【短編】ツンな幼馴染が俺が寝ている間に「私を好きになる」と催眠術をかけて来たのだが
初日、日間34位!
8月6日7位!ありがとうございます!
部活は割とハードだ。だから、食事の前後で急に眠気に襲われることはよくあること。俺が家のリビングのソファでうたた寝をしていると、幼馴染の月城澪が耳元でささやき始めた。
「あなたは月城澪が好きになる。月城澪が甘えてきても好きなまま。嫌いにならない。絶対に嫌いにならない……」
なんだこれ!? 俺は何を聞かされているのか。
***
俺と澪は、家がマンションの隣同士。親同士が仲が良いこともあって物心ついたときから家ぐるみの付き合い。しかも、両家とも共働きとあって夕飯は一緒に食べることがデフォになっていた。
「武、今日の夕飯何が食べたい?」
別々にご飯を作ると非効率という、とても合理的な考えの下、両家は一緒に食事をとることが多いのだ。だから、俺と澪だけの時もよくあった。
「うーん、カレーかハンバーグか……」
「小学生!? もうちょっとこう……高校生として恥ずかしくないメニューを言って!」
そうは言っても、澪の料理はおいしい。カレーでも、ハンバーグでも、それ以外でも俺はきっと満足する。
俺たちの夕飯は親が作ることもあるけれど、両方の親が遅くなる時など俺が夕飯を作ったり、澪が作ったりしていた。「お隣」という認識ではなく「兄妹」か「家族」という認識かもしれない。
じゃあ、澪のことはどうでもいいかというと、全然そんなことはない!
俺は彼女をバリバリに意識していた。
俺は小学生の頃から空手をやっていて、高校生になった今でもそこそこの成績を出しているので続けている。
澪の理想が「硬派な人」みたいで、小さい時に澪が好きだったマンガのキャラが空手をやっている硬派なヤツだった。だから、俺はいまだに律儀に空手を続けている。
ただ、本当の俺は甘いものが大好きな「スイーツ男子」だ。
空手をやっている限り、毎日毎日練習でスイーツを食べに行く時間はない。こっそりコンビニスイーツを買って楽しんでいる程度。
ただ、スイーツよりも澪のことが好きなので、空手は続けている。本音を言えば、もういい加減辞めたい。6月のインターハイも終わったし、8月の全国高等学校空手道選手権大会も終わったので、もう引退していい頃だろ。
でも、甘いものを食べている軟弱な男は澪の理想とは真逆だ。だから、俺がスイーツ好きなのはトップシークレットにしている。
「あれ? 買ってきた合いびき肉がない!」
「あ、さっき澪が冷凍庫に入れてたよ?」
「知ってるわよ! 肉は冷たい方がおいしくなるから冷凍庫に入れたの!」
澪の方は学校では、クールビューティーを通していて人気も高い。
ただ、家では澪を見ていると挙動が不審になって行ってドジも多い。
このポンコツぶりが可愛くて好きなのだが、彼女は失敗すると逆切れして誤魔化すクセがあった。
だから、俺と澪はいつもケンカばかり。一見すると仲が悪いように見えた。澪のことはすごく好きだったけど、もっと甘えて欲しいと思っていた。いつも気丈に振舞うクールビューティーの彼女に少しの寂しさも感じていた。
学校では、完璧超人と言ってもいいほどの有能ぶりだけど、今日は既にうちに入ってくる時に、玄関の段差で躓いた。「湿気で玄関の段差がいつもより1mm高くなっていたのよ!」って言ってたけど、本当だろうか。
冷蔵庫は右手でソースを取ろうとしつつ、左手で扉を閉めて手を挟まれていた。「手なんて挟んでない!」と言い張っていたのだけど、本当だろうか。
しゃがんだ時に胸ポケットに入れたスマホを落としたのだけど、「強度試験よ!」と言っていたのだけど、本当だろうか……
本当だろうと、嘘だろうと、彼女の可愛い行動は俺の琴線に触れまくっていた。
澪可愛い……
■ 澪side
私、月城澪はクールビューティ!
学校では、ミスがないようにずっと気を張っている。いつもクールだと思われるように心がけている。
本当はそんな訳はなく、いつもドジばかり。特に、武に見つめられるとテンパってミスが多い。
今日は、玄関で躓いて、冷蔵庫は自分の右手を自分の左手でドアに挟んでしまったし、スマホは落としてしまった。
武と二人きりになってしまうと緊張からかクールビューティーの仮面は外れてしまってボロがでる。
でも私には、クールビューティーであり続けなければならない理由があった。武の理想のタイプはクールな女の子だから。
昔、武が好きだったマンガのヒロインがクールだった。本当は甘えたいけど、それは武の理想とは真逆。甘えることはできない。
今日、学校でいいことを聞いた。凄くかかりやすい催眠術だという。素人の催眠術は催眠状態に持ち込むことが難しい。その点、いま学校で話題の催眠術は眠っている間に暗示をかけるのだという。
睡眠学習の効果と催眠術の効果で本人も知らない間に暗示にかかっていると話題みたい。あまりに効果が大きすぎるので、催眠を解く「キー」も一緒に入れないと危ないのだそう。
その人が嫌いな食べ物を食べると暗示が解けるとか、絶対に行かないところに行くと暗示が解けるとか、そういった「暗示を解くキー」を一緒に入れて暗示をかけるという方法。
食後、武がリビングでうたた寝をしていた。髪の毛を触ってみても起きない。これは絶好のチャンス!
顔を覗き込んでもやっぱり寝てる。今しかない!
「あなたは月城澪が好きになる」
大丈夫。起きないみたい。1回しか言わないと不安だから、もう何回か言っていこう。
「あなたは月城澪が好きになる。あなたは月城澪が好きになる」
そうだ。クールなイメージの私のことを好きになったとしたら、私が甘えることで暗示が解けてしまうかもしれない。追加で暗示をかけておこう。
「月城澪が甘えてきても好きなまま。嫌いにならない。絶対に嫌いにならない……」
これで大丈夫。あ、忘れるところだった。この催眠術は、必ず「暗示を解くキー」を入れるルールだった。これがないと効かないのかもしれないし、ルール通りに入れておこう。
武が嫌いな食べ物……そういえば、武は甘いものは食べない。きっと甘いものは嫌いに違いない!
「甘いものを食べるまで暗示は解けない」
再度、武の顔を覗き込むけど特に変化はない。ぐっすり眠っている。疲れているのかな? 寝顔を見てもやっぱりカッコイイ……はぁ……好き。
■ 武side
な、なんだ……いまの……状況を整理すると、あれってもしかして学校で話題になっていた催眠術!? それを考慮すると、澪は俺に澪を好きにさせようとしている!?
澪は俺のことが好き!?
このビッグウェーブに乗らない手はない。俺は少し芝居じみた感じでうつろな目で目を覚ました。
「うん……寝てた……」
「あ、起きた? 武、ちょっとこっち見て! 何か感じない?」
目の前に澪がいる。手を伸ばせはすぐ届くところに澪がいる。
「ん? 澪? 好き……」
「すっ……! そう、好きなの……」
瞬間湯沸し器だろうか、頭から湯気が噴き出しそうな勢いで澪が真っ赤になった。
俺がソファでゆっくり身体を起こすと、澪が横に座った。
「たっ、武は……わたっ、私のこと好きなの?」
「あぁ……俺は、澪が好きだ……」
益々顔を真っ赤にしてその場でじたばたしだす澪。普段、学校で見る「クールビューティー」とも違うし、家で見る挙動不審な澪とも違ってすごく可愛く見えた。
俺は俺で、普段だったら絶対に言えないことを言った。「俺は澪を好き」言ってしまった。催眠術にかかっているんじゃあしょうがない。そう考えると、あながち催眠術は嘘じゃないかもしれない。
「ねぇ、武、頭なでなでして」
そう言うと、澪は身体を傾けて俺の腕に頭を付けた。「なでて」ではなく、「なでなでして」だったからついニヤニヤしてしまった。
俺は恐る恐る掌を澪の頭の上に載せ出来るだけ優しくなでる。澪は猫のように目を細めて気持ち良さ様な顔をした。
これだ! 俺が求めていた澪は!
すごく昔は甘えっ子だった澪。俺はそっちの方が好きだった。最近は、年頃のせいか少し堅いというか、冷たい感じに思っていたので、久々の感触に感動してしまった!
「てってってってー……」
てってってってー? 急にどうした? 澪がバグりだした!?
「てっ、手をつなぎませんか?」
なぜ、急に敬語!?
でも、憧れていた澪と手をつなげる!俺は迷わず手を差し出し、澪と手をつなぐ。催眠術をかけられているから当然だ。
「!!」
再び、天頂から湯気でも噴き出しそうな勢いで澪が真っ赤になる。
俺はできるだけ冷静にしていたが、内心はドキドキ。
澪は、少し夢見がちに繋がれた俺達の手をまじまじと見ていた。
「抱きっ、だっ、だだっ……これはさすがにダメ」
次の命令を口にしようとしているようだが、恥ずかしくなってしまったらしい。
澪はすっくと立ち上がると、ソファに座っている俺の前に背中を向けて立った。なにこれ?
「後ろから……抱きしめて」
よ、よろしいんですかーーーーー!?
クラスではクールビューティーの名を冠している人気者美少女にそんなことを言われて断れるやつがいるのか!? いや、いるはずはない!(反語)
俺は静かに立ち上がり、後ろからふわりと澪を優しく抱きしめた。
身長差とか、腕のレイアウトとかの関係で、腕に澪の胸の膨らみのやわらかさが伝わってくる。こっ、これは捕まらないのか!?
澪を見ると抱きしめた俺の腕に頬ずりしている。ヤバい! 愛しさが爆発しそうだ!
「たけ……る。私と……その……つ、つ、付き合って…! ください?」
抱きしめられたまま、うつむきながら澪が告白してくれた。こんな可愛い告白 嬉しすぎる。
「ありがとう。もちろん、OKだ。これからよろしくな」
「ほんっ、ホントね! あとでやっぱり やめたとかないからね!?」
「そんなこと言わないよ」
つい、笑みが漏れてしまった。どんだけ必死なんだよ。澪は自分のことをなんだと思っているんだ。こいつが告白したら誰でも落とせそうなのに。
「きっ……いいえ、これはデートの時に……」
澪の命令は止まらない。よほど日頃 願望というか、希望というか、あったらしい。
「武、週末はデートに行きたいわ!」
「分かった。日曜でいいかな?」
「う、うん……空手の練習は!?」
「ああ、もうそろそろ引退でいいと思うんだ。今週中には先生に言ってもう少し自由な時間ができるようにしてもらうよ」
「ホント!? じゃあ、これから映画とか遊園地とかも行ける!?」
「まあ、受験があるから どんどん行くわけにはいかないけど、たまになら大歓迎だ」
澪がその場で小さくガッツポーズをとったのを俺は見逃さなかった。
普段、教室ではクールで通っている澪とは違う、俺の前だけでしか見せてくれない彼女の一面。なんだか嬉しくなった。
■変わる日常
次の日から全てが変わった。
「武ー! おはよー!」
部屋のドアを開けたら、澪がいた。さすがにこれまで朝ごはんまで一緒ってことは殆どなかった。朝はパンなんかで簡単に済ませるから、わざわざ一緒に取る必要性がなかったのだ。
「おはよう」
「朝ごはんできたよー!」
元気よく言うと、テーブルの上に朝食を準備してくれていた。母さんはちゃっかりテーブルで朝ご飯を食べているし、澪がキッチンで料理をしている。誰の家だよ、もう。
「澪ちゃんありがとうね! 助かるわぁ」
「いえいえ、よかったらこれから、ちょくちょく伺ってもいいですか?」
「もちろんよ! 澪ちゃんならいつもでも大歓迎よ! なんなら お嫁に来る?」
「もう、馨さんったら!」
母さんとも仲良くやってやがる。昨日までの表面ツンツン、中身ポンコツはどこに行った!?
テーブルの上にはサクサクに焼かれたトーストとふわふわのスクランブルエッグにカリカリベーコン。澪の料理スキルは高い。見ただけでおいしいって分かる。
「武、今日はお弁当作ってみたの。足りなかったら購買でパンでも買って」
そう言うと、カウンターに大きな弁当箱の包みを置いた。
「ありがとう。朝から大変だったろ?」
「かっ、かっ、かっ、彼女になったんですからっ!」
顔を真っ赤にして、めちゃくちゃ力が入っていた。可愛すぎてついニマニマしてしまう。
「あら、あんたたち やっと付き合い始めたの! もう、とっくに付き合ってるのかと思った」
「揶揄うのはやめてくれよ、母さん。付き合い始めの微妙な時なんだから」
「あらあら、ごめんなさい。じゃ、私 一足先に出るわね! 澪ちゃん! ごちそうさま! 2つの意味で!」
「!」
最後まで揶揄ってから母さんが仕事に出て行った。リビングは嵐が去った後のような静けさ。
「……庇ってくれて、ありがと。嬉しかった」
「あ、いや……当然っていうか……」
いつもの「逆切れ澪」はどこにもいない。素直で、甘えてきて、なにこのかわいい生き物は!
*
まさか、登校時に手をつないで行くことになるとは思わなかった。これまでは、一緒の時間に家を出たとしても、澪が走って先に行ってしまっていた。
今日は一緒に家を出たから、一緒に行くと思ったけど、澪が当然のように手をつないできた。
「付き合い始めたんだから、当然手はつないでいくわよ?」
「うん、そうしよう」
なにも異存はない。それどころか、澪のはにかんだ笑顔が見れて嬉しくてしょうがない。
*
教室でも全てが変わっていた。10分休憩の時など、澪が俺の机の前の席に来て週末のデートについて話している。どこに行くとか、なにをするとか……当然会話の内容はクラスの連中にも漏れ聞こえて、教室内がワザワザしている。
それはそうだろう。昨日までなにかと言えば言い合いみたいになっていた澪と俺が教室で手をつないで週末のデートの打合せをしているのだから。
「映画を見た後、喫茶店で映画の話をしたいわ」
「いいね。楽しそうだ」
「どんな映画が良い?」
「俺は、アクション系でもいいし、恋愛系でも楽しめるよ? ホラーとかはスプラッタ系はちょっと……その後に喫茶店にいけないと思う」
「ふふふ、武はホラー系がダメなんだ。意外」
「そんなの見てたことないだろ? 澪ならよく知ってるだろ」
「うん、知ってる。じゃあ、どの映画に行くか一緒に選ぼう?」
そう言って、スマホ画面を一緒に見る。向かいの席だと見にくいのか、椅子を持って俺の席の隣に移動してきた。
これにはたまらずクラスの男女から歓声が上がった。
さすがに澪も気づいたみたいで、教室を見渡すが、クラスメイトはみんな明後日の方向を向いて澪と目を合わさない。音のない口笛を吹いているヤツもいる。
澪は、「なんだ気のせいか」とばかりに視線がスマホの画面に戻り週末に見る映画のことで楽しそうだ。
俺の目にはクラスメイト達がニヨニヨしている顔がバッチリ見えるんだが、もう少し隠してほしい。中には無言でサムズアップしてくる男子、両手で握りこぶしを作って「ガンバ!」と無言の応援メッセージを送ってくる女子、あからさまに歓迎ムードだった。
そりゃあ、日々教室で言い合いしているのとイチャイチャしているのでは、後者の方が被害は少ない……と思う。
部活では、そろそろ引退で後は後輩に任せたい旨 顧問に告げるとめちゃくちゃ惜しまれたけど高校の部活とはそんなもの。
インハイでは優勝こそ逃したけれど、そこそこ勝ち上がったし、地方の無名の空手部にしては試合でも割と勝った方で、雑誌の取材も何回か受けた。学校の名前も少しは有名になった。だからだろう。だからと言って、3年の俺は来年の試合には出られないのだ。
澪とのデートも順調で、なにも障害になる物がなかった。なにより澪が素直で、とんでもなく可愛い顔で甘えてくるので、こちらとしても嬉しいばかりだった。しかも、俺は催眠術にかかっているのだから、澪の素直に言う通りにしていた。益々障害になる物はない。
クラスの男子の何人かは、枕を涙で濡らしたかもしれないが、俺たちが幼馴染であることはみんな知っていた。
さらに、これだけ澪が嬉しそうな顔をしているのだから、誰も間に入ってこない。すまんが、これだけは譲れない。諦めてくれ。
これはもう高校卒業まで楽しいことばかりが続くとハッピーエンドかなと思い気が緩んだある日、事件は起きてしまった。
■魔法が解ける時
何気なく家のリビングのソファに座ってテレビを見ていた。澪はすぐ横で俺にもたれかかって同じようにテレビを見ている。
ホームアローンがあっていた。もう何度見たことか。下手したら次に何が起こるか覚えているほどだ。
CMを見ていると、コンビニの新商品のスイーツが宣伝されていた。
生クリームが多く使われているらしいプリンで以前のヒット商品の再販らしい。これは絶対に食べる必要がある!
澪が帰ったあと、夜中に一人でコンビニに向かった。だいたいこういう時は、狙った商品がなく、何店か回ったりするのがあるあるなのだけど……あった!
1店目で発見! 無事ゲットすることに成功した!目当てのプリンと同時発売のエクレアを買うとまっすぐうちに帰り、コーヒーを淹れ自室で「宴」を開催した。
プリンは甘すぎず、それでいて甘さが足りないこともなく、ちょうどいい甘さ。やわらかくそして濃厚。これこそがプリンだと思った。
コーヒーで一旦口の中をリセットしたところで、エクレアを一口……
(バタン)「武、言い忘れたけど、明日は……」
固まる二人。1秒か、1分か、10分か……。
―この催眠術は強力すぎるから「暗示を解くキー」が必要
―甘いものを食べるまで暗示は解けない
―現在、プリンとエクレアを食べている
ここから導き出される結果は……「暗示が解けた」
俺の部屋に何を言いに来たのか、今となってはもう分からないが、無表情のまま俺の部屋の扉のところで膝から崩れ落ちる澪。
「澪! 大丈夫か!」
床に座り込んでしまった。あまりのショックで起き上がれないらしい。俺は慌てて駆け寄り助け起こす。
部屋に運んでベッドに座らせた。
「ごめんなさい。ごめんなさい。私が悪いの……」
急に澪が謝り始めた。
「こんなの本当じゃないって分かってた。いつか壊れてしまうシャボン玉みたいなものだって……」
驚いたことにベッドに座ったまま、澪は涙をボロボロと流し始めた。
「いつか終わるって分かってた。ずっと続かないって分かってた。でも、心地よすぎて……やめられなかった……武、騙しててごめんなさいーーーーーー」
しまった。俺があわあわしている間に、号泣し始めてしまった。
「澪! ごめん! お前は悪くない! 悪いのは俺だ! 騙していたのも俺だ!」
俺の告白に涙が止まらないままに澪が顔を少しだけ上げた。
「お前が甘えてくれるのがあまりにも嬉しくて、あまりにも可愛くて、ずっと催眠術にかかったふりをしていた!」
ベッドに座っている澪の前で俺は跪いて贖罪の言葉を続けた。
「俺もずっと続かないとは思ってた。ずっとずっとお前に嘘をつき続けていた! ほんとは甘いものが大好きだし、全然 硬派じゃない! お前に好かれたくて硬派なふりをし続けていた!」
「……」
「……催眠術は最初からかかっていなかったってこと?」
「かかってなかった。 あの時 俺は寝たふりをしていた」
「……クールじゃない甘えっ子の私 だったのに?」
「甘えられるのは大好きだ。無理してクールな澪より、甘えてくれる澪の方が俺は好きだ」
澪の目が目まぐるしく動いている。色々考えているらしい。
「はあーーーー!? 知ってたけど!? 騙されてあげてただけだけど!? 」
しまった! 澪は、恥ずかしいことがあると逆切れする性格だった! 澪が急にキレだした。これまでのことを思い出して、よほど恥ずかしかったらしい。
「帰る!」
ドアをバタンと閉めて澪は帰って行ってしまった。
……終わりだ。全ては終わった。
澪の性格を考えると、一度言ったことを曲げたりしない。もう終わりと言ったら、終わりなのだ。今からさらに謝りに行っても、恥ずかしさからキレ散らかして仲直りなんてできる訳がない。
俺は床に落ちた食べかけのエクレアを恨みがましく眺めながら、どうしてこうなったのか考えていた。
*
1時間ほど考えて俺は立ち上がった。そして、そのまま隣の澪の家に行った。幸い澪のお母さんが家にいたので、玄関は開けてもらえた。
「武くん! よかった! 澪ったらね、泣きながら帰ってきたと思ったら、そのまま部屋に入ってしまって……」
「すいません。俺とケンカみたいになってしまって……仲直りに来たので、あがっていいですか?」
「もちろん! どーんとやっちゃって!」
なにをどーんとやるのか!? まあ、澪のお母さんの了承を得たので、堂々と家にあがり、澪の部屋に直行する。
当然、ドアにはカギがかかっているのだが、非常用に外からでもコインで空けられるようになっている。普通はトイレとかに使われているノブが澪の部屋には付いていた。
(ガチャン)ドアを開けて澪の部屋を覗く。案の定、室内は真っ暗で、澪はふて寝していた。
「澪……」
俺の呼びかけにピクリと反応したが、それ以上動かない。よほど恥ずかしかったらしい。そりゃあ、ここしばらく俺に甘えまくっていたから……
何を言っても一切聞いてくれないし、動いてもくれないやつだ。長い付き合いが俺にそう伝えている。
徐に澪のベッド横にしゃがみ、俺は小さな声で澪の耳元に話し始めた。
「あなたは小林武が好きになる。武が硬派じゃなくても、甘いものが好きでも、武のことを好きなまま。嫌いにならない。絶対に嫌いにならない。そして、澪はいつでも武に甘える……」
澪がピクリと反応した。
「この催眠術に『暗示を解くキー』はない。一生かかったまんまだ」
澪がもぞもぞ動き始めた。そして、少し芝居じみた感じでうつろな目で目を開けた。あの時の俺のように……
一つ違うのは、顔が真っ赤だということくらいか。
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猫カレーฅ^•ω•^ฅ