愛しの花嫁殿。
書いてみたかったヤンデレ。
あぁ、愛しの君。
なぜ僕のことだけを見てくれないのか。
カロシーナと僕は幼い頃から婚約関係にある。
だけど僕はいつも彼女を見るととてもイライラしてしまう。
「ハロルド様!あちらの花が今は見ごろなんですよ!一緒に見に行きましょう。」
「ハロルド様!今日はお菓子を作ってきました!ぜひ召し上がって?」
「ハロルド様!誕生日のプレゼントに私の瞳の色と同じカフスです。身に着けてくださいませ。」
「ハロルド様!これからもずっと一緒にいてくださいませ!」
「ハロルド様!私だけを見ていてくださいね!」
「ハロルド様!…」「ハロルド様!…」「ハロルド様!…」
その愛らしい顔で、愛らしい声で僕の名前を呼ぶ。
彼女の言葉、行動で僕の心は激しく鼓動する。僕の心を簡単に弄ぶ彼女にとてもイライラしてしまう。
だけど同時に僕は安心していた。きっと彼女は僕を裏切らないと。
いつも僕のことだけを見ている。
そうしていることが当たり前のはずなのに。
いつからだろう。その愛らしい顔を僕以外に向けるようになったのは。
いつからだろう。その愛らしい声で僕以外の名前を呼ぶようになったのは。
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16歳から18歳の貴族令息・令嬢はみな学園に通うことが義務付けられている。
それは跡継ぎであるものたちへの教育の場であり、婚約者のいない者たちの出会いの場であり、若者たちの火遊びの場であった。
僕とカロシーナの関係に異変が起きたのは学園に入学して数ヶ月経った頃。
それまではずっと僕のそばを離れなかったカロシーナが姿を消すようになった。
仲の良い女学生たちでさえ、カロシーナの居場所を知らなかった。…いや、本当は知っていたのだろう。
「アーノルド様ったら!」
カロシーナの笑い声が聞こえる。
どうして僕以外の前で笑っているんだ。
「カロシーナ、こんなところにいたんだね。」
「あ…ハロルド…そ、そうなの!こちら、第二王子殿下よ、お会いしたことはある?」
「もちろん。お久しぶりです。アーノルド殿下。」
「あぁ、久しぶりだねハロルド侯爵令息。すまないね、君の姫をお借りしていたよ。」
カロシーナの手を引いてその場を去ろうとした。
「あ、アーノルド様!また!」
「あぁ、もちろん。またね、カロシーナ公爵令嬢。ハロルド侯爵令息。」
本当に不快だ。
どうしてカロシーナは僕だけをみていてくれないんだ。
「ねぇ、カロシーナ。どうしてアーノルド殿下と一緒にいたの?なにをしてたの。こんな人気のない場所で。」
「…え?お話をしていただけよ?なにもないわ。」
「…なにもないねぇ。」
「どうしたの?」
いつからカロシーナは殿下を名前で呼ぶようになったんだ?
いつからカロシーナは僕に向けて不安げな何かを隠すような表情をするようになった?
カロシーナは優秀だった。優秀だったが故、第二王子殿下を名前で呼ぶようなことはしないはずだった。ましてや婚約者のいる身だ。そんな彼女がなぜ急に。しかも人目のない場所で。
僕にはわからなかった。
それからも度々カロシーナが貴族令息と話をしているところを見かけた。
それは子爵子息であったり、宰相侯爵令息であったりと様々だった。
ただ一つ確かなことはその令息たちには皆婚約者がいた。お互い婚約者がいながら他の異性と親しくするのはあまり褒められた行為ではなかった。
僕はカロシーナの聡明で一途なところが好きだった。
だが最近の彼女は聡明さが欠け、他の令息とばかり仲良くしている。
こんなことで、彼女への気持ちはなくならないが面白くはない。
「君は僕を裏切らないはずだろう…?」
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彼女が他の人を見て笑うなら、他の人を見られないようにすればいい。
彼女がどこにいるのかわからないなら、目の届く範囲で囲ってしまえばいい。
彼女にそれを強いるなら、僕も同じじゃないとだめだよね。
僕はカロシーナと二人だけの小さな箱庭を作ることにした。
王都のはずれに小さな屋敷を建てた。人目に触れない場所にした。
専属のメイドと執事を付けた。他の人間には会わずとも生活ができるようにした。
カロシーナの食事や生活は僕が世話をしたい。彼女に会えない時間をその練習にあてた。
資金は僕の個人資産から出した。足りなくなることはないだろうが、カロシーナの好きなことができるよう、土地の運営や資産運用に力を入れた。
両親は貴族によくある政略結婚で仲が悪く、嫡男でもない僕のことを空気のように扱っていたから何も咎められることはなかった。
「向こうに迷惑をかけるな。伯爵位はお前に渡すようにする。好きに使え。ただ無駄にするな。」それだけ釘を刺された。
カロシーナは両親から必要とされていなかった。この国では女児には継承権がなく、長年子供ができなかったにもかかわらずようやく生まれた子供はカロシーナだった故に両親の失望は大きかった。さらに彼女の立場を悪くさせたのは、それまで何年も子供ができなかった伯爵家悲願の男児をカロシーナ誕生の翌年に出産したのだ。
僕たちはお互い両親から必要とされていなかった故に、お互いに依存していた。しているはずだ。
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月日は流れ、学園の卒業パーティー
あれからのカロシーナは僕を避け続けた。そのせいで僕との関係はとても疎遠になっていた。
学園では常に男に囲まれていた。彼女自身の身分も高いが故、いじめには発展しなかったがかつての友人たちは離れていった。
疎遠になっていたが彼女は僕へ定期的に手紙を書いて送ってきた。
「愛しているのはあなただけ。私はあなたのものよ。」そのような甘美な言葉だけが綴られていた。
自分でも馬鹿なのかと思うが惚れた弱みだ。その手紙があるだけで僕はカロシーナを想い続けることができた。
だから僕はアーノルド殿下の茶番にも屈しなかった。
「カロシーナ嬢。君に婚約者がいることはわかっている。だがそれは政略的なものだろう?その点私たちは本当に愛し合っている。真実の恋だ。それに私のほうが君に豊かな生活をさせてあげられる。どうか私と婚約をしてはくれないだろうか。」
僕とカロシーナの婚約が解消されている状況であればそれはただの美談だったのかもしれない。だが未だ婚約関係にある状況でのアーノルド殿下の発言は不貞を口にしているようなものだった。
下位貴族の者たちはこの状況に色めきあっていたが、上位貴族は良しとしなかった。
王家とはいえなんの権限も持たない第二王子の横行に、第一王子派の者たちは笑い、第二王子派の者たちは顔を青くし両親に伝えるべく席を外していた。
「アーノルド第二王子殿下。お久しぶりにございます。発言をよろしいでしょうか。」
「あぁ、ハロルド・アイン伯爵。良いだろう。」
「ありがとうございます。此度の話はどういったことでしょう?当事者であるはずの私でさえなにも聞かされておりませんが?それに殿下には婚約者がいらっしゃるではありませんか。ましてやここは卒業パーティーです。なぜ事前の説明もなくこのような場で」
「えぇい!うるさい!私とカロシーナは愛し合っているんだ!所詮私と同じように君たちだって政略的な婚約だろう!」
殿下はこんなにも愚かな人間だっただろうか。
なんの感情かわからないがカロシーナは俯いて涙を流しなにも言わない。
「お言葉ですが、政略的なものであったとしても婚約は家同士の契約です。ましてや殿下は王命による婚約だったと記憶しております。個人の問題でどうこうなるものではございません。」
「うるさい!衛兵!この者をとらえよ!」
衛兵は僕ではなく第二王子を拘束した。
「なぜだ!私は王族だぞ!このような「黙れ!お前には失望したぞアーノルド。」
「ち、父上。」
王の命により、第二王子は廃嫡となった。
だがカロシーナの愚行も耳にしていたらしく社交界からの追放を言い渡されていた。
王家からの沙汰にカロシーナの両親は激怒し勘当を言い渡され着の身着のまま家を追い出された。
だから僕は彼女を迎えるため彼女の家の前で待っていた。
「カロシーナ。僕は君を見捨てることはないよ。僕と一緒に行こう。」
カロシーナはうつむいたままうなずき、やはり何も言わなかった。
今はこの状況がつらいのだろう。
だけどきっともう大丈夫。
(あぁ、これでようやく僕だけを見てくれる。僕だけのカロシーナ。)
僕は馬車に揺られ隣で眠る愛しい花嫁の頭を撫でる。
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(ふふふ。ここまで長かった…。本当に愚かでかわいい人。私に愛されなければこんなにも心を歪めずに済んだのに可哀想な人。…だけどごめんなさいね。もうあなたは私だけのもの。私も貴方だけのもの。誰にも邪魔させないわ。)
これでようやく私と貴方だけの世界。
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