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第五話

 はっと気付いたときには、もう遅かった。紗良は周囲を見回して、小さくため息をつく。

 ショックのあまりぼんやり歩いていたのが悪かったのだろう。気付けば、見たこともない道に迷い込んでいた。


「ここ、どこだろう……」


 きょろきょろと辺りを見回してみても、どうしたことかひとっこ一人通りかからない。はっと思い出し、紗良はスカートのポケットからスマホを取り出した。

 たしか、この中にはナビも入っているはずだ。使い方はよく知らないが、なんとかなるだろう。

 最悪、実琴か花音に電話をして……。


「あれ、圏外……?」


 スマホのアンテナが表示されている部分は、しっかりと「圏外」の文字がある。がっくりと肩を落としたとき、背後から「あの」と控えめに声をかけられた。

 振り返ると、暑い時期だからだろうか、着流し姿の若い青年が、うっすらと笑みを浮かべて佇んでいる。

 彼と視線が合った瞬間、目がじくりと疼いたような気がした。


「失礼、怪しいものでは……。その、さきほどからお困りのようだったので、つい」

「あ……」


 そう、確かに困っている。道がわからないし、スマホは繋がらないしで誰かに助けて欲しいと思っている。

 けれど、なぜか目の前の青年にそれを言うのは憚られた。なんだかとっても嫌な感じがする。

 ——そう、思っていたのに。


「迷子に、なってしまって……」


 どうしてか、彼の目を見ると抗えない。まるで操られたかのように、そう口にしてしまう。


「では、案内しましょう」


 青年がじっとこちらを見つめながら、そう言ってくる。断りたいのに頷いて、紗良は彼に案内されるままに道を歩いて行ってしまう。

(どうして……!)

 手も足も、視線一つでさえ自分の思うままにならない。ただ、背中にはじっとりと嫌な汗の感触だけはある。

 そうして紗良は、青年に案内されるままに寂れた社にたどり着いた。周囲には木が生い茂り、庭とおぼしき場所には草がぼうぼうと生い茂っている。

 およそ、人が住んでいるとは思えないような場所だ。


「さあ、どうぞ」


 駄目だ、入っては駄目だ。そう思うのに、身体が勝手に動く。一歩、また一歩と進む足をなんとか止めようとあがくものの、まったく効果が無い。

(やだ……助けて……コハク……っ!)

 その名前を思い浮かべた瞬間、目だけが紗良の自由になった。ぎゅっと閉じ、それから目を見開くと、視線の先にいた青年が怯んだ表情を浮かべる。

 目の奥が熱い。じくじくする——!


 コハク、と声に出さずに強く念じた瞬間、どこからか強い風がびゅうと吹いた。うわあ、と青年が叫ぶ声がして、それから目元を暖かな手が覆う。


「ゆっくり、息を吐いて」


 すっかり馴染みになった声が、そう囁いた。ほっと肩から力が抜けて、彼の言葉通りにゆっくりと息を吐いて、そして吸う。

 じくじくとした目の痛みがすうっと引いてゆく。強ばっていた四肢からふっと力が抜けて、へなへなと座り込んだ。


「コハク……」

「悪い、遅くなった」


 いや、悪いのは私だから——そう言おうとして、先ほどの、校舎裏での出来事を思い出して紗良は唇を噛んだ。

(こうして助けてくれるのも……力が欲しいから、なの……?)

 自分でも無意識に助けを求めたくせに、そんなことが引っかかってしまう。


「紗良?」


 不思議そうに名前を呼ばれ、顔を上げる。すると、彼の背後に先ほどの青年が襲いかかろうとしているのが視界に入った。


「こっ……コハクっ……、あぶな……っ!」

「く、っ……!」


 紗良の声に反応して、間一髪でコハクが身を躱す。それからすぐに紗良を抱き上げると、ぽんと地面を蹴って飛び上がろうとした。

 だが、その足に庭に生えていた草が巻き付き、阻止をする。


「ち、くそ……落ち神の分際でっ……!」


 いらついたように叫ぶと、コハクは抱えていた紗良をそっと地面に降ろし、それから周囲をぐるりと囲むように指を滑らせた。

 その軌跡に合わせ、淡い銀の光がしゅるりと伸びる。二重に描かれたわっかが、紗良の周囲を囲った。


「動くなよ……あいつをとっちめて来る」

「え、ちょっと……コハク……!」


 心細くなって、慌ててコハクを呼ぶ。だが彼はちらりともこちらを見ようとせず、着流し姿の青年と向き合った。

 さきほどまで人の良さそうな笑顔を浮かべていた青年は、今や憎々しげな表情を浮かべ、コハクと——それから、紗良を見つめている。

 その視線に、ぞくりと背筋が粟立った。


 先に動いたのは、どちらだっただろうか。風の刃が飛び、伸びてくる草の葉やツタを切り刻む。それと同時にコハクが反対側の腕を振ると、そこからは青い炎が生み出され、青年に襲いかかった。

 だが、青年も負けてはいない。なにやら呪文めいた言葉を唱えたかと思うと、黒い靄が現れて、彼を守る。

 そうやって、幾度も仕掛けあい、躱され、打ち消され——どれくらいが経っただろうか。

 紗良はぎゅっと手を握り合わせ、じっと二人が戦うのを見つめていた。

(コハク……!)

 彼の目的が何にしろ、少なくともコハクは無理矢理に紗良に言うことをきかせようとしたりはしない。だまし討ちもしないし、誠実に紗良が答えを出すのを待ってくれている。

 そのことに気付いて——紗良は祈った。

(お願い……お願い、コハクを……コハクを助けて……!)

 祈った対象がなんなのか、自分でも良く解らない。日本には八百万の神がいるという、その全てに対してか——。

 その瞬間、紗良の瞳がぐっと熱くなる。その視線の先で、コハクが生み出した炎がごおっとその勢いを増した。

 その炎が、着流しの青年を飲み込み、燃えさかる。


「さ、紗良っ……だめだ……っ!」


 焦ったような、コハクの声がする。それを最後に、紗良の意識はふっと遠のき、闇の中に落ちていった。


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