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第六話

「ん……」


 ふっと意識が浮上する。まず目に入ったのは、アイボリーカラーの天井。知らないものではない、間違いなく自分の部屋のものだ。

 もぞ、と身体を動かすと、自分がベッドの中にいることがわかる。


「……まさか」


 全て夢だったのだろうか。慌てて起き上がるのと、寝室の扉が開くのは同時だった。姿を現したのは、銀の髪に狐の耳を生やし、小さな土鍋の載ったお盆を手にした美青年——コハクだ。


「起きたか」

「え、あ……」


 お盆をベッドサイドのテーブルに置くと、コハクは紗良の額に触れた。おそらく、熱の有無を確認されたのだろう。ほっと息を吐くと「起き上がれるのか」と聞いてくる。

 紗良が頷くと、彼は座りやすいようにクッションをリビングから持ち込んで、紗良の背中に宛がった。


「食欲は?」

「ん……少し」


 言葉少なにコハクが問いかけ、紗良がそれに答える。まるでいつもとは逆の様子に、なんだか紗良はおかしくなってしまった。くすりと笑いをこぼすと、コハクが少しほっとしたような顔をする。


「ほら……食え」

「え、ええ……自分で食べられる……」

「いいから、世話をさせろ」


 ふうふうとスプーンですくったおかゆを冷まし、口元へと運ばれて、紗良は赤面した。だが、有無を言わさぬ彼の様子に、渋々ながら口を開く。

 ほかほかと湯気を立てたおかゆは、なんだか優しい味がした。それから、なんだか懐かしい。

 それほどお腹が空いている感じはしていなかったが、紗良は小さな土鍋一杯分のおかゆをぺろりと平らげてしまった。

 するとコハクが、ほっとしたように口元に笑みを浮かべる。初めて見る表情に、紗良は思わず見とれてしまった。


「紗良」


 改めて名を呼ばれ、頬をそっと撫でられる。慈しむような触れ方に、かっとその場所が熱を持つのを感じた。赤くなってしまったかも、と思うと恥ずかしい。だが、そう思うとさらに顔が熱くなる。

 だけれど、触れる手を振り払うことはできなかった。彼の金色の瞳が、あまりにも柔らかい光を宿して自分を見るから。


「こ、こは……く……」


 震える唇で名前を呼ぶ。すると、惜しいことにコハクははっとしたように表情を引き締めると、頬に触れていた手を引っ込めた。それから、若干固い声で問いかけてくる。


「紗良、どうして今日は、一人で外に出たりしたんだ」


 その質問に、紗良もまた顔を強ばらせた。校舎裏で聞いた会話が、頭の中に蘇る。一瞬目を伏せて、だが紗良は思い切って彼の目を見ると口を開いた。


「コハクが……私に求婚したのは、力目当てだって……」

「……ち、あの時か……」


 紗良の返答を聞いたコハクが、鼻の頭にしわを寄せる。それから、しぶしぶといった調子で口を開いた。


「おまえは、あやかしや神の力を増幅する存在なんだ。だから、力の少ないあやかしの子たちの姿を見ることもできたし、それよりもさらに力の弱いあやかしたちを、認識することもできた」

「ええっ……?」


 初めて知る衝撃の事実に、紗良は驚いて声をあげる。そんな紗良の頭をぽんと撫で、コハクは苦笑した。


「誰でもあんなことができるわけじゃないんだ。俺が怪我をしているのを見つけられたのも、その力があったから。だが……その力が開花を迎えたせいで、紗良は落ち神に狙われてしまうようになった」

「そう、それ……前も言っていたけど、『おちがみ』ってなんなの?」

「神から落ちた存在だ。どんどん力を失って、神格がすり減って。格が保てなければ、あとは神の位から滑り落ちる」


 そう言いながら、コハクは空中に「落ち」という文字を描いた。なるほど、「おちがみ」は「落神」と書くのか、と納得する。


「俺は……そうやって、落ち神に狙われているおまえを守りたくて、ここに来た」

「ど、どうして……?」


 ごくり、と喉を鳴らしてつばを飲むと、紗良は一番聞きたかったことを問いかけた。いいや、本当はもうわかっている。コハクの瞳は雄弁だ。全て彼の目が語ってくれた。


「どうしてコハクは、そこまでして私を守ろうとしてくれてるの……?」

「そ、そりゃあ……」


 コハクの耳と尻尾が、せわしなく動く。頬を真っ赤に染めながら、彼は小さな声で呟くようにこう答えた。


「お、おまえのことが……好きだから、だ」

「うん」


 ようやく、言ってくれた。紗良は嬉しくなって、彼の首に腕を回して抱きつくと囁きかける。


「わたしも」


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