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第三話

「おう、おはよう、紗良」


 マンションのエントランスから出たところで突然声をかけられ、紗良はぎょっとした。慌てて声の発生源を求め、きょろきょろと周囲を見回す。すると、ちょうど近くの植え込み付近に見覚えのある人物が——いや、あやかしがしゃがみ込んでいた。


「コ、コハク……?」

「おう」


 ぴょんと跳ねるようにして立ち上がると、コハクは片手をあげて紗良に近づいた。その姿をよくよく見れば、銀髪に金の瞳の美形なのは変わらないが、頭についていた狐の耳が綺麗さっぱり消え失せている。

 驚いてまじまじと見つめると、彼はその視線に気付いて「ああ」と頭に手をやった。


「さすがに昼日中、耳を出してうろついていては目立つからな」

「……いや、狐の耳なんてなくても充分目立つでしょうよ……」


 現に、今も目の前の道を通る歩行者が、ちらちらとコハクに視線を向けている。髪や目の色もそうだが、とにかくその容貌が整いすぎていて目立ってしまうのだ。

 だが、彼は紗良の言葉にきょとんとして、首を傾げた。


「まだどこかおかしなところがあるか?」

「美形過ぎるのよ」


 そう言いながら、紗良は鞄のポケットからスマホを取り出すと、時間を確認して「やばい」と呟いた。こんなところで妙なあやかしとお喋りしているような時間は無いのだ。


「ごめん、私急ぐから……」

「ああ、学校とやらだな。遅刻してはならんのだろう? さ、早く行こう」

「え、え? ついてくるつもり?」


 紗良の言葉に、コハクは当然のような顔をして頷いた。だが当然ここでお別れするつもりだった紗良は困惑しきりだ。意味も無く周囲を見回せば、通行人の中にはちらほらと紗良と同じ学校の生徒も混じっている。

 ここで押し問答になって、目立つのは避けたい。いや、彼がいる時点でもうどうしようもない気もするが——。

 紗良は一つため息をつくと、少しだけ急ぎ足で学校に向かって歩き出した。




「ちょっとぉ、紗良ったら、アレなに、なんなの?」

「私達に黙ってあんな美形、どこでつかまえたわけ?」


 朝は時間がギリギリだったために助かったが、やはり見逃しては貰えなかったか——と、紗良は小さくため息をついた。

 場所は学校の中庭、三人が定位置にしている昼食場所だ。今は昼休みで、こうして弁当を広げている。時間の無かった紗良はおにぎりだけだ。

 敷物を敷いて、正面に座っているのが田崎花音。名前はかわいらしいのだが、どちらかというと男勝りな陸上部のホープだ。

 その右に座っているのは、曽我実琴。ロングヘアをポニーテールに結った、きりりとした美人で、剣道部に所属している。

 二人とも高校に入ってからの友人で、同じクラス。出席番号が近かったため、よく喋るようになって意気投合したのである。

 その二人に詰め寄られ、紗良は引きつった笑いを漏らした。

(こうなるから嫌だったんだけどなぁ……)

 はぐっとおにぎりに齧りつきながら、紗良は必死になってどう説明しようかと頭を悩ませた。


 まさか、「昨日おかしな目にあったところを助けてくれた狐のあやかし」だなんて、本当のことを言ったら頭がおかしくなったと思われるのがオチである。


「ん〜……」

「何を悩んでいる?」


 背後から声をかけられたのは、その時だ。聞き覚えのある声に、紗良は驚いて、んぐっとおにぎりを喉を詰まらせた。慌てて胸をどんどんと叩くと、誰かが水筒を手に握らせてくれる。

 ごくごくとそれを一気に飲み干すと、紗良は「ぷはぁ」と大きく息をついた。


「あ、ありがと……」

「気をつけろ、紗良」


 ——やはり、聞き間違いではないらしい。正面では、実琴と花音が頬を染め、ぼうっとした表情で自分の背後に視線を注いでいるのがわかる。

 恐る恐る振り返ると、やはりそこにいたのはコハクだった。どこで手にいれたのかは知らないが、薄い色のついたサングラスをかけている。それがまた嫌みなほどに似合っていて、紗良は口の端をひきつらせた。


「な、なんでいるの……?」

「おまえを守るために」


 至極あっさりと、コハクはそう口にした。その途端、正面の二人が「きゃあ」と楽しそうな悲鳴を上げるのが聞こえる。

(ああ……っ!)

 紗良は慌てて「なんでもない」と誤魔化そうとしたが、時既に遅し。実琴も花音も目をきらきらさせ、ここぞとばかりにコハクを質問攻めにし始める。

 それに当たり障りのない答えを返していたコハクだったが、実琴が「紗良とはどういう関係なんですか?」とずばり核心をついた質問をすると、堂々とこう答えた。


「いずれ結婚したいと思っていて、今は求婚中だ」

「え、ええっ……!」

「きゃあ……!」


 コハクのその言葉に、二人は驚きつつもきゃあきゃあと黄色い悲鳴じみた声をあげる。こうなると、もうどうしようもなかった。


「ちょ、ちょっと待って、待って……!」


 必死になって紗良がその場をおさめようとするが、盛り上がった二人の耳には届かない。

 昼時の中庭、という場所も悪かったのだろう。紗良たちだけならばまだ良かったが、周囲にはちらほら他のグループの姿もある。

 おそらく発生源はそこなのだが、気付けば放課後になる頃には、紗良はすっかり噂の渦中の人と化していた。

 いくら嘆いても遅く、そしていくら否定しても「照れてるんでしょう」とからかわれ。紗良はその日、肩身の狭い思いをした。


 さらに悪いことに、コハクはいくら紗良が言っても学校についてくるのをやめない。朝どこからともなく現れては校門まで送り届け、放課後になると再びふらりと現れて、紗良を家まで送っていく。

 周囲はその献身的な姿に「超愛されてる!」と盛り上がり、紗良がいくら「彼氏ではない」と否定しても聞く耳を持たない。

 それもそうだろう、花の女子高生——受験からようやく解放され、ちょうど恋愛ごとに飢えている時期だ。

 紗良は一つため息をつくと、げんなりしながら机に突っ伏した。

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