのどうしようもない行き詰まりから救い出す為に必須の一手なんだ。
――でも、この選択は定義ユニット<創珠巫女>の……
――本人も了承しての事だよ。あの子はそういう子だ……
――とはいえ、当該ユニットのはあまりにも幸運度が偏り過ぎだと思うぞ。どれ、妾もひとつ仕事をするとしよう。良いな? <伝霊姫>姉上サマよ?
――肯定。<転魂姫>の作業を了承、補助します。
――そんなワケだ。アリシア。キミは今、一時的とはいえ、世界を識る事になる……
『……シア! アリシア!!』
頭の中に直接響くようなイリーナ様の声に、あたしは我に返る。
なんか、すっごくふわふわした感覚。
『――ローカル・スフィアの動揺が収まった……アリシア! 落ち着いて、ゆっくりと目を開きなさい』
あたしは言われた通りに、意識して目を開く。
途端、あたしは飛び込んできた光景に魅入られた。
いろとりどりの輝きで織られた光の大河が脈動しながらたゆたい、巨大な球体を構築している。
それはゆっくりと回転していて。
『――アリシア、わたしがわかる?』
そう訊ねてくるイリーナ様は半透明で、白い燐光に包まれていた。
ううん。あたし自身も同じような状態になっているみたい。
見下ろした手が透けている。
『は、はい』
『良かった。どうやら貴女は感度が強いみたいね。源流の界面深度まで潜行してたから焦ったわ』
『え、えっと……よくわからないけどごめんなさい』
と、安堵する感情が伝わって来て、あたしは素直に謝罪する。
『いいえ。わたしこそごめんなさいね。貴女の力を見誤ったわたしの失敗だわ』
イリーナ様もそう謝罪を口にして。
『――なにはともあれ、ようこそ情報界面へ!』
両手を広げてクルリと身を回し、イリーナ様は告げた。
『――情報界面?』
『そう。世界を構築する精霊と霊脈、そしてローカル・スフィア――魂の流れを、外側から観測できる場所の事よ』
イリーア様はそう言いながら、あたしの目の前に広がる巨大な虹色の球体を指差す。
『アレがわたし達が生きる星のもう一つの姿。あの球体を構築する輝きのひとつひとつが、ヒトの魂のきらめきなのよ。
そして、あの球体を指して、先生やクロはユニバーサル・スフィアと呼んでいるわね』
『それって、霊脈を指す言葉じゃなかったんだ……』
『広義ではそれでも間違ってないけれど、厳密に言うなら貴女が霊脈と認識していたのは、スフィアの末端――ユニバーサル・コラムよ』
イリーナ様の説明を聞きながら、あたしは改めてユニバーサル・スフィアを見る。
丁寧に磨き上げた銀晶のように、万色にきらめいて回る巨大な美しい球体。
と、そのすぐ横に、たった一個で圧倒的な存在感を放つ魂が座しているのが見えて――
『――な、なんですか、アレ!?』
『ああ、竜よ。先生が言うには、百年ほど前から月に巣を作って休眠してるそうよ』
『……アレが竜……』
道理でアジュアお婆様やクロは、ドラゴンをトカゲ呼ばわりするわけだよ。
魔動の強さが――魂の強度が段違いだ。
『うん。ここから月竜を認識できてるんだから、やっぱりアリシアは優秀だね。じゃあ、アレも見えるかな?』
イリーナ様が指さす方に注意を向けると、圧倒的な魔動に隠されるようにして、硬質な響きを持った銀色の魂の輝きが見える。
『アレはね、この星の外からやって来た船みたいでね』
『――船? まさか、ドニールとかいう、マッドサイエンティストの!?』
イリーナ様を騙した存在が、この世界――この星の外からやって来た存在だというのは、ローダインを旅立つ時にアジュアお婆様から聞かされている。
『いいえ。彼の船は、ミハイルくんが<虹閃銃>で破壊したみたい。だから、あれは彼とは別口って事になるかな』
『別口? そんなの何処から……』
『よーく、目を凝らしてごらんなさい』
言われるがままに、あたしは船の銀色の魂を凝視する。
『……あ、なんか線みたいなのがぼんやりと……』
『それを辿って……ゆっくりと、集中して……』
船から延び行く銀色の線は、漆黒の虚空へと伸びている。
あたしは弓矢を射る時にも似た感覚を覚えながら、線を行く先へと目を凝らした。
――やがて。
『うわぁ……』
感嘆の声が自然と溢れ出た。
初め、それは月かと思った。
虚空に冷然と漂う孤独な天体。
けれど、意識を傾けるとそれは一気に膨れ上がり、太陽のように輝き出す。
『……見えたようだね。あの船の接続を介して、わたしも最近感知できるようになったのよ。
すごいわよね。あの輝きを構築するひとつひとつが、ユニバーサル・スフィアだっていうのよ?』
『――あのひとつひとつが!?』
思わず背後の――あたし達の世界を振り返る。
『既知人類圏を構築する人類意思伝達網――グローバル・スフィアと呼ぶらしいわ。あの船は、あの世界のいずれからかやって来たみたいね』
『……それもお婆様に教わったんですか?』
武に偏った教育を施されたあたしと違って、イリーナ様は随分と魔道に詳しいように思える。
だから、あたしはそう訊ねたのだけど、イリーナ様は首を横に振った。
『いいえ。調べたのよ。言ったでしょう? 霊脈にはもうひとつの効果があるって。それを体感してもらう為に、貴女をここに招いたのよ?』
『そう言えばそうでした』
ここから見える光景があまりにも美しくて、本来の目的を忘れちゃってたみたい。
舌を出して頭を掻くあたしに、イリーナ様は呆れ顔で苦笑する。
『霊脈――ユニバーサル・スフィアというのは、一種の記録装置にして大演算回路でもあるの。
それを認識、干渉できるここ――情報界面からなら、世界に刻まれた過去の記録を読み取り、それを元にある程度なら未来を予測する事もできるというわけ』
『そんなの――神話の中の女神様達みたいじゃないですか!』
『――まさしく、ね。だからこそ、先生達は人々が成熟する時が来るまで、この星の人々が霊脈に接続できないようにしていたんでしょうね……
放っておいたら、いずれ人はこの場に至ってしまうから』
と、イリーナ様は小さく嘆息を漏らして、あたしに手を伸ばす。
『でも、その時を待たず、霊脈への接続機能を復活させた者が現れた。わたしはその人を見極めなければならない。だから、貴女をここに連れてきたのよ』
イリーナ様の右手があたしの胸に触れる。
『貴女の記憶を覗かせてもらうわ。
……変わりと言ってはなんだけど……貴女が知りたがってた事も覗かせてあげる』
『あたしが知りたがってた事って……』
戸惑うあたしに、イリーナ様は微笑みと共にうなずく。
『気づいてたわ。貴女がわたしの過去の事を聞きたがってた事は。でも、優しい貴女はためらって……結局、聞けずにいたのよね?』
『う……ごめんなさい』
『良いのよ。ただ気をつけなさい。決して楽しいものじゃないから。ダメだと思ったら、すぐに目をつむるのよ?』
念を押すイリーナ様に、あたしは深くうなずく。
『……それじゃあ、始めるわ』
あたしの中とイリーナ様の魔道が繋がるのがわかった。
そして、意識が溶け合って……




