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朱璃之章 Chapter:2


   Chapter:2



「こちらも凄い吹雪ですから、無理しないで、ゆっくりしてきてくださいね。とにかく無事でよかったです」

「ありがとうございます。では、お言葉に甘えます」


 電話ごしに頭を下げて、朱璃は零子との通話を閉じた。


「あ、兄さん、ボクです。朱璃さんは元気になりました。お騒がせしました。けど雪が凄くて、今夜はこのまま泊まっていきます。すみません、勝手言ってしまって……はい、ありがとうございます。それじゃぁ」

「あー、おじさん、朱璃ちゃんは──あ、零子さんと一緒だった? そういうことだから。ああうん、分かってるって。じゃ、またね」


 三者三様に保護者への連絡を終え、「ふぅッ」と揃って溜め息をき、ソファに沈んだ。

 朱璃は回復したものの、天候には好転の兆しなし。帰路も遠く、いま出ても同じことの繰り返しになる。

 そういうわけで、一泊コースが決定した。ラブホテルで、という点はいまだ三人の秘密だ。


「ごめん、私が着いてきちゃったせいで……」

「いいって」

「そうそう」


 朱璃の謝罪を、二人は笑顔で受け流す。


「さっきはたいへんだったけど、朱璃さん来てくれてよかったよ」

「おかげで特訓もはかどったしな」

「でも、家でパーティーのはずだったのに、こんなところでなんて」

「そう? ボクはけっこう楽しいよ」

「え……?」

「あ、いや、そういう意味でじゃなくて──」


 朱璃がドン引いてるように見えたのか、凰鵡は慌てて訂正する。


「ホテルに泊まることなんて滅多にないし、ベッドも大きくてキラキラしてるし、ちょっと恥ずかしいけどお風呂もオシャレだし、色んな映画も見放題だしね」

「そうねぇ」


 と答えながら、朱璃はTVのリモコンを手にして、映画のラインナップを表示してみた。


「ゎッ」


 三人とも思わず声が出た。

 いきなり画面が切り替わり、アダルトビデオのリストが表示されたのだ。


「え、なんでやだもう──!」


 《戻る》ボタンを連打する。


「壊れてんのかなぁ?」


 無事ホーム画面に戻れたところで、リモコンをテーブルに置いた。顔が熱い。


「さっきはそんなことなかったけどな」

「だよねぇ」


 凰鵡の肯定がよそよそしく聞こえて、朱璃は心のなかで疑ってしまう。

 本当は二人でひそかにアダルトビデオを観ていたのでは……


「まいっか。とりあえず、朱璃ちゃんも落ち着いたし、オレも風呂入るわ」


 翔が立ち上がった。


「うん、そうだね」


 凰鵡も立ち上がった。

 グッ──朱璃の胸が締めつけられる。

 翔が訓練生になって約三ヶ月、トレーニング後や、泊まりがけの日など、時間がかち合えば、たびたび大浴場を共にしているのは知っている。

 両性具有でも性自認が男なら男湯を使いたいのは分かるし、凰鵡にとって翔がそれだけ気の許せる相手だというのも理解できる。


 だが凰鵡はよくとも、凰鵡の女の部分を見る翔のほうは何も感じないのだろうか。

 受験勉強で忙しい時期に彼女をつくっていたような男だ。悲惨な別離になってしまったのを思えば口に出すのははばかられるが、その優しさは好色さの裏返しではないかと疑えてしまう。

 一方で、この疑心が、彼らの距離の近さに対する嫉妬の表れだという自覚もあった。


「……んー、朱璃ちゃんがまだ病み上がりみたいなもんだから、どっちかは付いてたほうがいいと思うんだけど」


 翔の気遣いに、朱璃は奥歯を噛む。

 ありがたいが素直に受け取れない。凰鵡に対するこっちの想いを知っていて、あえて遠慮しているのか。だとしたら余計なお世話だ。

 全部解った上で──そういう所には、顕醒と同じ不信感を覚える。


「あ、そっか。じゃぁ翔、先にどうぞ。いちばん汗かいてたし」

「ああ、わりぃな」


 凰鵡はというと、翔のことを微塵も疑う様子がない。顕醒に対する従順さが翔にも発揮されているのだろう。


(けど、私には……)


 凰鵡は自分のことをどう思っているのだろう。他人との関係は見えても、それは杳として知れない。


 ──ボクも朱璃さんが好き──


 凰鵡のことを思うたびに、かつて聞いた言葉を想い出す。あれは、朱璃の求める確かな愛情の籠もった心の声。嘘の吐きようはない。

 しかし、邪願塔事件が解決して以降、凰鵡からあの熱意を感じない。

 友愛と親愛──朱璃の求めるものには、ずっと足りない。


(あのときのあれはなんだったの……)


 モヤモヤが解けないまま、気が付けば半年をとうに過ぎている。


「朱璃さん?」


 ソファーに座り直した凰鵡が顔を覗き込んでいた。

 翔はいない。脱衣場から物音がする。


「え、なに?」

「大丈夫? 怖い顔してた」

「そうかな。場所が場所だから、緊張してるのかも」


 慌ててごまかす。


「だと、いいんだけど」


 そう言って、凰鵡はTVのリモコンを繰り始める。異常なく映画ラインナップに遷移し、タイトルを確認してゆく。さっき見ていたのは『地獄のデビルダブルベッド』というらしい。


「ねぇ、凰鵡くんは翔くんのこと、どう思ってるの?」

「え……?」


 まん丸い目が朱璃を凝視する。


「ほら、二人で一緒にお風呂入ってるけど、凰鵡くんはその……女の子でもあるから、恥ずかしくないのかなーって」

「ん……翔なら大丈夫」


 短い返答。そのさなかに見えた真剣な顔つきが、朱璃の胸を二重の縄で締めつける。 

 ひとつは、凰鵡か翔のどちらかが我慢しているのではないかという疑惑。


 もうひとつは、やはり嫉妬だ。

 凰鵡の裸なら自分も見たし、見られもした。邪願塔から解き放たれた今も凰鵡が欲しいし、自分を欲しがってほしいとも想う。

 そのことを素直に吐き出せない自分と、吐き出すまでもなく手の触れる場所に素肌を感じられる翔。


「朱璃さんこそ、翔のことどう思うの?」


 予期していなかった反撃に、頭がカッと熱くなる。


「別にどうともッ」


 意識したよりもずっと語気が荒くなる。

 どうしようもなくイライラが募っている。

 パン──唐突に凰鵡が手を叩いた。

 虫でもいたのだろうか。


「そう? でも、今日も、翔のこと心配して着いてきてくれたんでしょ?」


 半分は当たっている。それだけに、もう半分に気付いてくれないことがもどかしい。


「私は……」


 悔しかったから──その言葉をグッと呑み込む。


「私は、零子さんや紫藤さんに、翔くんのことで心配して欲しくないから。凰鵡くんのことでも……」

「ボクの?」

「うん。翔くんは最近、焦って突っ走ってるし、凰鵡くんも翔くんの頼みだったら何でも聞いちゃうし、今日だって凄く無茶なことするから、そのうち大事故になったり、体壊しちゃうんじゃないかって──さっきの私みたいに」

「そう……うん、そうかも……」


 しおれた花のように凰鵡はうつむく。


「ねぇ、凰鵡くん。翔くんの力になってあげたいのはすごく分かるよ。でも、だからこそ彼の言うことを聞くばっかりじゃなくて、たまには彼を抑えるのも大事なんじゃないかな。凰鵡くんにとっての顕醒さんみたいに」

「ボクが……うん、そうだね」


 驚いた顔が、少し自信を得たようになって、うなづいた。


「ありがとう、朱璃さん」


 今度こそ、フワッと花が開いたような笑顔を目の当たりにして、朱璃は軽い目眩を覚えた。


「ねぇ、凰鵡くん。私が象の巨人から助けてもらったときのこと覚えてる?」

「うん、もちろん」

「あのとき、巨人のなかの私にね──」


 と言った瞬間、


「おさきー」


 脱衣所の扉が開かれて、翔が出てきた。

 しかもバスタオルを腰に巻いただけで。


「ちょ、翔くんなんて格好!」

「いや、浴衣が二枚しかなくって、そっちは凰鵡に使ってもらおうかなって。オレは着替え持ってきてるから」

「だからって……もう、いい。早く着ちゃって!」


 ソファの上であぐらを掻き、体ごと翔に背を向ける朱璃だった。


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