顕醒之章 Chapter:4
Chapter:5も含みますが、どちらも長くないので一緒くたにしました。
また、顕醒之章はあえてそこそこの謎を残しておりますので是非モヤっとしてください。
Chapter:4
空はまだ異色に淀み、村を包む霧は晴れない。
坂を降りていた顕醒は、不意に立ち止まった。
「たいげんさまをころさないで」
目の前に、子供の群球が浮いていた。
ちょうど、緋富を引き上げた場所だ。
よく見れば、折り重なっているのは肉男の体内で串刺しにされていた子供達である。
黒い液を目から流して懇願する彼らに向かって、顕醒は静かに首を振った。
──ころさないで‼ コロサナイデころさないでくださいコロサナイデ殺さないで‼──
声ではない思念が周囲に響く。
「あ……あぁぁぁ……ッ!」
顕醒の背後にいた緋富が苦しげに叫ぶ。蒼司を抱いたまま、地面に転がる。
「嫌だ……そんな……チキショウ、アア……嫌だァァ……!」
何かを悟りつつ、懸命にそれを否定する。
そんな緋富に一瞥もくれず、顕醒は群球に向かって手をかざした。
ボウッ──子供らのパズルが開いて、その中心が姿を現した。
有り得ない形に身体を折って丸められた、若い男だった。
「……嘘だろ……」
かろうじて顔を上げていた緋富は、絶望と悲痛に表情を歪ませる。
「お前まで……」
それは、神羅の乙班に救出されたはずの深琴だった。
「ちくしょう……ちくしょう、俺ら……みんな」
緋富の目から黒い雫が垂れる。
「ヒトミ……サン」
蒼司がようやく言葉を発する。彼女の双眸もまた、黒に染まっていた。
そして緋富の触れた部分から、ふたりの肉体は融合してゆく。
それに呼応するかのように、群球から子供達の頭が伸びた。
「あぁー」「あうー」「んーン」
次々に、緋富達へと噛みつく。
ずる……ずる…………
噛みついた子供の頭はふたりの体に埋まって、肩……背中……太腿……あちこちから現れる。
顕醒は逃げようともしない。群球と緋富らのあいだで、何本もの伸びた首に囲まれながら、静かにたたずんでいる。
「ケン、セ……」
その背中に、消え入りそうな声がかかる。
緋富のようであり、蒼司のようでもあり、深琴のようでもある。
「タノム。ゼンブ、ブッころシテ──」
伸びきったゴムが縮むように、群球と緋富達──首で繋がれていたふたつの塊が、顕醒を呑み込んで激突し、一体となった。
──あああああぁぁぁアアアァァァァ‼
何十人もの子供の悲鳴を重ねたような、おぞましい絶叫が村を満たす。
そのひとつひとつが光に包まれ、灼かれ、融かされ、跡形もなく消し去られる。
あとには、顕醒ただひとりが残った。
蒼司に着せていたジャケットが舞い降りる。
空は青い。霧もない。最初に見た垰村の姿だ。
ジャケットに袖を通し、顕醒はスゥと息を吸った。
「……唵」
足下に土に掌を置いた。
その瞬間、大気が渦を巻いた。
土が舞い上がり、大地がえぐれた。
周囲の家々も大きく揺れて、ガラスが割れ、壁は裂け、瓦が飛んだ。
大地に、シンクホールのような巨大な穴が生まれる。
その地の底に、顕醒は降り立った。
視線の先に、一体の像がたたずんでいた。
一見して禍々しい立像である。
頭の数は十八──大小積み重ねられて、生首の塔と化している。そのどれもが髪を逆立て、歯を剥いた悪鬼のごとき形相だ。
腰から下には無数の髑髏が数珠つなぎにされて、巻き付けられている。
腕の数も頭に比例して十八対、計三十六臂──孔雀の羽のように広げられている。
手は印を結んでいるものもあれば、錆の塊になって原型も失った武器や道具を携えているものもある。それら古びた諸具に反して、像の表面は、昨日完成したかのように黒光りしている。
無論、傷ひとつない──たった今、大地をも穿つ一打を受けたというのに。
「ナウマクサマンダバザラダン……」
顕醒は不動明王の印を結び、真言を紡ぐ。
──アアアアアアアアアアアアア──
それに反応したように、十八の顔と、腰の髑髏が、一斉に絶叫した。
口という口から、〝光〟としか言いようのないものが吐き出される。
その光に顕醒は飛び込んだ。
気を籠めた掌打を真っ向から叩きつける。
ふたつの光の衝突で、辺りが激しく明滅する。
さなかに、顕醒は像の腕を鷲掴むや、一本、強引に捻り取った。
──アアあアアあアああアアアア!
像の悲鳴が、悲痛さを孕む。
土に叩きつけられた腕は粉々に弾け、腐敗した血肉の匂いを振り撒いた。
忌まわしい光はなおも噴き出て暴れ狂う。顕醒に襲いかかるものもあれば、縦穴の壁や底を侵蝕するものもある。
顕醒は自分に向かってくる光だけを逐一討ち消しながら、像から腕をむしり取ってゆく。
そのたびに響く、心を抉るような絶叫。
腕という腕を奪い去った次に、顕醒は像が腰に巻いた髑髏を破壊しはじめた。ひとつ破壊するごとに断末魔の悲鳴が上がって消える。それが何十人ぶんも繰り返される。
すべての髑髏が砕かれたと同時に、地面が大きく揺れた。像の吐く光で、縦穴が崩壊しつつあるのだ。
それでも顕醒は怯むことなく、左右の手刀を突き出す。
槍穂のような貫手は光を切り裂きながら、像の顔面を破砕してゆく。
男、女、老人、子供、赤ん坊……どれもが人間の肉と骨を宿していた。
最後の頭を砕くや、顕醒は像の胸に両掌を突き、すくい上げるように天へ差し上げる。
両手の親指と人差し指で、円を描く。
「呪根……滅すべし」
円のなかに、炎が凝縮される。
「カァーン!」
光が、空に昇った。
Chapter:5
──約三時間前。
「こちら麻霧です。顕醒さんに緊急指令です。現場の名は垰村──位置データはただいま送信しました。状況を説明しますので、移動しながら聴いてください。
今から約三十四時間前に全村民の消失が発覚しました。当初、神羅の突入部隊が調査に向かったようですが失敗、こちらに応援の要請が入りました。
神羅からの報告ですが、現在、垰村全体に《異界門》が形成されています。《向こう側》への開通はまだ確認されていません。
発生源は未特定とのことですが、当方の見解では、村の中央に埋められた、《大元帥明王》を模した像が原因と見て間違いないでしょう。
失礼、順を追って説明させてください。
垰村の土地はもともと、太平洋戦争末期、ある儀式のための祭場として拓かれました。
《大元帥明王法》が戦中に行われたという話は、顕醒さんも聞いたことがあると思います。
本来は宮中や、認可を受けた寺社で執り行われるものですが、わざわざ人里離れた山奥が拓かれたのは、このときの儀式が異例の、外法を加えたものだったためです。
結論から言うと、峠村で使用された明王像は、人間の体で造られた《呪仏》でした。
当時、敗色を覆そうと狂躁する大本営に同調していた術者達は、大元帥明王法の持つ〝鎮護国家〟と〝怨敵調伏〟……とくに、その後者を確実に実行するため、圧倒的な呪力をもった本尊を造ろうとしました。
彼らは政府の各機関を通じて、何人もの人々を当地に集め、命を奪い、その遺体で仏像を造り上げたのです。
ですが儀式は失敗しました。呪仏の力は祭場一帯に異界門を開き、術者は全員消息不明。門を封じるために、さらなる人員と犠牲が費やされました。
それでも呪仏を消滅させるにはいたらず、地中深くに埋めて封じるのが精一杯でした。
そして、術式を施した村をその上に築き、強力な神職の者を一族まるごと移住させました。呪仏が力を消耗するまで、数百年はかかるでしょう土地の封印を担わせたのです。
今回、その封印が破られた理由は不明ですが、神羅の突入部隊が呑み込まれたことからも、調査リスクは極大です。
部隊と住民の安否も絶望的。
よって究明および救出の優先度を下げます。異界門の封鎖を最優先──可能であれば、発生源を討滅してください。
……もうひとつ。垰村と大元帥明王法の事実は、神羅も把握しているはずです。
にもかかわらず、任務詳細の不明瞭さが気になります。どうかお気をつけて。
*
山道に、生きた人間の姿はなかった。
乙班は全員、首を切断されていた。見る者が見れば、惚れ惚れするほどの、あざやかな切り口である。
救護台の上に、深琴はいない。
「顕醒」
声の方に眼を向ける。
乙班の班長だった。
「本来なら、じかにお話しすべきでしょうが、いま貴方と顔を合わせるのは怖いので、このような形でまみえる非礼をお許しください」
声音こそ班長のものだが、口調はまったくの別人だ。
だいいち、生首である。
その断面には、どんな図鑑にも載っていない虫が一匹、取り付いていた。
「まずは、お見逃しいただき、まことにありがとうございます。ここにいた方々の安全より異界門の封鎖を選んだのは英断でしたね。それとも、この方々に何か、もの思うところでもありました?」
その話し手の正体が誰であるかは、言うまでもない。
「断っておきますが、今回の件、私はいっさい関与していませんよ。興味本位から見学だけさせていただきましたが……あまりに不安定な門だったので、戻ってくるのにも少し苦労しました」
苦労したと言いながら、さも楽しげに語る。
「貴方、すべてを消し飛ばしましたね。惜しいことを。負の遺産としては《邪願塔》にも劣らない価値があったというのに…………
村長さんとはお逢いしました? これは彼から聞いた話ですが、アレの材料になったのは、特別霊力の強い者……である必要もなかったとか。
死刑囚、特高の逮捕者、精神病の入院患者、浮浪者、孤児……そういう人達をチョロマカしたり掠ったりしては、この山中で拷問と洗脳を繰り返して、怨み憎しみを膨れ上がらせたらしいです。
で、キリの良いところで首をチョキン。なかには一家まとめて誘拐して、奥さんと娘さんを強姦しながら、目の前で旦那さんをじっくりいたぶって殺すこともあったとか。
面白いと思いません? いくつもの尊い人命を、文字通りの人材にして造り上げたのは、大元帥明王とは名ばかりの、制御不能の怨念の塊だったなんて。
まぁ、全部あの村長さんが情報ソースなんで、何処まで本当かは若干眉唾なんですけどね。
それにしても彼は、自分のやっていることが、かつての術者達と同じだと認識できていたんでしょうか。
あのままでは、彼に貪られた一族の怨念で《たいげんさま》の分身が完成して、今度こそ〝向こう側〟と繋がっていたかも。
とはいえ、繋がったところで、媒体はしょせん雑多な思念の集合体。先ほども申し上げたとおり不安定極まりなかったので、私はお暇させていただきました。
貴方とも、今回はこのあたりでお別れいたしましょう。次はちゃんとお逢いできますよう、祈っていてください……顕醒」
班長の首が、虫もろともドロリと溶けて、土に消える。
それを見届けると、顕醒は静かに、山を降りていった。
これにて、『降魔戦線 Interlude EP.2~EP.3』は完結です。
お読みいただきありがとうございました。




