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翔之章 Chapter:1

次は翔が主人公の中編です。

序章の頃からずいぶん変わってしまった高校生活……


   Chapter:1



 時間は十九時。商店街にあるハンバーガーチェーン店は大勢の人で賑わっている。


「んーおいしぃッ」


 ハンバーガーに舌鼓を打つ凰鵡。

 その姿を、翔はぼんやりと眺めていた。


(ほんと、美味そうに喰うよなぁ……)


 頬杖を突いた手の一部を唇に当てて、上がってしまう口角を隠す。

 斜向かいに座った朱璃も、考えていることは同じらしい。凰鵡の横顔を見つめながら、ドリンクのストローから唇を離さない。


「翔、どしたの?」


 まん丸い目が不思議そうにこちらを見る。その隣からは少し険のある視線。


「いや、ほんと美味そうに食うなぁ、って」


 素直に白状する。


「だって、なかなか食べられないんだもん」


 今日は翔が衆に参入してから初めての、三人での外出だった。

 ゲームセンター、カラオケ、ショッピング…………そして夕飯は凰鵡の要望でこことなった。

 闘者のエリートコースを走る凰鵡だが、それだけに普段の食事制限は厳しい。ファストフードで一食まかなうというのは、まず許されない。菓子パンの買い食いすら禁止されている。

 翔は気が重くなる。強くなるためには、そこまでしなければならないのか。


 とはいえ、解放日もある。今日がそれだ。

 加えて、急を要する案件もないということで凰鵡と朱璃には一日の休暇が与えられていた。ちょうど翔も休日だったため、凰鵡の誘いに乗って合流したのだ。

 朱璃はやや不満だったようだが、剣呑な空気になることはなく、むしろ翔は三人が揃っていることに安心感すら覚えるほどだった。


「──ッ?!」


 とつぜん、凰鵡の顔つきが変わった。


「凰──」

「ごめん、ここにいて」


 席を立って出口へと走った。


「できるかよ──ッ」

「ちょ、翔くんまで!」


 他の客の視線を浴びつつ、凰鵡のあとを追う。

 店を出て、ビルの隙間を抜け、裏手に回ったところで、翔は凰鵡に追いついた。むろん、凰鵡が止まったからだ。

 居並ぶ室外機の風、排水口と換気扇から噴き出す湯気、ネズミとゴキブリの気配。

 それでも、思いのほか広いバックヤードの暗がりに三人の人影──男がふたり、女がひとり。

 男はどちらも分かりやすく不良という出で立ち。

 女は眼鏡にセミロング。壁際へと追い込まれ、上半身を露わにされていた。


(──杜谷原とやはら先生?!)


「大鳥くんッ? 凰鵡さんも……!」


 女もこちらに気付いた。

 翔の思考が一瞬、停滞する。

 杜谷原カイ。早山高校の保険医だった。

 ふだん保健室を利用しない翔でも知っている、校内の有名人だ。不登校児を医務室に招いたり、いじめの被害者を匿ったこともあったりと、優しく正義感が強いことで生徒から人気がある。

 だが、はだけられた杜谷原の胸──隆起した鱗のようなその肌は、明らかに人間のものではない。

 それに、いま彼女は凰鵡を本名で呼んだ。

 翔が混乱しているあいだに、男のひとりがこちらに迫っていた。


「なにお前ら?」

「あなた達こそ、何してるんですか」


 凰鵡が応える。

 男の右肩が下がった。

 どっ──子供にしか見えない凰鵡に、容赦ない腹パン。


「ぇ……」


 殴ったほうが驚いて腕を押さえた。

 圧倒的な体格差にも関わらず、凰鵡は微動だにしない。むしろ腹筋で押し返され、男のほうが手首をやられただろう。


「悪いことは、考えない方がいいですよ」

「チッ」


 片割れが小さなナイフを出して杜谷原に向けた。


「消えろ。刺すぞ」

「お前らこそ消えろ」


 そいつの背後から翔は声を掛け、ナイフを奪った。杜谷原から引き剥がして遠くへ突き飛ばす。凰鵡に気を取られている隙に、気配を消して回り込んでいたのだ。


「先生、大丈夫? 服、着られます?」


 背後の杜谷原をうかがう。

 目の端に入った素肌は、ヒトのものだった。

 さっきのは見間違いか。


「うん……」


 杜谷原は荒い息を震わせて応える。

 怯えて当然だ。


(さてぇ、どうしよっか)


 男達を睨む。殴り倒したいところだが、相手はすでに戦意を失っている。それでも、逃げようとはしない。

 意地? 虚勢? それとも…………

 いやな予感が背筋を這う。


「ちょっとあなた達! 通報したよ!」


 ビルの隙間から朱璃の叫び声がした。

 その瞬間、翔は杜谷原の手を取り、朱璃のほうへと走った。


「翔──ッ?」

「消えてやろうぜ!」


 男達の言うことを聞くわけではないが、杜谷原を助けた以上、これがベストだと思った。

 翔が杜谷原を、凰鵡が朱璃の手を引きつつ、夜の繁華街を走り抜けた。


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