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紫藤之章 Chapter:3


  Chapter:3



 目まぐるしく動く小型ドローンの群れに、翔は銃を向け、引き金を絞る。

 バンッ。照射されたレーザーポインターがドローンを射抜く。被弾機は赤いランプを灯して降下した。


「つぃ」


 翔は顔をしかめた。

 訓練用のレーザー銃とはいえ、実銃の反動を再現するための空砲も備えている。当然、無茶な姿勢で撃てば腕を痛める。

 ドローン達からもレーザーで反撃は来る。それを避けながら的確な射撃を続けるのは難しい。

 ちなみに遮蔽物はない。壁を貫いてくる相手が珍しくないこの世界では、むしろ隠れるために対象から目を離すほうが危険だ。


「急いて撃つな」


 そばで見ながら、紫藤は甥を叱咤する。

 ここは支部の地下射撃場。

 基礎が備わってきたこともあって、ドローンを用いた実戦形式の訓練を、少し前から始めていた。


「いっ」


 翔が小さな悲鳴をあげた。ドローンのレーザーを体に受けると、手首のバンドに軽い電流が走るようになっている。訓練終了だ。


「どうよ?」


 肩で息をしながら翔が訊ねてくる。

 紫藤は組んだ腕に伏せていた専用端末を見る。撃墜数、命中率、耐久時間……スコアは着実に上がっている。


「悪くないな」


 手首を返して画面を見せると、翔は「うしッ」と軽くガッツポーズする

 一見するとゲームのようだが、常人では一秒と保たない。《雲脚》の初歩を修めた翔ですら、五秒の壁を破るのに二週間近くかかった。

 それでも、実父によって密かに射撃訓練を積まされていたこともあって、その習熟速度は通例よりはるかに速い。年明け頃から動きも格段によくなり、斎堂の一件以来抱えていた強い焦りも落ち着いていた。年末に凰鵡達と特訓したのが契機になったのは間違いない。

 紫藤も憂慮して苦言を呈してはいたが、その反面、一度くらいボロボロになるまで打ちこむのもいいと思って、強くは止めなかった。


 普段は要領が良いのだが、熱くなるとそれを忘れるのが翔の悪いクセだ。おまけに父親に似て根は頑固で、身内の助言ほど聞かない。

 そういうタイプは、言葉で教えられるより、命のリスクがない失敗や、小さな挫折を自分の身で経験したほうが覚えが早い。


 ただ、こういう師としての駆け引きをしなければならなくなってしまったことを、紫藤は口惜しく思う。

 姉の遺言通り、この子がなにも知らず、世間一般の人間として生きていられたなら、本人も自分も、どれだけ幸せだっただろう。ただの叔父と甥に戻ることは、もはや叶わない。

 それでも、他の誰かに師の役を任せるつもりも無い。

 母を亡くし、父も死に、翔はこの世界に入ることを選んだ。

 なら、この子が生き残れるよう育て上げるのは、自分の役目だ。


「おじさん。オレ、本当に大学行かなきゃだめ?」


 紫藤はほころびかけた口角を締めなおす。

 訓練の最中に「おじさん」呼ばわりされたからではない。来たときの「先生」こそ、むしろ冗談のようなものだ。

 問題は、翔がまだ〝自分の立場〟を理解していない、ということだ。


「半年でここまで来られたんだから、衆に専念したらもっと強くなれると思うんだよ」

「ああ、そう思う」


 そこは間違いない。


「だったら、大学なんか通わなくたって」

「気持ちはわかる」


 これも本心からの同意だ。何をするかも不透明なまま入る大学より、翔には今、明確に心を燃やせるものがあるのだから。

 《チャクラメイト事件》の以前から進路を決めていた翔ではあるが、今ではむしろ叔父の方針に従っているような様子だ。

 成績は落ちていないが、迷うのも無理からぬ事だ。


「翔、正直に答えてくれ」


 甥はビクリと身を震わせ、叔父の次の言葉に構える。


「お前は、凰鵡くんの相棒(バディ)になりたいのか?」

「え、あ…………うん」


 驚き、目を逸らし、口籠もりながら、うなずく。彼女がいたとは思えないウブな姿に、紫藤も少し苦笑をこらえる。


「私も正直に言おう。無意味だ」

「え?」

「〝不動は独孤にして至高〟と聞いたことがあるか?」


 翔は首を横に振る。

 凰鵡はあまり詳しく話していないのだろう。紫藤は甥に、不動の力について話した。


「でも前の事件のとき、顕醒さんも妖種抑えるのに手一杯で、維さんや凰鵡と三人がかりだったよ?」

「その件は聞いている。彼が限界だったことに、私は懐疑的だ」

「なんで?」

「その気になれば、顕醒は町ひとつ消せる」

「マジ……?」

「何か意図があって力を抑えていたんだろう」


 翔の顔が青ざめている。


「話から推測する限り、凰鵡くんの成長を促すためだ。彼も最終的には顕醒の域に達する。遅かれ早かれ──いや、おそらくこの数年のあいだに、だ」


 何も応えられなくなっている甥に、紫藤はトドメの言葉を投げた。


「お前がこれから四年間、本気で鍛えたところで、凰鵡くんはさらに先へ行く。彼らは、持っているものが我々と違いすぎる」

「……そんなの……」


 ふと、翔の口から荒い息が漏れる。


「やってみねぇと、分かんねぇだろ──ッ!」


 翔の怒声は、銃声に掻き消された。


「あ……え……?」


 見開かれた目は、硝煙を吐く銃口を凝視する。

 紛れもない紫藤の銃だ。

 瞬きする間もない早抜きから放たれた弾丸は、顔の一寸脇を抜けて、訓練室の防弾壁に弾けていた。


「今のが見えたか? これでも本気の半分程度だぞ」


 目の前の出来事を理解できているかも怪しい甥に、紫藤は残酷な事実を突き付ける。


「凰鵡くんとの訓練で、お前に得るものがあったのは否定しない。だが彼の力を見くびるな。私も追い抜かれた。もはやスパーリング相手としても役不足だ」

「じゃぁ、あいつは……」

「お前のために手加減してくれていたんだ。そうでなければ、今のお前に彼の気弾を避けることなど出来るものか」

「手加減……」

「はっきり言う。どれだけお前が強くなろうとも、彼の下位互換どころか、足手まといにしかなれない」

「……ッ!」


 声にならない呻きを漏らして、翔は膝を突いた。


「手荒な真似をして悪かった。それでも、これが現実なんだ」


 紫藤は得物を懐のホルスターに戻した。

 仮にも翔に銃を向けた──短くないキャリアのなかで最悪の一発だ。

 師弟にならなければ、こんなことは起こらなかった。誰が望んで、可愛い甥の希望をへし折るものか。

 だがこればかりは、翔の挫折と自覚を黙って待つわけにはいかない。

 たとえ師としての、親代わりとしてのエゴであったとしても、今の自分には、引きずってでも最低限の道を示す責任がある。


「翔……凰鵡くんに並びたいのなら、闘うことにこだわるな」


 ハッと、糸で釣られたように翔は顔を上げた。


「捜査員を兼ねてはいても、彼らはあくまで戦闘専門だ。そのために、多くのものを犠牲にしている」


 翔は応えず、唇を一文字に結び、目を床に落としている。

 考え、悩んでいるのが紫藤には判る。


「お前はすでに、凰鵡くんが羨むものを持っている。彼を支えるために、それを捨てる必要はない」


 紫藤は甥に歩み寄り、手を差し出した。


「今日はここまでだ。片付けは私がやっておく。彼と会う約束があるんだろう?」


 翔は立ち上がった──叔父の手は取らず、ただ訓練用の銃を手渡して。


「……ありがとうございました」


 眼を合わさぬままに頭を下げ、きびすを返した。

 その背中を、紫藤は無言で見送った。



 数週間後、翔は隣市の私大を受験し、可も不可もない成績で合格した。


お読みくださりありがとうございます。

紫藤之章は以上です。


しれッと翔が大学合格キメちゃいましたね。

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