第四話
倒れ込んだ所で眠れる訳でも無いのにあのまま丸一日を過ごした。多くの亡者が近くを通り過ぎたが襲われる心配はしないで済んだ。やはり自分は生き物ではなく亡者として認識されているらしい。こちらに気付き視線を向けて来たかと思いきやすぐに他の場所へと歩き去っていくの繰り返しだった。
ふと身体の調子のテストをしようと思い立ち適当にそこら辺を歩き回った。
時には遠目に人に見つかり逃げられ、時には彷徨う亡者達の集団と行動を共にした。いつか理性が蝕まれるかと人から距離を取って過ごしたが、そんな様子は無かった。
ただ一つ、時が経つに連れて思っていた事が確信になって行った。
腹が減っているのだ。食べた所でそれを消化して排出する訳でもないのに不思議なもので、空腹もそろそろ限界だ。
以前は亡者達と共に人へ襲い掛かり肉を貪っていたが、今は人を見つけても追いかけず逃がしている。人や鳥、犬など。動く物を見かける度に目の前が暗くなり、どこから分泌したのか分からない涎が垂れて来たりする。動物ならばと比較的抵抗感が無い鳥などを捕まえようとしたりしたが、捕まえる事は中々叶わずこれまで何も口に出来ていない。
身体が。本能が。生き物の肉を求めているのだ。けど身体が言う事を聞くようになってから人を喰らいたくない。何故なら自分自身の意思で食べる事になるのだから。
そう自分の本能と戦いながら亡者達と小さいビルが立ち並ぶ所を変わらず彷徨っていた時。
「逃げろおお……逃げろおおおお!!!」
亡者では決して出せない、意味を持ったハッキリした大人の声。それが少し離れた交差点の右から確かに聞こえて来た。逃げろと意思を伝えるにしても、今の世では逆効果だ。その声を聞いた傍の亡者達が一斉にその方向へと顔を向け、歩き出した。幸いターゲットをまだ確認できていないからか走っては居ないけど、遠くを見ると交差点の向こう側からも声の方向へ歩いて行く亡者達が確認できる。
自分が居るグループと合わさったらかなりの亡者達だ。果たしてこの人数を相手に先程叫んでいた人は生き残る事が出来るのだろうか。叫び声の内容からして一人じゃない筈だ。
どうにか出来ないかと自分だけ少し速足になって叫び声の主が居る場所へと向かってみる。速足になる際に周りを確認してみるが、やはり亡者には仲間だと思われている様で、難なく進むことが出来た。
交差点を右へと曲がってみると遠くで横に倒れた車の上に乗り、拳銃の銃口をこちらの方向へと向ける男が居た。歳は20代後半くらいだろうか。無性髭を生やしているので若くは見えないが、今の世で髭を剃ること自体が難しいのでもっと若いかもしれない。
銃口は変わらず亡者に向けられているが発砲する様子は無い。狙いを定める様に両手で拳銃を握ってる様だがその先端は揺れている。大量の亡者を前にした恐怖か、仲間を守る為外せないプレッシャーか。
一先ず自分が撃たれてはマズイ。幾ら亡者の身体とはいえ弾で頭をぶち抜かれて動ける自信は無い。そう思い途中にある車などの障害物で身体を隠して近付こうと思ったその時だ。
遠くに見える新鮮な肉に改めて視線を向ける。元気に叫んでいる獲物だ。活きの良いあれの喉に喰らいつけば、どれ程の満足感を得られるだろう。泣き叫び暴れる獲物の喉から流れる鮮血。生きたニンゲンの甘イ香りヲ……。
そう思った瞬間走り出していた。銃口をこちらに向けているにしても、その手が震えている今なら容易く接近出来るだろう。銃社会でも無い日本でまともに弾を当てられる人なんてそうそう居る訳無いのだから。
自分が走り出した事によって他の亡者達も走り出した。これはマズイ。せっかくの新鮮な獲物を取られてはいけない。自分は他の「人」と違い考える理性が残っているのだ。最短ルートを走らなければ。そこに更に亡者としての身体能力を使えば……。
目の前にあるトラックへの上へとジャンプする。力を入れてジャンプしたお陰か簡単に飛び乗る事が出来た。高所に登れば最短ルートも分かりやすい。獲物が叫んで居た場所を再確認し、車の上を飛び移り進めば簡単に辿り着けるだろうという考えに至る。
ならば後は行動するだけだ。他の亡者達より先に辿り着き、食にありつく為に。
まず一歩だ。少し斜めった所にある黒い軽のワゴンへと飛び移る。続けてその後ろの白い軽トラに。ここまで来ると男が異質なこちらの存在に気付いたのか顔を恐怖と驚愕に歪める。そうだ。認識シろ。オ前は捕食者に追われる立場ダ。大人シく血肉とナり果テろ。
他に向いていた銃口は急ぎ狙いを変えそして弾が放たれた。その弾は五メートルは距離がある車のドアに着弾。
撃った弾が当たらなかった事に焦り、男の頭がその背中へと向く。つられてこちらも奥を見るとまだ幼いだろう新鮮な肉が二つ確認出来る。そうか、メインはあの二つになりそうだ。若い肉は大人と違い柔らカく、ヨり甘イのダ。
「早く逃げろ!!!他と違うおかしいのが居る!!俺が抑えるから早く行け!頼む……
!」
男が何やら叫ぶが内容なんてどうでも良い。自分は人間以上の身体のスペックを誇っているのだから、安易に追いつけるだろう。まずは目の前のうるさい獲物からだ。
気が付けば飛びつける距離まで来ていた。後ろを確認すると他の亡者をかなり引き離し、獲物を取られる心配はしナいで済ミそうだ。足と腕を折っテ無力化した後は亡者が居なイ場所に連れて行っテかラ他の二人を追いかケ、三食を揃えてからゆっくリと食せば良い。そうだ。そうしヨう――。
最後の大きな一歩を踏み出し、目の前に居る男へと飛びつく。口内には期待の唾液が充満していた。
またまた間が開いての投稿失礼です。
先の展開まで色々考えていますので、亀更新とはいえ物語は必ず進みます。
脱字誤字等ありましたら遠慮なくお知らせ頂けると至極喜びます。