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怖いお話(仮題)

作者: 浮き雲


 初めて、彼を意識したのは、いつの頃だろう。考えてみてもよくわからない。もう、ずいぶん前のことのように思う。目立たない存在だったことは確かだ。それと、気がついたら身近な存在だったってことも同じように確かなことだ。


 別に、彼と仲が良かったわけではない。幼馴染といえばそうかもしれないが、小さい頃から知っているという理由だけで、仲がいいということにならないのも、よくある話だ。

 とにかく、彼は、非常に無口である。そう、初めて声を聞いたのは、いつだっただろう。去年の冬、ちょうど、いまくらいの時期だ。聞いた言葉は、たぶん「死にたい」だったと思う。僕が友達にいじめられて、公園の隅っこでボロボロになっているのを、彼はじっと見つめていた。そして、大の字になって動けない僕の傍らで漏らした言葉が「死にたい」だった。

 冗談じゃない。死にたいのはこっちだ。そう言ってやりたかったが、その時は、むしろ、「なんだ、こいつ、ちゃんとしゃべるんじゃないか。」という驚きのほうが大きかった。それにまあ、そのときの僕の気持ちを彼が代弁してくれたのだと思ったから、あえて、何も言わなかった。

 僕は何とか起き上がって、夕暮れの道を彼とともに帰路についたが、それからというもの、時々、彼の「死にたい」を聞く羽目になった。

一種のノイローゼかもしれないとは思ったが、誰にも、よけいなことは言わなかった。


 最初に彼の変化を感じとったのは、ずいぶん後だ。今年の秋、通学のために駅のベンチに腰かけていた時だ。突然、ボソッと、例の「死にたい」という呟きが聞こえた。「うわぁ、またか。」、そう思ったら、いきなり彼が動いた。タイミングよく電車がホームに入ってくる。しかも、通過するだけの特急だ。そして、彼は、明らかにそちらに向かっている。そう思った。

 「おいおい、嘘だろう。」、思わず、こころの中で叫んでいた。同時に立ち上がる。必死に踏ん張って、彼が電車に向かって走り出すのを止めた。

 電車が通過する。それを見送った彼は、ようやく暴れることをやめる。そして、二人してベンチに座り込んだ。恐怖。いつまでも、僕のほうの動悸が収まらない。本当に、電車の前に引きずって行かれそうな勢いだった。

 なにを考えているんだろう。ちらっと、様子をうかがう。彼は、ただ、うなだれて暗い顔をしている。表情は・・・わからない。


 それからは、彼から目を離せなくなった。駅だけじゃない。道路を走る車。教室の窓。そして、流れの早い川。死ねる場所なんて、その気で探せば、案外、多いものだ。できるだけ危険な場所を回避しながら、彼を見守る日々が続いた。

 それでも、一度、吊り橋から飛び降りようとした時は驚いた。学校の研修旅行で、某観光地を訪ねたときだっだ。その橋の高さは約50メートル。地上には、わずかな川が流れているだけの観光吊り橋だ。

 注意を払っていたから、すぐに対応ができた。吊り橋の路面と手すりを結びつける金属ロープの間隔が狭かったのも幸いした。だが、彼を止めた僕のほうが、そのロープにしたたか肩をぶつけて、友達にからかわれる羽目になった。

 本当に困った。困ってはいたが、誰にも相談はできなかった。実際にいじめられているのは僕のほうだ。彼じゃない。それなのに、死にたいのは彼のほうなのだ。

 学校や病院の先生に相談しても、たぶん、彼は何も言わないだろうし、僕の精神のほうを疑われて、下手をすれば「病んでいる」と思われるのがオチだ。


 そして・・・いま

 気がついてみたら、僕はマンションの屋上の手すりを越えて立っていた。正面から、昇ったばかりの朝日が差し込んで眩しい。夢遊病者でもなければ、眠っている間に彼に連れてこられたのだろう。そうとしか考えられない。現に後ろから、例の「死にたい」という呟きが、繰り返し聞こえてくる。彼が呟きながら、ずっと、背中を押しているのだ。そして、今度は足をすくおうとする。片足が宙に浮く。掴まった手と片足でバランスを取りながら、僕は必死に抵抗した。

 狭いスペースの中、背中越しに手すりにしがみ付いて、懸命にに転落しないよう堪えていた。もう、寒い季節だというのに、脂汗が滴り落ちる。手が汗で濡れて掴んだ手すりを滑る。どれほど力を入れても、むなしい抵抗に思えてしまう。

 

 それに、もう、その抵抗も限界だ。もうすぐ、僕は地上数十メートルの高さからダイブするだろう。彼に殺されるのだ。死にたいのは彼自身のはずなのに、なぜか、僕を落とすことに必死なのだ。

 当然、遺書はないけれど、いじめられていた事実があるから、きっと、僕が殺されたら、いじめ調査みたいなことが行われて、発作的な自殺ということで処理をされてしまうことだろう。

 「ちくしょう」思わず叫んでいた。一生懸命生きてきたのに、人生なんて、あっけないものだ。最後くらいは、自分の意思で終わりたかった。こんなわけのわからない状況に陥るなんて・・・。僕は、彼と出会ったことを心底後悔した。そして、もう、どうしよもないことも理解した。

 もしかしたら、彼は僕の深層心理の代弁者なのだろうか。じゃあ、死を望んでいるのは、やはり僕のほうなのか。


 ますます、彼の押す力は強まってくる。指が痺れている。握った手すりの冷たさに、とうに感覚はマヒしてしまった。これ以上頑張れそうにない。力も、気力も尽きてしまったようだ。

 「もう、いいよ。」そう思いながら、僕は深呼吸をした。そして、指を離す。離したはずだ。本当は離したのかどうか、それさえもわからないほどに指が痺れている。

 振り返ることなく「もう、いいよ。」、そう言った瞬間に後ろから押されて、からだが前に傾く。もう、戻れない。その刹那、僕は、思わず後ろを振り返っていた。やはり、彼がみえた。

 僕のからだは、いっそう傾いて転落を開始する。彼が、僕に続くように金網を通り抜ける。一緒に落下していくその一瞬、彼が、真っ黒な僕の影が、僕に向かって笑ったような気がした。









書くということは面白いもので、こんな、私にも創造の神様が下りてくることがあります。「質」のほうではなくて「量」のほうなのが残念なのですが。昨日、その神様が下りてきてくださって、小1時間ほどで書きました。取り様によってホラーにもなりますし、サイコホラーにもなります。

その幅の広さはあるな、と思うのですが、なぜか、私が書くと、あまり怖くないという本質的な部分で残念な作品になってしまいます。

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