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まっすぐに邪竜を見据る、的と一体になったイメージを頭に描いた。そのイメージを頭の中に置いたまま片足を大きく踏み出し、右手に剣を握る、そして大きく右手を降りかぶり……
「でっりゃあああああぁ!」
剣を邪竜に向かって投げた。
“おいこら、武器投げんな”
神の静止の声はだいぶ遅く、剣はとうに空へ飛び立っていた。竜殺しと名高い剣は、空にいる邪竜へまっすぐに飛んで行き、あっけにとられている邪竜へと迫った。突然の事に邪竜は何もできず、ただそれを茫然と見つめる事しか出来なかった。剣は吸い込まれるように邪竜の首へと突き刺さり、そこにある気道と頸動脈を絶ち切った。邪竜は数秒の間そのまま飛んでいたが、目から光が失われていき、すぐに翼から力が抜け下へと落ちて行った。
邪竜は、倒された。
「……あれ?」
“なんか私の武器思想と物理学に大きく反する事やってくれたな”
……ちょっと待て、うっかりキレて戦ってたら邪竜が殺られたぞ、オイ。ラスボスがこんなに弱くていいのか? つーかオレってば普段の数倍の力を発揮したのは気のせいか?
“気のせいではないんだなこれが……邪竜殺っちゃったなぁ、あっさりと”
「戦えって言ったのはおまえだろ!」
“まぁね、その通りなんだけどさ……やっぱり寂しいというか、悔しいというか”
神が寂しがってようが悔しがっていようが虚しがっていようが死んでいようが、どうでもいい。
“ひどーい”
問題は邪竜がどうなったかだ、本当に死んだのか? こんなにあっさりと死んでいいのか? 困惑したまま急いで崖から下を覗いたが、そこから見えたのは目も眩むような谷底だけだった。とうぜん底はまったく見えないし、崖に何かが引っ掛かっている様子もない。念のため空も見回したが、白い雲の流れる平和な空しか見えなかった。
「嘘だろ……」
自然とこぼれた言葉に、神がいつもの調子で返した。
“いまさら何を言うか、普通に邪竜は死んだんだよ、予定通り”
「予定通りってな、確かにそうだけど……」
何とも言えない感情に呑まれたまま谷底を見つめていると、暗闇に呑まれてしまうような気がした、やるせない気持ちがオレを包んだ。
誰かが死ぬのを見るのは、もう何度目だろう。
そんな気持ちも吹き飛ぶような、笑顔さえも想像出来るほどの楽しそうな声で神が言いやがった。
“大丈夫、しばらく後でまた会えるから!”
「さりげなくネタバレすんな! つーか会えるのかよ!」
ビシッ! と素早く手も使って突っ込んだ、気分台無しにも程がある。変わらず楽しそうな調子で神はナレーション風に言った。
“どういう理由で会えるのかは次回をお楽しみに”
次回ってなんだよ、こんな適当な片づけ方でいいのかよ。ふと思い出した事実に、オレは何とも悲しくなった。
「そう言えばこれは小説だった……だから何が起きても不思議じゃない……」
そうだな、神の言う通りかもしれない、どうせ小説なんだから、オレだってしょせんその中の登場人物なんだからな。ははは……、でもオレにとっては現実なんだよ、これ。
“おい、しょげるな、まだやる事あるんだから”
「あいつが死んだ後いまさら何をしろって言うんだ……」
崖に背を向けて、暗いオーラを放ちながら体操座りで落ち込んでいると、神が突っ込んできた。
“こら、ライバルが死んだときよりも落ち込んでるんじゃない”
「落ち込む暇もなかったんだよ」
“鬱い事は言わんでいい。何のために邪竜を倒したのか、また忘れたのかバカヤロー”
「どうでもいいよ、こんな話早く終わってしまえ」
“私だって終わりたいよ、でもこんな尻切れトンボな終わり方は出来んのだ。お前は誰かを助けるために邪竜を倒したんだろ?”
オレは顔を上げて、記憶の海を軽く漁った。
誰かって……
姫様じゃん