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第二話

 目の前で、青年はがつがつとご飯をかきこんでいる。あっという間に消えていくおかず、突き出される茶碗に「おかわり」の声。

 一体、どうしてこうなっているのだろう。

 しゃもじを持ってご飯をよそいながら、紗良は「ううん」と小さな唸り声を上げた。



 あの時、地面に降ろしてもらいほっと息をついた紗良は当然のことながら事情を知っていそうな青年に「アレは何なのか」と尋ねた。

 おちがみ、とか言っていたが、それが何なのか理解できなかったからだ。

 だが、そんな紗良に返答をしたのは、彼の「ぎゅるるるる〜〜〜〜」という派手なお腹の音だった。


「……お腹、空いてるの?」

「力を使うと、腹が減るんだ……」


 紗良が問うと、彼は頭の上の耳をぺしゃりと伏せ、情けなさそうにそう答えた。力、というのはまず間違いなく、紗良を助けてくれた時に不思議な現象を起こしていたアレだろう。

 つまり、彼が腹を空かせている理由に、紗良は無関係ではないと言うことになる。少しだけ迷ったが、再び「ぎゅるる」と彼の腹が鳴ると、さすがに気が咎める。

 近くにファミレスでもあればそちらに、と思わなくもないが——紗良は彼の頭に生えた一対の獣耳を見て、大きなため息をついた。

 これはもう、仕方が無いだろう。


「……うち、来る? 話も聞きたいし、簡単なもので良いなら、ご飯くらい用意できるよ」

「い、いいのか?」


 言葉は遠慮しているように聞こえるが、その目はらんらんと輝いて期待に満ちあふれている。冷蔵庫の中身を思い出しながら、紗良はこくりと頷いた。



 ——というわけで、イマココ。

 山盛りにしたご飯を手渡すと、青年は目を輝かせて食事を再開した。見ているだけでお腹がいっぱいになりそうな食べっぷりだ。

 しかし、その速度に気を取られがちだが、箸の使い方も所作も美しく、美形効果も相まってなんだか品良くすら見える。

(美形って得だな……)

 ぼんやり見つめていると、彼は照れたように微笑んだ。


「そんなに見ていられると、食いづらい、紗良」

「あ、ああ……ごめ……ん?」


 何かが引っかかる。だが、紗良はその違和感の原因に気付けず、ひたすら彼が食事を終えるのを待ち続けていた。




「ふい……いや、食った食った……ごちそうさま、紗良。料理、上手なんだな」

「おそまつさまでした……あ、あれ?」


 食事を終えた青年は、満足そうに腹をさすり、にこにこしながらそう言った。

 あまりにも自然すぎて気付いていなかったが、青年は先ほどから紗良の名前を口にしている。遅まきながらそれに気付いて、紗良は首を傾げた。


「え、私の名前……なんで知っているの?」

「なんだ、まだ思い出せないのか?」


 思わず紗良が問うと、青年はにやりと笑って机に寄りかかり、頬杖をついた。そうして、自分の耳をちょいちょいと引っ張ってみせる。


「この耳、見覚えあるだろう? ほら、俺だよ……コハクだよ」

「コハク……?」


 コハク、というのがどうやら青年の名前らしい。しかし、どうやら自分と知り合いだと主張したいらしいコハクの言葉に、紗良ははて、と更に首を傾げた。

 さすがにこんな美形、見たことがあれば覚えているはずだが……。


「あの頃は子狐だったからな……さすがにわからないか」

「こ、子狐……? あなた、狐なの……?」

「ああ、そうだ。白狐といえば有名だろう」


 コハクはそう言うと、金色の瞳を細めて腕組みし、どやっとばかりに胸を張った。だが、紗良は全く心当たりを思い出せず、ううんと唸り声を上げた。


「思い出せないのか」

「う、うん……申し訳ないけど……」

「だが、白狐はわかるだろう?」

「え……うん、まあ……日本の妖怪だよね」


 紗良が答えると、コハクは「ああ」と頷いた。


「まあ、俺たちは『あやかし』と自分たちを呼んでいるがな」

「あやかし……」


 呼び方の問題だが、当人(?)たちがそう言うのなら、そう呼ぶのが正しいのだろう。紗良が呟くと、コハクは満足そうに頷いた。


「それだけわかれば良い。だから、紗良」

「な、何?」


 突然居住まいを正したコハクに気圧されて、紗良はわずかに身を引いた。だが、その腕をがしっと捕まれて、じっと正面から見つめられる。

 ひえっ、と紗良が息を呑んだと同時に、コハクが口を開いた。


「俺と結婚しろ」

「は、はあ……!?」


 その時、紗良の脳裏に浮かんだのは——変なのと関わり合いになってしまった、という後悔だった。いくら顔が良くても、さすがに出会った当日に求婚はない。

(いや、コハクの話からすると、私のことを彼は知っていたみたいだけど……)

 それはそれで怖い。もしかするとストーカーなんじゃなかろうか。それならば、先ほども急に現れたことの説明がつく。


「い、いや、無理です、無理」

「……そうか」


 ぶんぶんと首を横に振って紗良が答えると、コハクは至極あっさりとそう言い、すくっと立ち上がった。


「そうすぐに頷いて貰えるとは思ってない。また来る」

「は、はあ!?」


 がらがらと窓を開け、コハクはそこから身を乗り出した。それから背後の紗良を振り返ると「戸締まりはきちんとしろよ」とだけ言い残し、ベランダを乗り越えてひらりと宙に身を躍らせる。

 紗良は仰天して目をむいた。ここは六階建てのマンションの五階だ。さすがに落ちれば怪我をする。慌てて駆け寄ったが、既に彼の姿はどこにもなかった。


「え、ええ……?」


 呆然として、紗良はベランダにへたり込む。

 今日の出来事について彼に聞きそびれたことに気がついたのは、そうしてしばらく経った後のことだった。




「ん、んん……」


 ——夢の中。紗良は幼い頃よく遊んだ、実家である神社の裏手にいた。

 どうしてそれが夢の中だと気がついたかというと、紗良自身の姿が小学生の頃のものになっていたからだ。

(そうだ……この頃は良く、神社の裏手にある川で遊んでた……)

 神社は山の頂上付近にあるため、川と言っても大したものではない。湧き水がちょろちょろと流れ出した程度の小さな川だ。

 近所に友達のいない紗良は、ほとんど毎日をここで過ごしていた。

 この日も、そんな何の変哲も無い一日になるはずだった。だが、お気に入りの川縁に来てみると、なんだか白いものが丸まっている。近くによって触ってみると生暖かく——それがどうやら、子犬のようだと気がついた。

 さらによく見てみれば、その子犬は足から血を流している。

(怪我をしているのね……)

 驚いた紗良は、恐る恐る子犬を抱き上げると慌てたように家の方角へ走り出した。外にある水道で足を洗ってやり、傷口を確認する。

 幸い、大きな怪我ではないようだ。だが、しばらくは歩くのが大変だろう。


「どうしようかなぁ……」

『たすけてあげて、たすけてあげて』


 紗良が呟くと、小さな光の球がいくつかふわふわと周囲を取り囲み、そう囁いてくる。だが、父や母に見せれば、きっと放っておきなさいと言われるだろう。

 だが、これまでにもこの光の球の言うことをきいたほうが、良いことがあるのも知っている。

 少しだけ悩んだ紗良は、その子犬をこっそりと自分の部屋に連れ込んだ。


(——あ、そう、だ)


 だんだんとその景色が遠のいて、代わりにピピピという電子音が聞こえてくる。


(あれが、コハク——私が付けた名前だ……。そうか、あれは犬じゃなくて……)


 最後の最後でそれを思い出すと、紗良の意識は急浮上していく。ゆっくりと目を開き、時計を確認した紗良は「ぎゃあ」と叫ぶと慌てて飛び起き学校へ向かう準備を始めた。

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