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朱璃之章 Chapter:3


 Chapter:3



「ここの風呂場、やけに静かじゃねぇか?」


 唐突な翔の問いに、朱璃はまたもや詫びと礼を伝えそこねた。


「そりゃ壁あるもの」


 ベッドに仰向けになって天井を眺める。鏡のなかの自分が、また歪んで見える。


「それにしたって──」


 かたや翔はソファに座って『悪魔(デビル)のダブルベッド』の続きを観ている(内容の奇天烈さに、凰鵡はギブアップしていた)。


「ふたりとも部屋から出たのか、ってくらい気配も感じなくて、正直かなり怖かったぜ」


 思い起こせば、自分も入っているときは外の音を聞いた記憶がない。考え事に夢中だったし、ふたりが静かにしているのだとも思っていた。

 が、実際にはかなり騒がしい映画を見ていた。それに気付いたのも、脱衣場を出た瞬間だった。


「何が言いたいの?」

「上手く言えねぇけど、なんか妙な感じなんだよな、この部屋。さっきもテレビ変な動きしたし」


 アダルト欄を出してしまったことを当てこすられているように感じて、朱璃はまたムッとする。


「そう思うのは、翔くんが私に腹立ててるからじゃないの?」


 翔が怪訝な顔で振り返る。


「オレが? なんで?」

「凰鵡くんと二人っきりの特訓を邪魔されたうえに、帰りも足手まといになったもの」


 違う。こんなことを言いたいのではなかったはず。だが出てくる言葉にことごとくトゲが生える。


「朱璃ちゃん?」

「翔くんは、凰鵡くんのことどう思ってんの?」


 沈黙が流れた──映画の音すら覆い隠すほどの。


「好きなんでしょ」

「……そっちこそ」

「本当は吹雪になるのも分かってて、あわよくば二人でここに入るつもりだったんじゃないの」

「んなバカな」

「よく入れたよね、こんなとこ。まだ高校生なのに」

「受付、無人だったからな」

「そうじゃなくて、よく躊躇わなかったねってこと。初めてじゃないの?」

「……ここじゃないけど、金花と一回」


 しまった、と悔やむ。触れないようにしてきたはずの翔の傷を、無意識のうちに抉っている。

 だが、良心の呵責ではない別のものが、すでに朱璃の口を支配していた。


「スケベ。凰鵡くんにも同じことしようと考えてるの?」

「……? 朱璃ちゃん、どうした?」

「図星でしょ。最近なんでも言うこと聞かせてるもんね。迫れば抱かせてくれると思ったの?」

「──ッ!」


 翔が立ち上がり、朱璃を睨め降ろす。

 朱璃も仰向けのまま首を傾けて、下から睨み返す。

 そのまま数秒──


おん


 パン──と耳元で凰鵡の声と弾ける音がした瞬間、朱璃の意識は闇に呑まれた。



(私……なにしてたの?)


 鏡張りの天井が見える。眩しさと気怠さでボンヤリとしているが、映った自分の顔はさっきのように歪んではいない。


「お、起きた」

「朱璃さん、気分どう?」


 体を起こすと、ソファの二人がこちらを向いていた。テレビは風景の映像で一時停止されている。


「私、どしたの?」


 翔と言い合いをしてたところで意識が途切れている。


「んー、結論から言うとね」


 翔と顔を見合わせてから、凰鵡が切り出した。


「朱璃さん、よくないのに憑かれてたの」

「は? ……つまり」

「そう、これ」


 と、凰鵡はオバケのポーズを取る。

 ゾッと背中が冷える。思わず身を縮めて、室内を見渡す。

 ホテルにはときどきそういう部屋があるというが、まさかここが……?


「大丈夫、凰鵡が祓ってくれた」

「祓えたわけじゃなくて、蓋してる感じだけどね。ボク、霊関係は得意じゃなくて。でも、一日くらいは抑え込めると思う」

「もしかして、凰鵡くんが手叩いてたのって」

「うん。一回離れたと思ったんだけど、お風呂入ってる間にまた入り込んでたから、ちょっと強引にね」

「二人には、分かってたの?」

「いや、オレはヤな感じがしたってだけ」

 さっきの翔の言葉は、自分へのわだかまりのせいではなかったのか。仮にも零子の弟子でありながら、一人だけ気づけなかった自分が情けなくなる。


「凰鵡は最初から。ったく、言ってくれりゃいいのに」

「ごめん、心配かけたくなくて──ぃたッ。ごめんって」


 翔の拳が凰鵡の額を小突く。

 しかし、どちらも本気で怒ってるはずもない。

 その気心の知りようを見せつけられて、朱璃はやはり悔しくなる。が、さっきまでのような黒い衝動は湧いてこない。


「え、じゃぁお風呂場は?」

「ああ、アレはオレの勘違い。防音すげーってだけ。ヤバいのはソコだったらしい」


 といって翔が指したのは、いままさに朱璃が寝ているベッドだった。


「ちょ──!」


 慌てて飛び起き、ソファに駆け寄る。


「いや、だから今は大丈夫だって」


 翔に笑われた。

 溜め息を吐いて、もう一度、天井を仰ぐ。やはり顔は歪んでいない。


「そういえば、私、ここの鏡見るたびに顔が歪んで見えてた」

「うん、少しずつ入られてたの。悪い影響がなかったら無理に刺激しないほうがいいかなって思ってたんだけど、本当にゴメン……」


 悪い影響……凰鵡や翔へのわだかまりが激情のようになって、揶揄や罵倒が止まらなくなったのがそうなのだろう。

 人間誰しも他人に物思うところはある。だが、それが憑きものひとつで、ああも歯止めが利かなくなるとは。

 いや、もともと自分が感情的なぶん、容易く付け込まれたのだろう。


(自戒しなきゃね、私……)


 とくに翔には、噛みつくのが癖のようになってしまっている(半分は翔の言葉足らずのせいだとも思うが)。


「私こそ、ごめんなさい、二人とも。それと……ありがとう、色々」


 言いたかったことが、ようやく口から出た。


「いや……まぁ」


 翔がバツの悪そうな顔で目を泳がせる。


「オレのほうも、邪険にしてスマンかった。朱璃ちゃんさえよけりゃ、また自主練に付き合ってくれるか?」

「え?」

「凰鵡からも聞いたけど、オレ、急いてたみたいだわ。今日ので、久々に手応え感じたんだよ。朱璃ちゃんのおかげだと思う。ありがとうな」


(翔くん……)


 これだから翔という人間を嫌いになれないし、凰鵡が惹かれるのもわかる。それだけに複雑だ。


「ん……ッ」


 肩の重みが下りた途端に、今度は腹に鈍痛がきた。


「朱璃さん?!」

「大丈夫……ただ……」

「ただ?」

「お腹空いた。いま何時?」


 凰鵡が安堵の笑みを浮かべる。


「うん。ボクもお腹空いた。えっと、時計は……」

「なんとまだ十九時。外はいまだ吹雪。買い出し、出前、その他持ち込み、ご遠慮ください」


 翔がルームサービスようのタブレット端末を取り、Vサインをする。


「しょうがないね。せっかくのクリスマスイブだし。パーッといきましょ」

「やった! ボク、フライドポテトギガ盛り!」

「はいはい、ちゃんとしたご飯のあとにね……ッて、カレーとスパゲッティくらいじゃない。サラダないの?」

「このクリスマスオードブルにレタス着いてるじゃん、朱璃ちゃんコレでいいんじゃね?」

「敷いてあるだけの飾りでしょが。私ゃハムスターか」

「あははは!」


 朱璃のツッコミに凰鵡が笑い出す。

 それにつられて、二人にも笑いが伝播する。

 この今を、朱璃は素直に心地いいと思った。

 たとえ凰鵡に煮え切らないものを抱えていても、翔との間に軋轢があっても、自分と一緒にいることを二人が喜んでくれていると信じられる。


「ところでさ」


 ふと気になって、朱璃はTV画面を差す。


「今度は何観てるの?」

「ああ、これ」


 と、凰鵡がリモコンで再生する。

 夜の森を映した定点カメラ。木の間に垂れこめる幕のような闇のなかに一瞬──


「ぅえ……?!」


 何本もの、手のような影がよぎった。


「『マジで出てきた呪いの動画』シリーズ」

「あなた達、さっきの今でどういう度胸してるのよ?!」


 結局、朱璃が「怖くないよ!」と見栄を張ってしまったことで、クリスマスパーティは勢いのままに心霊動画祭りと化した。

 だが日を跨ぎ、「メリークリスマス」と唱和してお開きになった頃には恐怖は限界点。ベッドは朱璃一人で使っていい、と気遣う翔達に──


「怖い! 無理! いいから一緒に寝て!」


 と、恥をかなぐり捨てて頼みこみ、川の字で眠りに就いたのだった。


     *


「おはよー、雪、やんでるよ……ふたりとも、ちゃんと寝れた?」


 一足早くベッドを出ていた凰鵡に、朱璃は無理だった、と心のなかで答えた。

 恐怖と引き換えに、別のドキドキに悩まされて、なかなか寝つけなかった。

 横を見る。ひとりぶんの間をあけて、体を起こした翔が気怠げに項垂れている。


(お互いに、苦労するね)


 ふと眼が合い、皮肉な笑みを交わすのだった。


お読みくださりありがとうございます。

朱璃の章は以上です。

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