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顕醒之章 Chapter:2


   Chapter:2



 ザッ、と山土を踏みしめる足音が、鳥の声ひとつない集落にこだまする。

 木立が開けたところに、最初の民家があった。

 そのすぐ先で道は横に折れて、登り坂が続く。

 坂の左右は、村の大部分を占める棚田だ。

 田園の合間や外周にも、小さな民家が点在している。


 ゆっくりだが淀みない足取りで、顕醒はその坂を登り始めた。頂上に何があるのかは見えない。

 《垰村(とうげむら)》──それが、この場所の名だ。

 外部に通じる道がここまでの山道しかないという隔絶された集落だが、現在でも少数の住民が暮らしている。

 否──暮らしていた、というべきか。



 およそ四〇時間前、この村の住民、全員の消失が確認された。

 事態に気付いたのが警官だったため、その直後には最寄りの所轄署から調査隊が派遣された。

 しかし村に入ったのち、彼らも音信を断った。

 調査用ドローンはことごとく原因不明の機械トラブルに見舞われ使用不可能。現場は木の陰も多く、調査員達の失踪状況を衛星から撮影することも叶わなかった。


 村民消失の発覚から約二十六時間後、〝超常的現象による事件〟と判断した当局からの依頼で、神羅が調査を開始した。

 慎重な観測のすえに、神羅は「垰村を中心に〝限定的な異空間〟が発生している」と断定。さらなる原因究明のため、突入部隊が編制された。


 通例、異空間への突入部隊は大きく別けて、甲と乙の二班で構成される。甲班は空間内に踏み込んでじかに調査する〝前衛〟。乙班は空間への出入り口を呪術的に開きつつ、外部から甲班を援護する〝後衛〟である。先ほどまで顕醒と話していた男は、その乙班の班長だ。

 甲班の顛末は、残された音声と、救出された深琴の様相から推し測るほかない。


 ──原因不明。危険度大──


 少数とはいえ新進気鋭の部隊が壊滅したことを受け、神羅は事態が自分達の手に余ると判断。事件発覚から約三十六時間後、より高度な異空間調査のノウハウを持つ衆に応援を要請した。

 だが、これに対して派遣されてきたのは、異空間専門の突入部隊ではなく、闘者である顕醒ただひとりであった。



 坂の中腹で、顕醒は立ち止まった。


「たいげんさまをころさないで」


 声が聞こえた。

 甲班の録音でも聞いた子供の声だ。少年か少女かは判然としない。

 と、坂の頂上に、大きな灰色の球体が浮いていた。


「たいげんさまをころさないで」


 声は、その球が発していた。

 少年であり、少女でもあった。

 色を失った顔、顔、顔、顔…………

 それは、幾人もの子供の身体を、有り得ない角度に折り曲げ、編み上げたような、人肉の群球だった。

 見開かれた目はいちように真っ黒く濁り、唇の奥には歯も舌もない。


「たいげんさまを」

「たいげんさまをころさないで」

「ころさないで」


 その目から、口から、重油のような黒液をダラダラと垂らし、彼らは懇願する。

 否、それは警告であり、命令だったのかもしれない。


 ふっと、群球が消えた。

 顕醒がまばたきをした、一瞬のことだった。


 そして、村の様相が変わっていた。

 雲のまばらな空は、赤でも青でもない(しかし紫とも異なる)色に覆われ、霧か煙かも判らない白色の靄が、集落の周りに垂れこめていた。


 すると突然、顕醒の体が地面に沈んだ。

 一秒と経たずに、頭までが地面に消える。


 と思いきや、光が間欠泉のように噴き出し、顕醒が飛び出した。

 その右手は、ひとりの青年の腕を掴んでいた。

 空中で姿勢を変え、抱きかかえながら着地する。

 グッタリした青年を座らせ、うなじに触れた。


「──がは……! うぇッ」


 覚醒した青年は四つん這いになって嘔吐(えず)く。

 その口から、油のような黒い液体が流れ落ちる。群球から流れていたものと同じらしい。


「ここは……?」


 濁った唾を何度も吐き捨てつつ、青年は片膝を立てて訊いた。光が苦しいのか、瞼がなかなか開かない。


「垰村の中心部だ」

「クソッ……お前は誰だ?」

「私は顕醒。応援要請を受けて衆から派遣された」


 青年が息を呑む。


「……あんたが……!」


 ようやく落ち着いた様子で立ち上がり、顕醒を見た。

 その双眸は、白目までが真っ黒に染まっていた。


「どうした。俺の顔、何か変か?」

「緋富か?」

「あ? ああ、そうだ」


 青年の声は、録音で聞いた班長のものだった。


「なにがあった?」

「こっちが訊きたい。子供達を丸めたような妖種が出て、退避しようとしたら目印の楔が消えてて、班員も消えた。そしたら次の瞬間、真っ暗闇に……」


 緋富の言葉は、記録に合致している。


「泥の塊に丸呑みされたみたいな気分だった。息をしてたかどうかも判らない。頭のなかに何かが入り込んで来る感じがずっと続いてた。正体を探ろうにも、逆に食い尽くされそうで出来なかった。救助がくると信じて耐えてたら、あんたが引き上げてくれた」


 顕醒は無言でうなずく。


「助かったのは俺だけか? 班員は? 男と女が、ひとりずつだ」

「いや」


 そう応えて、顕醒は坂道を登りはじめた。


「待てよ……顕醒ッ、何処に行くんだ?」

「元凶を探す」

「……クソッ」


 緋富も顕醒のあとを追う。

 もう子供の声は聞こえてこなかった。

 が、緋富がふと横を見れば、田園の向こうに人影あった。

 まっ白い着物(それも死装束)をまとった女、男、老婆、老翁、少年、少女……

 その全員が、普通の三倍には膨れ上がった頭を、もの凄い速さで右へ左へ、上下、前後へ、ブルブルと振っている。

 容姿の判別すら出来ないが、その誰もが、真っ赤な唇を顔の半分にまで開いて、大笑いしていることだけは分かった。


「ここに取り込まれた奴らか」


 話しかける調子だった緋富の言葉は、独り言に終わった。

 顕醒は、なんの感慨もなさげに、黙々と坂を登る。


 周囲の田畑では、白木綿に似たものが何本も生えて、波に揺れる海藻のようにうねうねと身を揺らしていた。眼を凝らしても正体はハッキリとしない。


 荒れた田のひとつでは、警官が拳銃を口に咥えて引き金を絞り、みずからの頭に風穴を開けた。そして穴に指を突っ込んで顔を引き裂き、喉をこじ開け、胸を割り……自分の体内をそこらじゅうにぶちまけてゆく。


「ァ──ァァアアああ」


 ときおり、真っ黒い人影が空から降ってきて、地面に激突して弾け、消える。声は老若男女さまざま。落ちる場所に規則性はないらしい。


 垰村は、まるで地獄だった。



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